第34話 条件を出すという、最も冷たい行為
翌朝、アデルハイトは眠っていなかった。
目の下に薄く影が落ちている。
だが、姿勢は崩れていない。
「条件を聞くわ」
執務室に入るなり、彼女はそう言った。
迷いはない。
私は、あらかじめ用意していた紙を机の上に置く。
「三つあります」
「言って」
「一つ。あなたの領地で起きたことを、記録として公開すること」
「人数、経緯、対応、すべて」
彼女は、瞬きをしない。
「二つ。切り捨てた人員の“その後”を、帳簿に組み込むこと」
「存在しなかったことにしない」
彼女の指が、わずかに強く紙を押さえる。
「三つ目は?」
私は、静かに言った。
「順番を、作り直すこと」
沈黙が落ちる。
「……具体的には」
「切る前に、戻る道を作る」
「職を失う前に、移動先を設計する」
「暴動が起きる前に、話し合う場を組み込む」
「遅くなるわよ」
「ええ」
「利益は減る」
「ええ」
「王都の評価も、下がる」
「ええ」
私は、一つも否定しなかった。
彼女は、ゆっくりと椅子に深く腰掛ける。
「……あなたは、残酷ね」
「ええ」
私は認める。
「条件を出すというのは、冷たい行為です」
助ける、と言えば簡単だ。
無償で支援すれば、英雄になれる。
だが、それでは構造は変わらない。
「私は、あなたを助けません」
私ははっきりと言う。
「あなたが、自分でやり直すのを手伝うだけです」
アデルハイトの目が、揺れる。
「……王都は、受け入れない」
「でしょうね」
「失敗を公開すれば、政治的に不利になる」
「ええ」
「それでも?」
「それでも」
彼女は、長く息を吐いた。
「あなたのやり方は、遅い」
「ええ」
「でも、戻れる」
「ええ」
彼女は、目を閉じた。
そして、短く言った。
「……やるわ」
私は、すぐには微笑まなかった。
ただ、頷く。
「では、共同記録を作りましょう」
「あなたの領地の失敗を、私の領地の帳簿に載せる」
「……いいの?」
「ええ」
「失敗は、共有した方が早い」
それは、善意ではない。
再発防止のための、冷たい判断だ。
午後、ミレイアが静かに言った。
「……これ、敵を増やしませんか」
「増えるでしょうね」
私は答える。
「でも、味方も増える」
隠さない。
歪ませない。
数字の外側を、書く。
夜、二人で並んで、最初の共同記録を作成した。
――ノルト西境改革:第一期
――成功指標:税収増加
――副作用:失業者増加、治安悪化
――欠落:移行設計不足
アデルハイトは、最後の一行を書き足した。
――責任者:アデルハイト・フォン・ヴァイス
私は、それを消さなかった。
条件を出すという行為は、
優しさではない。
責任を、固定することだ。
だが――
固定された責任は、
次の失敗を、少しだけ減らす。
焚き火の向こうで、
速さを選んだ領主が、
遅さを学んでいる。
その光景は、静かで――
確かに、意味を持っていた。
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