第45話 制度は、刃にもなる
北部三領のうち、一領で試験導入が決まった。
私の提案通り――とは言い難い。
段階導入。
失敗率の公開。
移行設計の明文化。
だが、その裏で。
「軍需費の再配分が、同時に進みます」
レオンハルトは、淡々と告げた。
「削減分を、南方防衛へ」
「……同時に?」
「政治判断です」
つまり。
私の制度が、“削減の根拠”として使われた。
順番を守るはずの仕組みが、
財源移動の正当化に利用される。
(来た)
会議室で、私は静かに言う。
「段階導入の結果が出る前に、削減を確定させるのは順序違反です」
「削減ではありません」
軍務官が反論する。
「再配分です」
「同義です」
空気が張り詰める。
レオンハルトは、私を見た。
「あなたの制度は、無駄を可視化します」
「ええ」
「可視化された無駄を、放置する理由は?」
「移行が完了するまで待つ」
「待てない事情がある」
国家の事情。
外敵。
同盟。
予算。
すべて正しい。
だからこそ、危険だ。
「制度は」
私は、はっきり言う。
「刃にもなります」
沈黙。
「振るう前に、鞘を作るべきです」
レオンハルトの目が、静かに揺れる。
「鞘とは?」
「撤回規定」
「段階失敗時の即時停止」
「削減凍結条項」
「政治が嫌がる」
「だから、制度で縛る」
ヴィクトールが、軽く笑った。
「あなたは、国家を信用していない」
「信用しています」
「だから縛ります」
国家を信用するからこそ、
暴走しない仕組みを入れる。
午後、試験導入地の報告が入る。
初期移行は順調。
だが、移動希望者が予測を下回る。
「成功率は?」
「七割」
想定八割を下回る。
会議室に、ざわめきが走る。
「再試行を」
財政官が言う。
「段階停止を」
私は即座に言う。
「まだ早い」
「失敗率を公開してください」
「動揺を招く」
「公開しない方が、後で崩れます」
レオンハルトは、黙って資料を見ている。
やがて、口を開く。
「公開する」
場が静まる。
「ただし、軍需再配分は継続」
私は、彼を見る。
「順番が逆です」
「国家の順番です」
その言葉に、私は初めて怒りを覚えた。
「国家の順番が、住民の順番を壊すなら」
「制度は暴力です」
部屋が凍る。
レオンハルトは、低く言う。
「あなたは、国家に刃を向けるつもりですか」
「いいえ」
私は、はっきり言った。
「刃を持たせないだけです」
夜、宿舎で一人になる。
窓の外に、王都の灯りが広がる。
整然と。
無機質に。
(私の制度が、人を削る理由になる)
それが、何よりも恐ろしい。
扉がノックされる。
入ってきたのは、カイゼルだった。
「聞いたよ」
彼は、静かに言う。
「君の制度が、軍費に回った」
「ええ」
「怒っている?」
「少し」
彼は、腕を組む。
「だが、国家は選択を迫られる」
「だから、順番を作るのです」
「順番では、間に合わない時もある」
「その時のために、戻る道を残す」
彼は、しばらく黙った。
「君は、理想家だ」
「違います」
「私は、壊れるのを見たことがあるだけです」
前世の記憶が、胸を刺す。
削減。
再編。
数字の改善。
そして崩壊。
カイゼルは、低く言う。
「私は、この国を強くしたい」
「私は、この国を壊したくない」
視線が交差する。
強さと、存続。
どちらも正しい。
だが、順番が違う。
制度は、刃にもなる。
そして今、
その刃は、国家の手に握られている。
私は、鞘を作れるか。
それとも――
振り下ろされるのを、見届けるだけか。
戦いは、静かに深くなっていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




