第65話 順番を奪うもの
国家監察官は、三日滞在した。
その三日で、この領地の空気は少しだけ変わった。
大きくではない。
だが確実に。
倉庫の前に並ぶ人の列が、以前より静かになった。
順番を待つ声が減った。
代わりに――
紙を見る人が増えた。
国家制度番号。
順位。
監察官はそれを指して言う。
「これが公平です」
誰も反論しない。
確かに分かりやすい。
速い。
争いも少ない。
だが――
私は焚き火を見ていた。
順番は、紙に書かれるものではない。
守られるものだ。
夕方、広場で小さな揉め事が起きた。
「俺の番号の方が先だ!」
若い男が紙を振り回している。
相手は年配の職人だった。
「順番は俺だ」
「違う! 国家制度だ!」
人々が少しざわめく。
ハロルドが間に入った。
「順番だ」
だが若い男は首を振る。
「国家制度がある!」
ハロルドは静かに言った。
「それは番号だ」
若い男は叫ぶ。
「公平だろ!」
私は、焚き火から立ち上がった。
「公平に見えるだけです」
男は私を見た。
「何が違うんだ!」
私は紙を受け取った。
そこには番号が書いてある。
ただそれだけだ。
「番号は速い」
私は言った。
「だが」
紙を返す。
「順番を奪います」
沈黙。
男は困った顔をした。
「意味が分からない」
私は焚き火を指さした。
「火を見て」
皆が火を見る。
薪が燃えている。
「順番に薪を入れる」
「誰が決めてる?」
誰も答えない。
「皆が見ている」
私は静かに言った。
「だから守る」
男は紙を見た。
「でも番号は」
「番号は命令です」
私は続ける。
「命令は速い」
「だが」
「順番を奪う」
沈黙。
ミレイアが小さく言った。
「守る人がいなくなる」
ハロルドが頷く。
「順番は守るから続く」
若い男はしばらく考えた。
そして紙を畳んだ。
「……分かった」
完全ではない。
だが、理解は少しある。
夜。
監察官は王都へ戻る準備をしていた。
「この領地は特殊です」
彼は言う。
「国家制度の方が効率的です」
「ええ」
私は頷く。
「それでも」
彼は少し不思議そうに聞く。
「なぜ順番に拘る」
私は焚き火を見た。
火は小さい。
だが、消えない。
「順番は」
私は静かに言った。
「人のものだから」
監察官は少し黙った。
やがて言う。
「国家は人のためにある」
「ええ」
「だから国家が順番を決める」
私は首を振った。
「国家は」
焚き火を見る。
「順番を奪いやすい」
沈黙。
監察官は答えなかった。
だが私は知っている。
順番を奪うものは、いつも同じだ。
速さ。
効率。
そして――
権力。
焚き火が、ぱちりと弾けた。
小さな火。
だがその火は、
まだここにある。
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