第60話 残るもの
制度停止から、三十日。
辺境は、以前より少しだけ静かになっていた。
慌ただしさが消えたわけではない。
だが、急ぐ空気が減った。
倉庫の荷は順番に運ばれ、
再訓練は予定通り進み、
焚き火はいつもの場所で揺れている。
制度は、完全には戻していない。
順番だけを残した。
それで、十分だった。
広場の端で、私は帳簿を閉じた。
ミレイアが横で言う。
「数字、安定しています」
「ええ」
「制度を止めたのに」
「止めたからよ」
制度は、人を守らない。
壊れにくくするだけ。
だから壊れそうなら、止める。
それだけの話だ。
ハロルドが、再訓練の記録を持ってきた。
「三か月目の報告です」
「結果は?」
「戻れる者、六割」
私は小さく頷いた。
制度導入初期と、ほぼ同じ数字。
つまり――
順番を守れば、戻る。
それだけのことだ。
夕方、王都からの通信が届いた。
レオンハルトだった。
『国家制度、修正案が通った』
「撤回規定ですか」
『限定的に』
短い沈黙。
『あなたは、王都を変えた』
「いいえ」
私は首を振った。
「王都が、自分で変わっただけです」
『あなたが止めなければ、変わらなかった』
「かもしれません」
私は焚き火を見つめた。
制度は、私のものではない。
順番のものだ。
『王都では議論が続いている』
彼が言う。
『制度とは何か』
「順番です」
『政治は納得していない』
「でしょうね」
彼が、小さく笑うのが分かった。
『だが、数字が支持している』
通信が終わる。
私はしばらく火を見つめた。
制度は、勝ったわけではない。
革命も起きていない。
王都は相変わらず速く、
政治は相変わらず騒がしい。
それでも。
国家の帳簿に、
一行だけ新しい言葉が残った。
撤回。
戻る道。
それは小さな余白だ。
だが制度は、
その余白の中でしか生きられない。
ミレイアが、静かに言った。
「これで終わりですか」
私は、少し考えた。
「いいえ」
「まだ続きますか」
「ええ」
制度は、完成しない。
人がいる限り、
順番は崩れる。
だから――
何度でも作り直す。
焚き火が、ぱちりと弾けた。
小さな火。
だが、その火は消えない。
それが、残るものだ。
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