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人見代行なんでも屋  作者: まっは
第4話 秘密の約束
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20/21

6 願えば叶う

 翌週の土曜日、午前九時五十五分――。

 吾朗は愛車をコンビニの駐車場に停車し大空を待っていた。ここのコンビニはお客の数が多いようで、駐車場は満車状態だった。また、近くに学校があるせいか子供たちがビニール袋を片手にコンビニを出入りしている。

 吾朗は昨日の午後、折島の病室を訪れ変わりない姿を目にして安堵し、今日という日が折島にとって人生

最高の日になるはずだと確信を抱いていた。もちろん、折島が元気でいられることが最もいいが、現実的には迫りくる死を少しでも遅らせればそれで良かった。回復の見込みはないのだから――。

 果たして今日のサプライズに折島はどういう表情を浮かべるだろうか。嬉し涙を流すか、喜びに浸るか。いずれにしても、時間の許す限りゲーム機のこと、バッシュのこと、彼女のことなどたくさん大空と話してほしい。折島が自身の病気の現状を大空に伝えるかどうかはわからないが、そうした中で嘘を吐いてもいいときもあると吾朗は思っていた。

 吾朗の腕時計の針が刻一刻と進んでいき、大空を出迎えるため車を降りる。今日は冬晴れで、空は青く過ごしやすい。

 吾朗は煙草を咥え火を点けた――そのときだった。遠くからコンビニに近づいてくる人物に思わず目を凝らした。吾朗の瞳には、父親との再会にうきうきしている大空の姿――ではなく、肩を怒らせるように歩いてくる佳代子のが映っていた。

「どうして……」

 吾朗が無意識に呟くと、咥えていた煙草がぽとりとアスファルトに落ち、火が消えていく。それは、まるで折島の命が消えたようにも思え、吾朗は背中に悪寒を感じはじめていた。


「わざわざ今日も来なくてよかったのに……」

 折島はか弱い声で言った。

「いえ。あの大事な話があったので」

 吾朗は丸椅子に座りながら、うつむきながら言った。病院に到着したのは、午前十一時頃で――本来であればここには大空の姿があるはずだったが、その姿はどこにも見当たらない。

「大事な話というのは、どういったことで?」

「はい。大空くんのことです」 吾朗は折島を見つめるとさらにつづけた。「実は今日、自分は大空くんをここに連れてくるつもりでいました。大空くんはあなたに会いたいと言っていましてね、ゲーム機やバッシュのお礼をしたいとも。それで、今日はサプライズを考えていたんです」

 折島は吾朗の言葉に目を見開いたあと、視線を病室のドアへと移した。もしかすると、あのドアの向こう側に息子がいたかもしれないと、想像を膨らませているのは明らかだった。

 吾朗は、そうした折島の心境を考えると、これから口にする残酷な言葉の数々は死期をさらに早めるおそれもあり気が進まなかった。しかし、これ以上彼に期待を抱かせるのもよくないことは吾朗にはわかっている。

「人見さんのその表情を見ると、大空は来れないということですね」

 折島の失望の声に吾朗は力なく頷く。

「はい。つい先ほど、大空くんと待ち合わせをしていたのですが、やって来たのは佳代子さんでした。そして、彼女は最近様子がおかしかった大空くんが気になって、問いただしたようです。そしたら、大空くんがあなたに会いに行くことを知ったので、彼女は猛反対し会うことを止めました。そして、今日、佳代子さんは自分に二度とこうしたことはしないでほしいと言いました」

 コンビニに現れた佳代子は、険しい表情を浮かべながら吾朗と会うと、大空が今日来ないことを告げ、わずか数分でその場を立ち去っていた。彼女にも彼女の言い分があるのを吾朗は十分理解しているし、実は佳代子も大空が折島に会いたがっていることもわかった上で、会うことに反対したことは佳代子の言葉から十分伝わってきていた。

