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『コスパがいいから』で選ばれた脈なし幼妻ですが、旦那様を悩殺してみせます!  作者: 美海@『承香殿の身代わり姫君』発売中


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十五歳①

時間軸ジャンプします。

 クラウディア・ハウトシュミットは、自室の寝台下に隠した木箱を引き出して、その中を覗き込んでいた。


「金貨が五枚に、銀貨が二百枚……」


 夜な夜な貯めた小銭を数えるクレアの姿を一目でも見れば、レディ・エフェリーネは『教えてきたことは全く響かなかったのね』と冷ややかに微笑むかもしれない。最近ようやく立ち居振る舞いに及第点をもらえるようになったのに。

 だが、野望に燃える少女の前では、恥も外聞も些事にすぎなかった。


「よし! これだけあれば買えるわ! 待ってなさい、フレッド! 思わず唸るようなプレゼントを用意するから!」


 スヘンデルに嫁いで二年と少し、クレアは十五歳になっていた。

 今から二年ほど前の国民議会の見学で知り合った書記官見習いの学生は少し経ったころ、唐突にハウトシュミット邸を訪れて『学生礼服の売上の分配方法について希望はありますか』と尋ねてきた。


『分配って……私はただの思いつきを言っただけよ!?』

『低額でいいと? じゃあ3パーセントでどうでしょう?』

『そうじゃなくてっ、私、お金なんて――』


『物を売ったわけでもないのにお金なんて受け取れない』とクレアが押し問答をしていると、愉しげな声が背後から割って入った。


『くれるというならもらっておきなよ。というか、もっともらっていいくらいだ』

『フレッド……!』


 振り返れば、にやにやと笑う夫が立っている。

 事情を知っているのだから止めに入ってくれればいいものを、さらに諍いを煽りに来るなんて。


『ハウトシュミット氏の旦那さん! あっ、いや、護国卿!』

『ふふ、その呼ばれ方は新鮮だな。君、『売上の3パーセント』というのはどこから出した数字?』

『学生礼服の売上に占める布地代と仕立て屋の工賃の割合がだいたい6割ほどで、1割は税で持っていかれて、2割は仕立て屋に残してほしいそうです』

『内部留保に2割も回す必要ある? 純利益じゃなくて売上ベースだよね?』

『それはですね、この間護国卿から「来年から職業訓練校の学生を増やすつもりだ」って話があったでしょう?』

『うん。この間そういう話をした』

『注文数が増えるのを見越して、新しく針子を雇うのと布地の仕入れのための一時金を確保したいらしくて』

『なるほどね。残りの1割を校章のデザイナーたちと校章を刺繍するアイデアを提案したクレアで按分するってこと?』

『そういうことですね!』

『ならクレアが半分はもらってもいいんじゃ――』

『いいから、フレッド! 私、3パーセントがいいと思うわ!』


 彼らに任せておいたら話が長引くうえに、最終的に『じゃあ5パーセントで』とクレアに有利な合意がまとまりそうな気配があった。

 クレアが慌てて当初の金額を推すと、フレッドは不満げな顔をした。自分は日頃から軽々と巨額を動かしているくせに、妻の得る金の多寡がそれほど気になるのだろうか。


『ごねればもっと取れるのに』

『要りません!』

『まあいいか。君、今話した内容を契約書にして持ってきて。君が伝言役をするなら委任状も忘れずにね』

『はい!』


 フレッドの指示を聞いて駆け出していく背中には、もうクレアの言葉は届かないだろう。クレアはがっくりとうなだれた。


『よかったね。お小遣いにするといい』

『自分の分け前を主張して欲張りだと思われるくらいなら、要らないわ。私はお金に困っているわけでもないし』

『ああ、そういう――君も金を稼ぐことを卑しいと思ってるくち?』

『卑しいなんてっ、……』


 フレッドの口から出たとは思えない冷ややかな声に驚いて、クレアは弾かれたように顔を上げた。

 目にした彼は今日も美しく微笑んでいるが、その笑顔にはどこか凄みのようなものがあった。


『フレッド、怒ってる?』

『ううん。怒らないよ。そう考える王族や貴族は珍しくもないしね』

『……今まで考えていなかったけど、そうかもしれない。なんだか悪いことをしているような、後ろめたい気持ちになるの。私が得をしたってことは、誰かがそのぶん損をしたんじゃないかと思って。そんな不道徳なことをするのは”卑しい”ってどこかで思うの』

