第85話 広がる不信
列の最後に並んだ男は、もう何も言わなかった。
ただ、前を見ていた。
それだけで――
その場は、保たれていた。
だが。
(……ここだけ)
私はゆっくりと周囲を見渡した。
さっきの場所は戻った。
順番は守られている。
だが。
少し離れた場所では――
すでに崩れている。
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「だから言っただろ!」
別の声。
「並ぶだけ無駄だ!」
人が動く。
抜ける。
押す。
列が歪む。
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ミレイアが言う。
「……増えてます」
「ええ」
私は答える。
順番を壊す者。
一人ではない。
そして。
正しい。
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「どうしますか」
彼女が聞く。
私は答えなかった。
なぜなら。
(止められない)
これは。
制度ではない。
感情だ。
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アルヴェリックが低く言った。
「……波だな」
「ええ」
私は頷く。
「広がる」
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順番は、守る理由が必要。
だが。
不信は。
理由がなくても広がる。
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別の列。
「後回しにされた!」
怒号。
「順番なんて嘘だ!」
人が崩れる。
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(……早い)
予想より。
速い。
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私は前に出た。
だが。
止まらない。
声が届かない。
聞かない。
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順番が壊れる時。
理屈は通らない。
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ミレイアが、震える声で言った。
「……どうすれば」
私は静かに言った。
「無理です」
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沈黙。
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「え……?」
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「全部は戻らない」
私は言う。
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アルヴェリックが、わずかに目を細めた。
「諦めるのか」
「違います」
私は首を振る。
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「選ぶ」
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沈黙。
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「何を」
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「守る場所を」
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私は周囲を見る。
全部は無理。
広すぎる。
人が多すぎる。
感情が多すぎる。
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「順番は」
私は言った。
「全部では成立しません」
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ミレイアが息を呑む。
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「だから」
「残す」
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沈黙。
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「残す?」
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「守れる場所で」
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私は歩き出した。
戻った列へ。
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そこは。
静かだった。
動いている。
守られている。
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「ここは残る」
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私は言った。
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アルヴェリックが見ている。
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「……切り捨てるのか」
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「違います」
私は答える。
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「広げない」
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沈黙。
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「順番は」
「広げると壊れる」
「だから」
「小さく残す」
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ミレイアが、小さく言った。
「……領地みたいに」
「ええ」
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アルヴェリックが言う。
「国家では無理だな」
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私は答えた。
「ええ」
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沈黙。
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遠くで。
また崩れる音。
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だが。
ここは動く。
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順番は。
残る。
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だが。
広がらない。
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アルヴェリックが、ゆっくり言った。
「……負けだな」
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私は彼を見た。
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「違います」
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「これは」
「最初から」
「そういうものです」
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順番は勝たない。
だが残る。
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彼は、静かに笑った。
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「国家は」
「勝たないものを扱うことになる」
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私は答えた。
「ええ」
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沈黙。
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そして。
彼は言った。
「では」
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「どうする」
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私は少し考えた。
そして。
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「法律にする」
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空気が止まる。
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「……何だと」
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「順番を守る場所を」
「法律で残す」
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沈黙。
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アルヴェリックが言った。
「制度にするのか」
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「違います」
私は首を振る。
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「残すだけです」
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彼は長く黙った。
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そして。
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「……面白い」
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そう言った。
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遠くで。
また崩れる音。
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だが。
ここは動いている。
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順番は。
残る。
そして。
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国家に。
刻まれようとしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついに「順番は広がらないが残る」という結論にたどり着きました。
そして物語は「法律として残す」という最終段階へ入ります。
次はいよいよ――最終決着です。
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最後までぜひお付き合いください。




