第49話 戻る場所を守る
辺境に戻ったのは、早朝だった。
空気が違う。
王都の整然とした匂いではない。
土と煙と、人の生活の匂い。
(帰ってきた)
だが、安心はしない。
報告は既に読んでいる。
視察団はまだ滞在中。
商会の一部が規則緩和を主張。
若手の職人たちが揺れている。
焚き火の数は変わらない。
だが、火の色が少し違う。
執務室に入ると、ミレイアが立ち上がった。
「おかえりなさいませ」
「状況は?」
「公開会議は三度行いました」
「規則緩和案は否決されています」
「ですが――」
「支持者は増えた?」
「はい」
私は、頷いた。
「当然ね」
制度が硬ければ、
“もっと速く”と求める声は出る。
それが自然だ。
「視察団は?」
「大口商会と個別接触を試みました」
「記録は取っています」
「公開しましょう」
ミレイアの目が揺れる。
「……関係が悪化します」
「隠せば、もっと悪くなる」
午後、広場で公開会議を開いた。
視察団。
商会代表。
職人たち。
住民。
私は、壇に立たない。
同じ高さに立つ。
「王都からの提案は三点」
「優先枠の設置」
「規則の一部柔軟化」
「成長促進のための例外措置」
ざわめき。
「まず、商会代表」
彼は前に出る。
「我々は、この領地をさらに成長させたい」
「優先枠があれば、投資が増える」
「例外を認めれば?」
「速度が上がる」
私は、静かに聞いた。
「例外の対象は?」
「……大口商会」
「では、小口は?」
沈黙。
「規則は、全員のためにある」
私ははっきり言う。
「例外は、誰かを切る」
若い職人が声を上げた。
「でも、俺たちはもっと稼ぎたい!」
「稼ぎなさい」
私は即答する。
「ただし、順番を守って」
「順番って何だよ!」
「全員が同じ条件で挑戦できる順番」
彼は黙る。
視察団の代表が、穏やかに口を挟む。
「柔軟性があれば、成長は加速します」
「王都でも証明されています」
「王都は、失敗した時に戻れますか?」
私は問い返す。
彼は、答えない。
「ここでは、戻れます」
「戻れるから、挑戦できる」
ざわめきが静まる。
「優先枠を作れば」
「挑戦は、順番ではなく資本で決まる」
商会代表が反論する。
「それが現実だ」
「ここでは、違います」
私は、静かに言い切った。
「現実を持ち込むなら」
「順番も持ち込んでください」
沈黙。
やがて、ハロルドが前に出る。
「規則は変えない」
「だが、成長枠を増やす」
ざわめき。
私は彼を見る。
「上限の範囲内で」
彼が続ける。
「公平な抽選制を導入する」
私は、頷いた。
「例外ではない」
「順番の再設計です」
若手の職人が、少しだけ表情を緩める。
商会代表は、苦い顔をする。
視察団は、何も言わない。
公開会議は、決着した。
規則は守られた。
だが、硬直は避けられた。
夜、焚き火の前でミレイアが言った。
「……怖かったです」
「ええ」
「でも、崩れませんでした」
「ええ」
私は、火を見つめる。
王都は、速さを選ぶ。
ここは、順番を守る。
火種は消えたわけではない。
だが、燃え広がらなかった。
「制度は、人を守りますか」
ミレイアの問い。
「守らない」
私は答える。
「守るのは、人よ」
「制度は、壊れにくくするだけ」
焚き火が、静かに揺れる。
戻る場所を守る。
それは、戦うことではない。
順番を崩さないことだ。
私は、ようやく息を吐いた。
だが、分かっている。
国家は、まだ速い。
そして、この領地は、
その中で目立ち始めている。
戦いは終わっていない。
ただ――
今日は、守れた。
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