「残念ですが大空くんとはもう会えませんが、手紙を預かって来ました。会うことはゆるさないと言った佳代子さんが最大限譲歩したようで、大空くんが書いた手紙を渡すのであなたにも区切りをつけてほしいと」

 吾朗はそう言うと、バックから白い封筒を取り出した。そこには、とても綺麗とは言い難い字で、いかにも男の子が書いたような大きな字があった。『父ちゃんへ』という文字が吾朗と折島の目に入る。本当であれば、この手紙は大空が直接折島に渡すものであったのを考えると、折島に手紙を渡した満足感など全くなく――逆に大空を連れてこれなかった悔しさが吾朗の心を埋め尽くしていた。

 しかし、折島は吾朗のそうした思いとは裏腹に笑みを浮かべながら言った。

「人見さん。ありがとうございます。こうして、大空から手紙がもらえるなんて夢のようですね。ここまで生きてきてよかった。本当にありがとう……」

「いえ。お力になれず……大空くんを連れてこれなくて申し訳ありません」

 吾朗は深々と頭を下げる。

「頭を上げてください。私はこれだけでも満足してます。ここまでしてくれたことに感謝してますよ。ただ、そうするとですよ……人見さんは私の依頼を引き受けなければいけませんね」

「そうですね」

「人見さん。私はね、あとわずかで死ぬでしょう。なんとなくわかるんです。自分の死がどんどん近づいてきて終わってしまうそのときがもう迫っているのを。だから、今日すべてをお渡ししますので受け取ってください。依頼のお金と手紙はそこの棚に入っています」

 折島は目線をそばにある棚の方に移して言った。この状況で断る――などという決断はあり得ない吾朗はためらいもなく棚に手を伸ばし、報酬と手紙の束を手にする。今回の依頼はこれからあと十年かかる特異な案件だが、なんとかやり遂げなければならない。引き受けるからには、手を抜くことはあり得ないし、全力で依頼をこなしていくのが吾朗のモットーだ。たとえ、自分の身に何が起ころうが、人見代行が不況で倒産しようがこの依頼だけは最後まで見届けなければならない。

「確かに受け取りました。必ずあなたの意志を受け継ぎ、大空くんのもとにこの手紙を届けつづけます。ですので安心してください」

 吾朗は表情を引き締めながら力強く言った。

「嬉しいな。人見さんがやる気になってくれて。はい。お願いしますね。では、私は疲れてしまったのでもう寝させていただきます」

「あ、あの……大空くんからもらった手紙を読まないんですか?」

「もちろん。読みますよ。読んでから目を瞑ります。その方が夢で会えるかもしれないですからね。そうだ人見さん。おそらく、あなたとこうして話せるのは今日が最後だと思います。本当にありがとうございました。お元気で……お仕事頑張ってくださいね」

 折島の別れの言葉に吾朗は唇をかみしめ、溢れでそうになる涙を必死にこらえていた。


 五日後――。

 吾朗は午前中から精力的に働き、午後も打ち合わせや依頼で慌ただしい一日を過ごす予定だった。

 そうした中で、時計の針が午前零時をまわった頃――病院から折島の様態が悪くなったという連絡が吾朗のもとに入り、吾朗は仕事が落ちつくであろう夕方に病院に向かうつもりだった。ついにそのときが来てしまったか、と吾朗は思いながら改めて覚悟を決めるのと同時に、最後の最後に折島に大空の手紙を渡せたことがなにより良かったと実感していた。

 吾朗が事務所にある古びたパソコンで報告書を作成したあと、腕時計に目を落とし病院に行くため腰をあげる。この日は体力勝負の依頼をこなしてきたので、体が軋むのを感じながらも己の体に鞭を打った――そのとき、事務所の固定電話が鳴った。

