第89話 それでも並ぶ理由
静かすぎた。
あれほど混乱していた場所が、嘘のように落ち着いている。
命令の声はない。
怒号もない。
ただ――
人が動いている。
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順番で。
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私はゆっくりと歩いた。
広場の中央を抜ける。
さっきまでの国家試験の痕跡が、まだ残っている。
歪んだ柵。
倒れた箱。
乱れた足跡。
だが。
その中で。
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列はある。
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(……残った)
私は小さく息を吐いた。
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「……終わったんですね」
ミレイアが隣で言う。
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「ええ」
私は頷く。
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「一応は」
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完全ではない。
きれいでもない。
だが――
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消えなかった。
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それがすべてだ。
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私は列の中に目を向ける。
一人の少女がいた。
小さな手で、布袋を抱えている。
不安そうに、前を見ている。
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「大丈夫?」
私は声をかけた。
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少女は少し驚いて。
それから、こくりと頷いた。
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「順番だから」
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短い言葉。
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だが。
それで十分だった。
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(……理由)
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難しい理屈ではない。
制度でもない。
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ただ。
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順番だから。
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それだけで、人は並ぶ。
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私は少しだけ笑った。
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後ろから足音。
アルヴェリックだった。
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「……単純だな」
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「ええ」
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「だが」
彼は続ける。
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「それだけでは壊れる」
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「ええ」
私は頷く。
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単純なものは。
壊れやすい。
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だが。
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「だから残るんです」
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私は言った。
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沈黙。
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彼は少女を見る。
そして。
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「……あれが基準か」
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「ええ」
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「国家ではない」
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「ええ」
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「人か」
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「ええ」
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短いやり取り。
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だが。
それで十分だった。
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アルヴェリックは、少しだけ視線を落とした。
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「……難しいな」
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「ええ」
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「管理できない」
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「ええ」
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「だが」
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彼は言う。
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「放置もできない」
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私は頷いた。
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それが。
今回の答え。
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国家は。
順番を支配しない。
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だが。
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守る。
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必要な時だけ。
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その境界。
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ミレイアが言った。
「……これで、終わりですか?」
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私は少しだけ考えた。
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そして。
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「いいえ」
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答えた。
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彼女が驚く。
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「え?」
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「終わっていません」
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私は空を見た。
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静かな空。
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だが。
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「これからです」
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沈黙。
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「なぜ」
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「残ったからです」
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私は言った。
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「残ったものは」
「続く」
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順番は。
ここで終わらない。
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広がらない。
だが。
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続く。
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人がいる限り。
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選ぶ限り。
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アルヴェリックが、静かに言った。
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「……見届けるか」
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私は彼を見る。
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「ええ」
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彼は小さく笑った。
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「最後まで」
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その言葉に。
私は、ほんの少しだけ驚いた。
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(……変わった)
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敵ではない。
もう。
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同じ場所を見ている。
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ただ。
やり方が違うだけ。
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ミレイアが、嬉しそうに笑った。
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「……いいですね」
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「ええ」
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私は頷く。
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列は動く。
人が動く。
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ゆっくりと。
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だが。
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止まらない。
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私は振り返った。
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崩れた場所。
消えた列。
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そこには。
何も残っていない。
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だが。
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ここにはある。
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順番が。
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それでいい。
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それだけでいい。
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私は歩き出した。
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次へ。
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残ったものの、その先へ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついに「順番は残る」という結論にたどり着きました。
しかしこれは終わりではなく、「続いていくもの」として描かれています。
次はいよいよ最終話。
この物語の本当の余韻を描いていきます。
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最後までぜひお付き合いください。




