第44話 象徴にされる日
王都滞在、五日目。
会議は続いていた。
数値の検討、段階導入の可否、失敗率の公開範囲。
私は、ひたすら「順番」を言い続けている。
だが――
戦場は、会議室だけではなかった。
「本日、第二王子殿下が民衆向け演説を行われます」
朝、宿舎の扉を叩いた官吏が告げた。
「内容は?」
「国家改革について」
「……そして、あなたの名も」
嫌な予感が、はっきりと形を持つ。
昼過ぎ、中央広場は人で埋まっていた。
王都の民衆。
商人。
役人。
兵。
整然と並び、旗が翻る。
壇上に立つのは、若い男。
金糸の刺繍を施した上着。
整った顔立ち。
よく通る声。
第二王子、カイゼル。
「諸君!」
広場に声が響く。
「我が国は、変わらねばならない!」
拍手。
歓声。
「無駄をなくし、責任を明確にし、持続する国家を築く!」
その言葉は、どこかで聞いた響きだ。
「その先駆けとして――」
彼の視線が、壇下の私を捉える。
「辺境で奇跡を起こした改革者がいる!」
ざわめき。
「リリアーナ・フォン・グレイス!」
視線が、一斉に集まる。
(やめて)
胸の奥で、冷たいものが広がる。
「彼女は証明した!」
「制度は人を救えると!」
拍手が起こる。
私は、微動だにしなかった。
救ったわけではない。
戻れる場所を作っただけだ。
「我が国もまた、彼女の理念を取り入れ――」
理念。
理念にされる。
象徴にされる。
制度が、旗になる。
それは、私の望んだ形ではない。
演説が終わり、歓声が続く中、
カイゼルは壇を降り、私の前に立った。
「お会いできて光栄だ」
声は明るい。
瞳は真っ直ぐ。
「あなたの功績は、王都でも語られている」
「誇張です」
私は淡々と答える。
「謙遜だ」
「あなたは希望だ」
希望。
その言葉が、重い。
「殿下」
私は静かに言う。
「私は象徴ではありません」
彼は、一瞬だけ驚いた顔をした。
すぐに、柔らかく笑う。
「だが、民はそう見る」
「民に、期待させないでください」
「なぜ?」
「制度は、期待で動きません」
彼は、少しだけ首を傾げる。
「あなたは、理想を語らない」
「理想は、順番の後です」
カイゼルは、しばらく私を見つめた。
「……あなたは、旗にならないつもりか」
「なりません」
「では、誰が民を導く」
「制度が」
彼は、静かに笑った。
「制度は、拍手を返さない」
「拍手は、長続きしません」
一瞬の沈黙。
周囲の官吏たちが、緊張しているのが分かる。
カイゼルは、低く言った。
「私は、この国を変えたい」
「ええ」
「あなたのやり方は、使える」
「使わないでください」
はっきりと言った。
彼の目が、わずかに鋭くなる。
「なぜ?」
「制度は、刃になります」
「象徴にすると、振り回されます」
彼は、ゆっくり息を吐いた。
「あなたは、政治を嫌う」
「いいえ」
「政治に、制度を壊されたくないだけです」
その言葉に、彼は初めて黙った。
やがて、穏やかに言う。
「……面白い」
「光栄です」
「だが、私はあなたを諦めない」
そう言って、彼は去った。
歓声は、まだ残っている。
私は、その中心に立ちながら、
何も感じなかった。
象徴にされる日。
それは、称賛ではない。
利用の始まりだ。
夜、宿舎でレオンハルトが訪ねてきた。
「演説、ご覧になりましたか」
「ええ」
「あなたは、国家にとって魅力的です」
「危険でしょう」
「ええ」
彼は、あっさり認めた。
「理想を語らず、順番を語る」
「政治家にとって、扱いづらい」
「でしょうね」
「だが、数字はあなたを支持する」
私は、彼を見た。
「数字は、誰の味方でもありません」
「ええ」
彼は、低く笑う。
「だからこそ、面白い」
王都は、速さを選ぶ。
そして、象徴を作る。
私は、どちらにもなりたくない。
だが――
国家という巨大な帳簿は、
既に私の制度を、ページの端に書き込み始めている。
消えるか、
組み込まれるか。
その分岐点に、
私は立っていた。
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