第62話 秩序という名の制度
王都からの使者は、二度目の夏の前に来た。
前回の観察官とは違う。
馬車は黒塗りで、紋章が刻まれている。
国家中央庁舎の紋章。
私は広場の端で、その馬車を見ていた。
降りてきたのは、見慣れない男だった。
年齢は四十代前半。
背は高く、姿勢はまっすぐ。
服装は質素だが、布は良い。
役人というより、軍人に近い静けさがある。
「リリアーナ・フォン・グレイス殿」
男は礼をした。
「アルヴェリック・ドールマンと申します」
私は、少しだけ目を細めた。
「王都から?」
「ええ」
「財政局?」
「いえ」
彼は短く答えた。
「国家行政改革局」
聞いたことのない部署だった。
だが、匂いは分かる。
(新しい権力)
私は頷いた。
「ご用件は?」
アルヴェリックは、封書を差し出した。
厚い紙。
重い封蝋。
私はその場で開いた。
中には一枚の文書。
――国家制度法 施行決定
その文字を見た瞬間、私は息を止めた。
「正式制度化です」
アルヴェリックが言う。
「あなたの制度は、国家制度として採用されました」
広場の空気が、少しだけ変わる。
ミレイアが隣で息を呑む。
私は文書を最後まで読んだ。
撤回規定。
段階導入。
順序設計。
確かに書かれている。
だが――
その下に、もう一つの条項があった。
**国家監督権**
私はゆっくり顔を上げた。
「国家が順番を管理する?」
「ええ」
アルヴェリックは、迷いなく答えた。
「順番は重要です」
「だから国家が守る」
私は、焚き火を見た。
火は、いつも通り揺れている。
「順番は」
私は静かに言った。
「命令ではありません」
「承知しています」
彼は即答した。
「秩序です」
その言葉に、私は少しだけ笑った。
「秩序は、上から作るものではありません」
「作れます」
彼は、穏やかに言った。
「国家なら」
沈黙。
遠くで、子どもが笑っている。
その声が、やけに遠く聞こえた。
「あなたの制度は優れています」
アルヴェリックは続ける。
「だから国家が使う」
「使う?」
「秩序を作るために」
私は文書を閉じた。
制度は、順番のためにある。
だがこの男は――
順番を、支配の道具にしようとしている。
「あなたは」
私は静かに言った。
「制度を理解していますね」
「ええ」
「だが、順番は理解していない」
彼は、初めて少しだけ首を傾げた。
「違いは?」
「順番は」
私は焚き火を見た。
「誰かが守るものです」
「国家も“誰か”です」
「違います」
私ははっきり言った。
「国家は顔を持たない」
沈黙。
アルヴェリックは、ほんの少しだけ笑った。
「それでも」
彼は言う。
「秩序は必要です」
「ええ」
「そして秩序は」
彼は静かに続ける。
「管理されなければならない」
私は焚き火を見つめた。
小さな火。
誰も命令していない。
だが、順番に薪がくべられる。
それが続く。
それが順番だ。
「あなたの制度は」
アルヴェリックが言う。
「国家を変える可能性がある」
「いいえ」
私は答えた。
「国家が変わるかどうかは」
「国家が決めることです」
彼は、ゆっくり頷いた。
「その通り」
そして彼は、静かに言った。
「だから国家が使う」
私は文書を握った。
制度は、誰のものか。
その問いが、またここに戻ってきた。
焚き火が、ぱちりと弾ける。
小さな火。
だがその火は――
今、国家の手に触れようとしていた。
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