第31話 速すぎた改革の、最初の犠牲者
知らせは、夜明け前に届いた。
雪が解けきらない街道を、使者が走ってきたという。
馬も、人も、限界だったらしい。
「……ノルト西境で、大規模な騒乱が発生」
ハロルドの報告は、簡潔だった。
感情を挟めば、事実が歪むと分かっている声だ。
「規模は?」
「市街地の三割。死者は……今のところ、二名」
「“今のところ”ね」
私は、目を閉じた。
(ついに、来た)
数字の上では、成功していた改革。
税収は増え、交易量も伸び、王都からの評価も高い。
だが――
人は、数字の中に収まりきらない。
「原因は?」
私が聞くと、ミレイアが続けた。
「職を失った人たちと、残った人たちの衝突です」
「配給を巡って、だそうで……」
配給。
それは、生きるための線だ。
速い改革は、その線を引き直す。
だが、引き直された側が、どこに立つかまでは見ない。
「治安維持隊は?」
「投入されています」
「でも……」
「ええ。足りません」
私は、机の上の地図に目を落とした。
ノルト西境。
アデルハイトの領地。
(あの人は、間違えたわけじゃない)
(ただ、速すぎた)
午前中、王都からも報せが入った。
正式な介入ではない。
調査団の派遣。
つまり――判断を、先送りにした。
「王都は?」
ミレイアが不安そうに聞く。
「静観」
私は即答した。
「数字が崩れていない限り、動かない」
死者が出ても、だ。
暴動が起きても、だ。
数字が、まだ“耐えている”から。
昼過ぎ、私は市場を歩いた。
いつもより、人が少ない。
「向こうで、死人が出たって」
「速い方が、いいって言ってたのに」
噂は、恐怖よりも先に広がる。
そして、静かに足を止めさせる。
(これが、最初の犠牲者)
死んだ二人だけではない。
信頼。
期待。
「速さは正しい」という幻想。
午後、アデルハイトからの書簡が届いた。
短く、荒い字。
――制御できていない
――想定より、早い
言い訳は、ない。
謝罪も、ない。
それが、彼女の誠実さだった。
ミレイアが、小さく言う。
「……行かなくて、いいんですか」
「行かない」
私は、はっきり答えた。
「今、行けば」
「私たちのやり方が、正義になる」
正義を押し付ければ、争いになる。
それは、彼女の改革と同じだ。
「今は、記録を取る」
「見て、待つ」
残酷に聞こえる。
だが、必要な距離だ。
夜、私は帳簿とは別の紙を取り出した。
そこに、淡々と事実を書き連ねる。
――暴動発生日時
――発生地域
――直接原因
――制度上の欠落点
最後に、一行。
――速さが、生存順を破壊した
灯りを落とし、私は窓の外を見た。
焚き火は、いつも通りに燃えている。
この火は、速くは広がらない。
だが、踏み消されもしない。
速すぎた改革の、最初の犠牲者。
それは、人命だけではなかった。
そして私は、理解していた。
この先――
“助けてほしい”という言葉が、
必ず、ここに届く。
それは、もうすぐだ。
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