『じゃあ聞くけど、君はドレスやアクセサリーを買うときに『これで私は損をする』って思いながら買ってるの?』

『え……?』


 当然のことながら、それらを買う時には代金を支払う。

 クレア自身が現金に触れることはなくても、家での買い物なら家令が代わりに商人への支払いをしていることは知っている。

 高い品物ならそのぶん『この買い物が家計に負担をかけるかもしれない』と考えることもある。

 でも――買うか否かの葛藤を越えて『これが欲しい』と決めたものについて、『損』などと思うだろうか。


『思わないわ。私は『素敵だから欲しい』と思うものしか買わないもの。買って似合わなくて『買わなければよかった』『損をした』って思ったことはあるけど……それは似合わないから思うのね』

『要は、君は『いい』と思った時には納得して見合う金を払うわけだ。君は『いいもの』を手に入れて得をする、商人は見合う金を手に入れて得をする。金を奪い合っているわけじゃない、金は価値を測る物差しでしかないよ』


 そして、その価値を決めるのは『売り手』ではなく『買い手』なのだと、フレッドは言った。


『死後に評価された画家の遺作が画家本人の与り知らぬところで高騰するみたいに、本人にとっては落書きだろうが思いつきだろうが、それを評価する側の見積もりで価値は決まるんだ』

『……じゃあ、さっきの制服も?』

『彼らは君の提案に売上を分配するだけの価値を感じた――金を払う価値がある、いいものだと思った。それって、僕は素敵なことだと思うけど』


 それを『ただの思いつきだから価値がない』と拒絶するのはもったいないし、金が要らないなら受け取ってから寄付すればいいんじゃない?

 フレッドの提案に、クレアはおずおずと頷いた。

 そして、金がクレアの元に納められた時、硬貨の詰まった革袋は金額以上にずっしりと重く感じた。

 数字にすれば大したことのない額だ。クレアの夫なら息をするように払うだろうし、クレア自身が身につけている衣服一枚の値段にもきっと及ばない。

 それでも――。


『何かを買うも貯めるもドブに捨てるも、クレアの自由だ。君が稼いだものなんだから、君が後悔しないように使いなよ』


 お節介を言われなくたって、軽々しく使えるものか。

 クレアの”思いつき”を実現するために駆け回った学生や教師のことも、意匠に頭を悩ませたデザイナーのことも、快く製作を引き受けた仕立て屋のことも、『助かった』と笑ってローブを手に取る学生たちのことも知っているのに。

