第51話 想定外
報せは、数字の形で届いた。
国家改革試験導入地――北部三領のうち一領。
移行成功率、六割。
前回の七割から、下がっている。
「……理由は?」
私は、王都の会議室で資料を見つめたまま問う。
レオンハルトは、淡々と答える。
「地方行政の裁量により、再訓練期間が短縮された」
「予算効率を優先した結果です」
私は、紙をめくる。
再訓練三か月を、一か月に。
生活保障費、二割削減。
移行前の個別面談、一部省略。
(順番が、削られている)
「停止条項は?」
「発動条件に達していません」
「失敗率四割は、軽微ですか」
「国家全体から見れば」
国家全体。
その言葉が、冷たく落ちる。
ヴィクトールが口を挟む。
「地方の問題です」
「制度そのものの問題ではない」
私は、視線を上げた。
「制度は、運用を含みます」
「理想通りに運用されるとは限らない」
「だから、順番を固定した」
レオンハルトが、静かに言う。
「固定は、地方の裁量を圧迫します」
「圧迫ではありません」
「暴走防止です」
沈黙。
資料の最後のページに、赤字があった。
――失業者の一部、非公式労働へ流入
――治安悪化、兆候あり
(来た)
前世の記憶が、わずかに重なる。
数字は、まだ崩れていない。
だが、空気が変わり始めている。
「公開は?」
私は問う。
「検討中です」
「即時公開を」
「動揺を招く」
「隠せば、後で崩れます」
レオンハルトは、初めてわずかに眉を寄せた。
「あなたは、常に最悪を想定する」
「ええ」
「国家は、最悪だけで動けない」
「最悪を想定しない国家は、崩れます」
部屋の空気が張り詰める。
やがて、レオンハルトは言った。
「公開する」
「ただし、運用上の問題として扱う」
「制度の問題ではない、と?」
「現時点では」
私は、椅子にもたれた。
(想定外ではない)
順番が削られれば、失敗率は上がる。
失敗率が上がれば、非公式経済が膨らむ。
そこから、崩れる。
だが――
今回は、私の制度が使われている。
その名で、順番が削られた。
会議が終わり、廊下に出る。
王都の石壁は、変わらず冷たい。
背後から、レオンハルトの声。
「あなたは、動揺していますか」
「いいえ」
私は即答した。
だが、胸の奥が重い。
「制度は、あなたの理想通りには動かない」
「知っています」
「それでも、続けますか」
私は、しばらく答えなかった。
続けるか。
止めるか。
国家規模で、順番を守らせることができるのか。
「……まだ、崩れていません」
私は、静かに言った。
「ええ」
彼も頷く。
「まだ」
その“まだ”が、重い。
夜、宿舎に戻り、私は一人で資料を読み返した。
六割成功。
四割停滞。
非公式労働の兆候。
数字は、小さい。
だが、兆しは明確だ。
(想定外ではない)
だが――
国家規模で歪んだ制度は、
辺境にも波及する。
その予感が、消えない。
机の上に、もう一通の封筒が置かれていた。
辺境から。
封を切る。
――再編見直し対象者、追加
――中央制度適用に伴う基準変更
私は、指先に力を込めた。
国家の制度が、
辺境の順番に入り込んでいる。
(早すぎる)
まだ崩れていない。
だが――
何かが、確実にずれ始めている。
それは、小さい。
だが、私は知っている。
崩壊は、
いつもこの形から始まる。
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