第43話 あなたの理論でしょう?
王都での二度目の会議は、前回よりも人数が多かった。
長い楕円形の卓。
両脇に並ぶ財政官、軍務官、内務官。
そして中央に、レオンハルト。
私は、末席に座らされた。
客ではなく、参考人。
その位置が、すべてを物語っている。
「では、続けましょう」
レオンハルトの声は、変わらず穏やかだ。
「本日は、北部三領の再編計画案について」
「貴殿の制度を参考に、試算を行いました」
紙が配られる。
そこには、整然と並んだ数字。
人口移動による効率上昇。
維持費削減。
税収改善予測。
完璧だ。
理屈としては。
「この再編では」
軍務官が口を開く。
「不採算地域の一部切り離しを前提とする」
切り離し。
言葉は柔らかい。
だが、実質は“放棄”だ。
「住民は?」
私は、静かに問う。
「移動可能者は再配置」
「残留者は自活努力を求める」
自活努力。
つまり、自己責任。
「あなたの理論でしょう?」
レオンハルトが、まっすぐに私を見る。
「非効率を放置しない」
「役割を明確にする」
「責任を固定する」
「違いますか?」
部屋の視線が、一斉に私へ向く。
これは試験だ。
言葉を、こちらのものとして使うかどうか。
「違いません」
私は、はっきり言う。
ざわめき。
「ですが、順番が違います」
レオンハルトの目が、細くなる。
「順番?」
「切り離す前に」
「生活基盤の移行を設計する」
「移行が不可能なら、切らない」
「非効率が残る」
「ええ」
「国家全体の損失は?」
「短期的には増えます」
部屋の空気が、冷える。
財政官が苛立ちを隠さず言う。
「国家は、理想郷ではない」
「持続より、即応が優先される場面もある」
「承知しています」
「では、なぜそこまで拘る」
私は、一瞬だけ目を伏せた。
前世の記憶。
削減。
再編。
数字の改善。
そして、崩壊。
「戻れない制度は」
私はゆっくり言う。
「暴力になります」
沈黙。
「あなたの理論は、効率化のためのものでは?」
レオンハルトが、柔らかく追い詰める。
「違います」
「存続のためのものです」
「存続は、効率の上に成り立つ」
「効率は、順番の上に成り立つ」
視線がぶつかる。
ヴィクトールが、軽く笑う。
「哲学的ですね」
「現実的です」
私は、机の上の資料を指した。
「この試算は、移動成功率を八割と仮定しています」
「失敗した二割は?」
財政官が答える。
「再試行、あるいは……」
言葉が止まる。
「あるいは、切り捨てる?」
私は、静かに言った。
空気が、わずかに歪む。
レオンハルトは、逃げない。
「国家には、選択が必要です」
「ええ」
「ですが、選択には責任が必要です」
「責任は、国家が負う」
「国家は、顔を持ちません」
その一言で、場が凍った。
私は、続ける。
「顔のない責任は、誰も引き受けません」
「だから、順番を作るのです」
レオンハルトが、初めて椅子にもたれた。
「では、あなたならどうする?」
問いは、本気だ。
「北部三領のうち、一領のみ段階導入」
「移行成功率を実測し、数値化」
「失敗率を公開」
「次の段階は、それを見て決める」
「遅い」
「ええ」
「だが、崩れない」
私は、はっきり言った。
部屋の空気が、静かに変わる。
反論は出ない。
賛同も出ない。
だが――
無視もできない。
会議が終わり、廊下に出る。
レオンハルトが、並んで歩いた。
「あなたの理論は、削減にも使える」
「ですが、あなたはそれを拒む」
「使い方を固定します」
「国家で?」
「ええ」
彼は、低く言う。
「政治は、順番を待たない」
「だから、制度で縛る」
彼は、しばらく黙っていた。
「……あなたは、危険だ」
「知っています」
「速さの敵です」
「いいえ」
「暴走の敵です」
彼は、足を止めた。
「あなたの理論でしょう?」
もう一度、同じ問い。
私は、はっきり答える。
「私の理論は、順番です」
効率ではない。
削減でもない。
順番。
国家という巨大な帳簿に、
その一語を書き込めるかどうか。
それが、この戦いの本質だった。
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