「はい。人見代行なんでも屋です」

 葉月が耳に受話器を当て透き通る声色をだす。それからすぐ、相手の声をきいた瞬間に吾朗に手をあげ合図を送った。

「少々、お待ちください。吾朗ちゃん、電話よ」

 保留ボタンを押した葉月が受話器を吾朗に渡しながら言った。

「病院?」

「違うわ。小園さん。なんか怒ってるわよ。というか、焦ってると言った方がいいかも」

「ん?どういうことだろう。わかった」

 吾朗は首を傾げながら受話器を手にすると電話を代わった。

「はい。人見ですが。こんにちは。えっ……は?いなくなった?まさか、自分は何も知りませんよ。ええ本当です。はい。はい。警察にですか?それは、どうなんでしょう……はあ、はい。わかりました。こちらでも探してみます。では……」

 吾朗は勢いよく受話器を置いた。

「どうかしたの?」

 葉月が吾朗のただならぬ雰囲気を察して訊ねた。

「大空が行方不明になったらしい。とりあえず病院に行ってくるけどもし、ここに来たらすぐに連絡をくれ」

 吾朗は言い終わらないうちに事務所のドアを開けていた。


 病院に向け車を走らせながら、佳代子が電話越しに言っていたことを吾朗は思い出しはじめていた。

 今日、大空はバスケの練習があるにも関わらず練習に来ていないらしく、いつも練習熱心で今まで練習を一度も休んだことがない大空が顔をださないことに、コーチが心配し佳代子に連絡を入れた。そのあと、彼女は大空の携帯を鳴らすものの電話にでなかった――心配になった佳代子は、大空と仲のいい友達に電話したところ、どうやら大空は学校から帰る途中にスーツを着た男の人に声をかけられたようで、その男の人の車に乗って行った――だから、佳代子はその男が吾朗だと機転を働かせ電話をしてきた。佳代子は折島に大空を会わせるため、吾朗が強引な手を使ったと思っている。しかし、それは勘違いであり、吾朗が何も知らないと答えたとき、佳代子は焦りを隠さずパニックに陥っていた。そして、彼女はこれは誘拐だと言いながら、今にも泣きそうな声を絞り出し電話を切った。

 吾朗は全く身に覚えのない嫌疑をかけられ、不快な思いをしたもののそれより大空が行方不明なったことが気になって仕方がない。あの少し大人びた少年が、ほいほいと知らない男の人について行くとは考え難い。吾朗は大空と会ったとき、見た目は子供だったが中学生ぐらいの精神年齢だろうという印象を抱いいたからこそ――腑に落ちない部分があった。

 吾朗は信号機が赤に変わるのを見てブレーキを踏む。いつも折島の入院している病院までは、事務所から車で十分もかからないが今日は道が混んでいる。それは昨日から降り続いている雪とさらに気温が低いこともあってスケートリンクのようにツルツルと滑る道路のせいだ。いつものリズムを崩されたような感覚に吾朗は、苛立ちを隠せなかった。しかも、こういうときに限って折島の病態が悪く――このまま車が進まなければ、病院に着くころには折島は息をしていない可能性もある。

 信号機をぼんやり眺めながら考えを大空に戻し、吾朗はふとある奇跡を思い浮かべた。もしかすると、大空は病院にいるのではないかと――。容態の悪くなった折島がどうにかして知人や元職場の人間に伝え、その人物が大空と会い病院へ連れて行った。しっかり者の大空なら知らない人についていくことはないが、もし大空を車に乗せた人物から君のお父さんは友達でお父さんから頼まれて迎えにきたと言われれば、大空もついていくことだってあり得るだろう。

 信号機が赤から青に変わる。アクセルをゆっくりと踏みながら、吾朗は疑問が頭をかすめ自分の考えに穴があるのを感じた。折島には知人と言える人物はいないはずで家族や仲のよかった職場の人などいなかったはずだと――。いないからこそ、大事なことを吾朗に頼んだわけでありもし彼にそうした人がいるのであれば依頼などされなかっただろう。そうすると考えられるのは、やはり大空は誘拐されたのだろうか。あのくりくり坊主の少年が知らない男に誘拐され、そして挙句の果てには遺体で発見される――もし、そんな事件が起これば自分にだって責任が及ぶおそれもあるし、警察から疑いの目が向けられるの可能性もあるだろう。代行屋という職業は怪しく、疑われても仕方ない。ただ、唯一の救いは大空が車に乗ったと思われる時間帯にはきちんとしたアリバイがあることだが。