 これは、その彼らによるクレアの提案の評価額、クレアが為したことの価値だ。

『自分で稼いだ金』を初めて手に入れたクレアは、その使い道に迷った。手にした達成感と『どう扱ってもいい』という選択の自由は、ずしりと重い。

 適当な使い道はなかなか思い浮かばず、悩んでいるうちに、王都職業訓練校の学生たちに学生礼服は行き渡り、クレアの貯金は結構な金額になっていた。


「つい貯め続けたこれを全部使って、フレッドが身につける小物を買う!」


 悩みに悩んで使い道は決めた。

 これだけの金があれば、質の良い貴石も買えるだろう。それをフレッドが身につけるものに加工してもらうのだ。


「それで『前にもらったペリドットのピンのお返しよ』って、さりげなく彼に渡すの。完璧な計画ね!」


 自画自賛しつつ、クレアは男物のクラヴァット・ピンを握りしめた。

 国民議会の前の晩、修道士ローブを羽織ったクレアを見たフレッドは、自分のクラヴァットのピンを外し、それでクレアのローブの合わせを留めた。


『もう少し華やかでもいいよね。……うん、似合ってる』

『ありがとうございます。お借りします』

『こんなものでよければあげるよ。これはご褒美ってことで』


 ピンの金の台座についた石は、夜の蝋燭の灯りにも眩く輝くペリドットだ。大きく、透き通った色のもので、値段を考えるのも恐ろしい。

 そもそも、一国の代表者である護国卿が生半可なものを身につけるわけがないのだけれど。


『ペリドットには『邪気を払う太陽の石』という謂れがある。暗い中でも輝くからだろうね。御守りだと思えば受け取ってくれる?』

『でも……』

『明日の君は邪念まみれのおじさんの目に晒されるわけだし、ちょうどいい』

『ねえ、脅かさないで!』


 怯えるクレアを見て笑っているフレッドに食ってかかるうちに、ピンを返す機会は逃してしまった。


「私も由来がある高い石を選んで、『ただのお返しだから気にしないで』ってさりげなく贈るんだから! 明日は図書室で石について調べる!」


 意気込むクレアの気持ちも知らずに、小憎たらしい夫の瞳とよく似た宝石は今夜も美しく輝いていた。


 ☆


 王都小離宮の図書室は、さほど広くないが、歴代のスヘンデル王族が残した日記や書簡集、研究書などの貴重な書物を収蔵している。

 クレアは本棚から色挿絵付き鉱物図鑑を取ると、閲覧席でページを繰った。


「『健康』に『長寿』の石言葉……縁起はいいけど、そうじゃなくて!」


 身に着けるものなのだから、見た目にも美しい宝石を選びたい。

 だが、挿絵を見てこれはと思った石には、なかなかしっくりくる石言葉が無かった。


「こっちは『金運上昇』ね。フレッドは喜ぶかもしれないけど……」


 実利にちなんだ由来も気に入りそうだし、彼に似合いそうな色の綺麗な石だ。

 フレッドへのプレゼントなのだから、彼が喜ぶものをあげるのが一番だと思うけれど、なんとなく選びたくない。


 だって――『金運上昇』なんて、ちっともロマンチックじゃない!


「もっとこう、明るくて、きらきらしていて、実用的じゃない感じの石がいいと思うの。次のページは……ペリドットね」


 自らが渋る理由には気づかないまま、クレアは翠の石の説明を読み込んだ。

 フレッドが言っていた通り、ペリドットは旧くから『太陽の石』として珍重され、古代の『大いなる川の国』の女王も熱心に蒐集していたらしい。


『また、ペリドットには鎮静効果がある。喘息や高熱の薬となり、沸いた水にペリドットを入れれば即座に冷水に変わる』


 貴重な石を砕いて飲んだり茹でたりするなんて、いつの時代にも変わり者はいるらしい。

 眉唾ものの記述に目を眇めつつ、クレアは先を読み進めた。


『人の心の熱情や浮ついた色欲も鎮めることから、夫婦の愛を象徴する石としても知られ、装身具に好んで用いられる』


「夫婦の、愛……!」


 そういう『明るくきらきらでふわふわした概念』こそ、まさに求めていた。


「私もペリドットにしたら、フレッドの真似をしたみたいになってしまうけれど……」


 フレッドは『夫婦の愛』の意味の方を知らなかったのかもしれないが、知らずにクレアの上を行くなんて、どこまでも油断ならない夫である。

 ため息を吐いた後、いっそう真剣な目で図鑑に向き合った。必ずペリドットよりもふさわしい石を見つけるのだ、と意気込んで。

 図鑑の端から端まで目を通し、悩みに悩んで数種類に絞った候補を帳面に控えて、図書室を後にした。


「石の目星はついたし、あとは宝石商や加工職人とも相談して決めなくちゃ」


 胸には計画が現実味を帯びてきたことへの期待と興奮、少しの不安がある。


「……フレッド、喜んでくれるかしら」


 彼なら『金運上昇』でも『長寿』でも喜ぶだろう。

 だから、これはきっと、純粋に『彼を喜ばせるために贈る』わけではないのだ。

 悪く言えばどこまでもクレアの自己満足で、良く言えば願いごとをかけるのにも似ている。


「『私が贈りたくて、彼に受け取ってほしい物』じゃないと意味が無いわ」


 せっかく綺麗な宝石なのだから、『愛』とか『夢』とか『希望』のような、きらきらしたものと一緒に贈りたい。

 思いのこもった贈り物を『ありがとう』と喜んで受け取ってもらえたら、どれほど幸せだろう。

 想像して、クレアは頰を綻ばせた。

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