第75話 順番が守れない時
朝の空気が、昨日と違う。
広場に入った瞬間、それが分かった。
人の数が多い。
列の密度が違う。
声が荒い。
(……意図的ね)
私は足を止めた。
柵は昨日より広く、
役人の数も倍近い。
そして――
入口が一つしかない。
「制限……」
ミレイアが呟く。
「ええ」
私は頷く。
「順番が守れない状況を作っている」
昨日の自由列は、開かれていた。
だから順番が成立した。
今日は違う。
入口が狭い。
流入が集中する。
押し合いが起きる。
順番は――崩れる。
「入場は順次!」
「押さないでください!」
役人が叫ぶ。
だが人は止まらない。
後ろから押される。
前が詰まる。
声が荒れる。
「順番だろ!」
「押すな!」
「前が動かないんだよ!」
順番を守ろうとする声と、
守れない現実がぶつかる。
そして――
崩れる。
列が歪む。
横から入り込む者が出る。
怒号。
小さな衝突。
私は、何も言わずに見ていた。
ミレイアが、震える声で言う。
「……止まってます」
「ええ」
順番が守れない時、
順番は機能しない。
それが今、目の前にある。
やがて、兵が入った。
「下がれ!」
命令。
強い声。
人が引く。
押し戻される。
列が、無理やり整えられる。
静まる。
だが――
それは順番ではない。
命令だ。
アルヴェリックが、すぐ後ろに立っていた。
「これが現実です」
彼は静かに言う。
「順番は守られない」
私は答えない。
ただ見ている。
整えられた列。
だが、空気が違う。
誰も納得していない。
ただ従っている。
進み始める。
速い。
昨日より速い。
だが――
重い。
ミレイアが小さく言った。
「……動いてます」
「ええ」
「でも」
彼女は続ける。
「違う」
その通りだった。
順番ではない。
命令で動いている。
しばらくして。
また崩れる。
「違うだろ!」
「俺が先だ!」
声が上がる。
命令が行き届かない場所。
そこから崩れる。
兵が駆ける。
押さえつける。
また整える。
また崩れる。
繰り返し。
アルヴェリックが言った。
「見ましたか」
「ええ」
「順番は維持できない」
「ええ」
私は頷く。
「この条件では」
彼は少しだけ目を細めた。
「つまり」
「順番は弱い」
私は静かに言った。
「環境に依存する」
「国家は環境を制御する」
「ええ」
「だから国家が順番を握るべきです」
私は、ゆっくり首を振った。
「違います」
彼は黙る。
「順番が守れない時は」
私は言った。
「止めるべきです」
沈黙。
「止める?」
「ええ」
私は広場を見た。
押し合い、命令、崩れ。
「このまま続ければ」
「人が壊れる」
アルヴェリックは、初めて言葉を失った。
私は一歩前に出た。
「止めてください」
役人が戸惑う。
「ですが――」
「止めて」
声を強める。
広場が静まる。
アルヴェリックが見ている。
判断を委ねている。
私は言った。
「一度止めて、間を空ける」
「人を分散させる」
「流れを戻す」
沈黙。
数秒。
やがて。
「……停止」
アルヴェリックが言った。
広場が止まる。
完全に。
誰も動かない。
ざわめきが消える。
静寂。
そして。
人が、少しずつ下がる。
距離ができる。
呼吸が戻る。
再開。
今度は――
ゆっくり。
押さない。
前を見ている。
順番が、戻る。
ミレイアが、息を吐いた。
「……戻った」
「ええ」
私は頷く。
アルヴェリックが、低く言った。
「止める……」
私は彼を見た。
「順番が守れない時は」
「止める」
沈黙。
彼は、広場を見ている。
順番が戻った列。
遅い。
だが――
崩れない。
「……弱い」
彼が言う。
「ええ」
「だが」
彼は続ける。
「壊れない」
私は答えなかった。
彼の中で、何かが変わり始めている。
だが。
まだ終わらない。
「次は」
アルヴェリックが言った。
「止められない状況で試します」
私は目を細めた。
「止められない?」
「ええ」
彼は静かに言う。
「止めることが許されない状況」
沈黙。
私は理解した。
それは――
戦場。
災害。
緊急時。
順番を止められない場所。
そこで順番はどうなるか。
それを試す。
広場の順番は戻った。
だが。
次は違う。
順番が、逃げられない場所。
そこで。
試される。
私は空を見上げた。
焚き火のない都。
そして――
止められない状況。
順番の限界が、
次に来る。
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