第4話 最初の会議は、椅子が足りませんでした
翌朝、私は少し早く目を覚ました。
夜明け前の辺境は、音がない。風の音すら、凍りついたように遠い。
身体は重い。だが、頭は冴えていた。
前日の倉庫整理で、問題点ははっきりした。食料不足、管理不在、横流しの疑い。どれも想定内だが、同時進行で潰さなければならない。
(まずは、人を集める)
制度も改革も、人がいなければ動かない。
私は簡単な朝食を済ませ、執務室へ向かった。
……が。
扉を開けた瞬間、私は足を止めた。
「……椅子が、足りないわね」
執務室の中央に置かれた机。その周囲に集まっているのは、代官ハロルド、数名の年配の男、そして昨日倉庫で動いていた領民たち。
明らかに、椅子の数が合っていない。
誰かが立ち、誰かが壁に寄りかかり、誰かは床に座っている。
これが、この領地の“会議”なのだろう。
「集まってくれて、ありがとう」
私はそう切り出した。
「今日は、決定事項を共有するための場です。議論は後にします」
少しざわつく。
議論をさせない宣言は、反感を買いやすい。だが、最初から全員の意見を聞くほど、状況は安定していない。
「まず確認します。この領地は、今、冬を越えられません」
言い切ると、空気が重く沈んだ。
「だから、やることは三つだけです」
私は指を一本ずつ立てる。
「一つ。食料を守る」
「二つ。人を把握する」
「三つ。盗みを止める」
代官ハロルドが、恐る恐る手を挙げた。
「そ、その……盗みというのは……」
「横流しです」
「……」
逃げ場は与えない。
私は続ける。
「今日から、倉庫の鍵は三つに分けます。私、代官、そして領民代表」
「り、領民代表!?」
「ええ。監視ではなく、共有です」
どよめきが起こる。
権限を独占しない。これだけで、空気は変わる。
「ルーナさん」
私は昨日の年配の女性に声をかけた。
「お願いできますか」
「……あたしでいいのかい?」
「現場を一番知っています」
彼女は少し考え、頷いた。
その様子を見て、他の領民たちの表情が微かに緩む。
「次に、人の把握です」
私は紙を掲げた。
「全住民に、簡単な申告をしてもらいます。家族構成、年齢、できる仕事」
「仕事……?」
「畑、修繕、運搬、裁縫。何でもいい。できないことではなく、できることを書いてください」
前世の記憶が、自然と手を動かす。
失業者ではなく、未配置の労働力。そう考えるだけで、見え方は変わる。
「最後に、盗みについて」
私は一拍置いた。
「今日から、食料の不正な持ち出しは即座に公表します」
「公表……?」
「名前も、量も、理由も」
ざわ、と空気が揺れた。
罰よりも、公表。辺境の小さな社会では、それが一番効く。
「ただし」
私は続けた。
「隠さず申告すれば、今は罰しません。過去分もです」
「……!」
ハロルドが、目を見開く。
領民たちも、驚いたように私を見る。
「冬を越すまで、争っている余裕はありません」
私は静かに言った。
「生き残った後で、精算しましょう」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、誰かが小さく頷いた。それが連鎖する。
「……分かった」
「とりあえず、従おう」
「今までより、マシだ」
それで十分だ。
信頼ではない。合意でもない。ただの“納得”。
だが、改革の初動としては上出来だ。
会議が終わり、人が散っていく。
執務室に残ったのは、私とハロルドだけだった。
「……不思議なお方ですね」
彼が、ぽつりと言った。
「罰しないと思えば、権限を分け……怖くないのですか」
「怖いですよ」
私は即答した。
「だから、見える化するんです」
彼は苦笑した。
「王都では、それを嫌う人が多い」
「知っています」
私は机に戻り、紙を広げた。
人口リスト、倉庫管理、鍵の所在。
少しずつだが、線が繋がり始めている。
椅子は足りない。
金も足りない。
食料も足りない。
でも。
(話し合う場所は、できた)
それだけで、この領地は昨日より前に進んでいる。
窓の外では、朝日が差し込み、白い息がゆっくりと消えていった。
数字よりも寒さが深刻な土地で、私は今日も帳簿を書き足す。
この地獄を、立て直すために。




