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婚約破棄された悪役令嬢が、追放先の詰んだ領地を“現代的な内政改革”で再建し、 気づけば王国の生命線になっていた話   作者: 蒼井リリス


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第30話 待つという、最も難しい仕事

 辺境は、静かだった。


 市場の喧騒は以前より小さく、

 交易路を行き交う馬車の数も減っている。

 だが、慌ただしさはない。


(焦りは、こちらにない)


 それが、今の最大の違いだった。


「……また、問い合わせです」


 ミレイアが、積み上がった書簡を示す。

 どれも似た内容だ。


 ――受け入れは可能か

 ――条件を緩和できないか

 ――例外は認められないか


「返事は?」

「いつも通りです」

 彼女は、少し疲れた笑みを浮かべる。

「条件を、もう一度書いています」


「それでいい」

 私は頷いた。

「変えないことが、返事よ」


 待つという仕事は、何もしないことではない。

 同じ答えを、同じ温度で出し続けることだ。


 昼前、ハロルドが低い声で言った。

「……西境で、小競り合いが起きたそうです」


 私は、手を止めた。

「理由は?」


「職を失った者と、残った者の衝突」

「治安維持隊が出たが……追いついていない」


 速さの裏側が、表に出始めている。


(予想通り)

(でも、早すぎる)


「こちらへの影響は?」

「今のところ、直接は」


「なら、動かない」

 私は即断した。


 ミレイアが、不安そうに聞く。

「……見捨てているように、見えませんか」


「見えるでしょうね」

 私は正直に答える。

「だから、説明を続ける」


 午後、私は久しぶりに全体集会を開いた。

 大きな発表はない。

 ただ、現状を共有する。


「外で、速い改革が進んでいます」

「成功しているように見えます」

「でも、歪みも出ています」


 誰も、驚かない。

 もう、情報は入っている。


「私たちは、待ちます」

 私は、はっきり言った。

「助けに行きません」

「条件は、変えません」


 ざわめきが起こる。

 だが、怒号はない。


「不安な人は、去って構いません」

「残る人は、ここで続けましょう」


 それだけだ。


 集会が終わり、人々は静かに散った。

 誰も、私を引き止めない。

 それが、答えだった。


 夜、執務室でアデルハイトからの二通目の書簡を読む。


 ――治安維持が追いつかない

 ――王都から、追加要求が来た


 私は、返事を書かなかった。


 今、言葉を投げれば、

 彼女の速さを正当化するだけだ。


(崩れるのは、もっと後)

(でも、戻る場所が必要になる)


 その時のために、

 私は今日も、何もしない。


 帳簿の端に、静かに書き足す。


 ――外部歪み:顕在化

 ――内部安定:維持


 待つという仕事は、

 誰にも評価されない。


 成果も、数字も、すぐには出ない。


 それでも。


(ここに、立っていられる)


 それが、待つことの価値だった。


 焚き火は、少ないまま燃えている。

 消えず、広がらず、揺らぎもしない。


 この小さな火を守るために、

 私は今日も――待つ。


ここまでご覧いただきありがとうございます。


明日からは1日1話の投稿予定です。


ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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