第84話 順番を壊す者
崩れた場所は、すぐに分かった。
音が違う。
怒号ではない。
笑いでもない。
乾いた、空気の切れる音。
(……止まってる)
人の流れが、完全に止まっていた。
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「だから言っただろ」
男の声。
低い。
だがよく通る。
「順番なんて意味がない」
列の中央。
一人の男が立っていた。
動かない。
並ばない。
ただ立っている。
そして――
誰も、彼を押さない。
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(……異物)
私は足を止めた。
ミレイアが小さく言う。
「……あの人」
「ええ」
私は頷く。
今までとは違う。
順番が壊れたのではない。
壊している。
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「どうせ後で決めるんだろ」
男は言う。
「上が」
ざわめき。
「なら最初から意味がない」
誰も反論しない。
できない。
心のどこかで、同じことを思っているから。
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(……これか)
順番の最大の敵。
不信。
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アルヴェリックが隣に来る。
「……厄介だな」
「ええ」
私は答える。
命令なら排除できる。
だが。
これは違う。
理屈だ。
しかも――
正しい。
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「どけ」
兵が言う。
男は動かない。
「命令だ」
「だから何だ」
男は笑う。
「命令があるなら順番はいらない」
沈黙。
空気が固まる。
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(……切った)
順番と命令の関係を。
完全に。
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私は前に出た。
「あなた」
男がこちらを見る。
「何だ」
「なぜ並ばない」
彼は即答した。
「意味がないからだ」
沈黙。
「理由は?」
「どうせ変わる」
短い。
だが――深い。
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私は言った。
「変わらない」
「変わる」
彼は即答する。
「見てきた」
沈黙。
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(……経験)
この男は。
知っている。
順番が裏切られることを。
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「だから並ばない」
「選ぶ」
彼は言う。
「速い方を」
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周囲がざわめく。
同意。
共感。
広がる。
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(……危険)
これは広がる。
一人ではない。
思想だ。
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アルヴェリックが言う。
「排除するか」
私は首を振った。
「無理です」
「なぜ」
「正しいから」
沈黙。
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私は男を見た。
「あなたは間違っていない」
彼は少しだけ目を細める。
「なら」
「なぜ止める」
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私は一歩近づいた。
「順番は」
静かに言う。
「裏切られます」
沈黙。
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周囲が止まる。
誰も動かない。
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「え?」
ミレイアが呟く。
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私は続ける。
「守られないこともある」
「変わることもある」
「壊れることもある」
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男が笑った。
「ほらな」
「だから意味がない」
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「違います」
私は言った。
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沈黙。
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「それでも」
「並ぶ理由がある」
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男が眉をひそめる。
「何だ」
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「戻れるからです」
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静寂。
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「壊れても」
「戻れる」
「だから」
「並ぶ」
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男は黙る。
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私は続ける。
「あなたは」
「戻らなかった順番を知っている」
「だから信じない」
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彼の目が、わずかに揺れる。
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「でも」
私は言った。
「戻る順番もある」
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沈黙。
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長い。
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やがて。
「……証明しろ」
男が言った。
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「ええ」
私は頷く。
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私は列に入る。
先頭へ。
そして。
「この順番」
「最後まで変えません」
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周囲がざわめく。
「無理だ」
「崩れる」
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「変えない」
私は言う。
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列が動く。
遅い。
だが。
進む。
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一人。
次。
また次。
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誰も抜かない。
誰も押さない。
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そして。
最後まで。
変わらない。
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沈黙。
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男が見ている。
最後まで。
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「……本当に」
彼が呟く。
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私は振り返る。
「これが順番です」
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沈黙。
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男は。
ゆっくりと。
列に入った。
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最後尾。
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ミレイアが、涙ぐむ。
「……戻った」
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「ええ」
私は頷く。
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だが。
(これは一人)
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周囲を見る。
まだいる。
同じ顔。
同じ不信。
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アルヴェリックが言った。
「……思想だな」
「ええ」
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「順番を壊す」
「順番を信じない」
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彼は静かに言う。
「これは」
「止まらない」
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私は答えなかった。
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なぜなら。
その通りだから。
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遠くで。
また一つ。
列が崩れる。
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今度は。
別の場所。
別の人間。
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(……広がる)
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順番を壊す者は。
一人ではない。
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私は空を見た。
順番は残る。
だが。
信じられなければ――
消える。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ついに「順番を壊す者」が登場しました。
制度の問題ではなく、人の問題へと物語が踏み込んでいます。
次は――「順番が広く壊れる」段階へ。
ここからが本当のクライマックスです。
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次話もぜひお楽しみに。