 吾朗は勝手に最悪の想像を膨らませながらも、大空が遺体で見つかるという考えを頭の中から追い出していく。それからフッと自分を落ち着かせるように笑みを浮かべた。あり得ない、あり得ない。そんなことは滅多に起こることはないだろう。ハンドルを左に切り、助手席のカバンが吾朗の視界に入る。バックの中には折島から預かった大空宛の手紙があった。そこで吾朗は追い出したはずの思考が蘇るのを覚えた。もし、大空に万が一のことがあった場合この手紙はどうなるのだろう。渡すべき相手がいなくなれば、依頼はそこで打ち切りになる。それに前金でもらった報酬はどうなるのか。返金するにしても誰に返金すればいいのだろうか。このままもらったままにすれば、よからぬことに使うのは間違いなく、あとで誰かに返金の要求をされてしまったら返すことはできない。

 折島の容態、大空の誘拐、依頼の行末――吾朗はこの三つが頭の中でぐるぐると回っているのを感じながら、気づいたときには車は病院の駐車場に到着していた。自分がどうやってここまで来たのか思い出せないくらいだっだが、無事に病院についたことに安堵の吐息を漏らす。それからすぐ駐車場に車を停車したあと、運転席から降りると駆け足で折島の元へ向かった。

 吾朗はエレベーターを避け、階段で折島がいる病室に急ぐ。長年の不摂生のせいで、息はあがり額には汗が浮かんでいた。ベッドの上ではいつもここまでクタクタになることはないのにと吾朗は思いながら、一歩一歩前に進む。その途中、顔見知りの看護師と廊下ですれ違うとき、いつもより丁寧に頭を下げられているような気がして不安が胸に押し寄せた――同時に折島の悲劇が目の前に迫ってきているのを実感する。

 吾朗が折島の病室の前に到着し、ドアに手をかけた。そのとき、自動ドアのようにするすると病室のドアが開いた。目の前に現れるのは、医師か看護師のどちらかでありそのあと折島の病状を詳しく説明されるものだと吾朗は思い覚悟を決める。しかし、吾朗の前に姿を現したのはあきらかに肩を落とした大空の姿だった。

「大空……どうしてここに」

 吾朗は小声で呟く。

「人見吾朗……」

 大空は赤い目をこすりながら吾朗を見上げた。その寂しそうな目から、吾朗はついにそのときがやってきたのだと察した。折島の命の灯は消えたのだと――。

 吾朗は大空の肩に優しく手を置いた。

「父ちゃん……死んじゃった……もう生き返らない」

「うん。そうか」

 吾朗はかけてあげる言葉が見つからずただ頷いただけだった。この年齢で父親の死に対面するのはどんなに辛いことか。

「ちょっと落ち着いて話そうか。向こうに待合室があるからそこへ行こう」

「うん」

 吾朗は大空に寄り添いながら廊下を歩き、それから二人は待合室の椅子に腰をかけた。

「何か飲むか?」

「カルピス……」

 吾朗は待合室にある自販機から自分用のブラックコーヒーとカルピスを買う。普段の待合室なら人がいたりテレビがついていたりしているが、今が午後六時ということもあってか待合室は静まり返り、心なしか部屋の明かりも薄暗くなっていた。

「ほらよ。遠慮せず飲んでくれ」

「ありがとう」

 大空は吾朗から受け取ったカルピスに口をつける。

「父ちゃんとは、話ができたか?」

 吾朗は無理だっただろうと思いながらも訊ねた。

「うん。少しだけね……」

「本当か?」

「父ちゃんって呼んだら、父ちゃんが大空って言った。そのあと目を開けてありがとうって……」

「ありがとう……か」

 折島はきっと最後に大空と会えたことに喜びを噛みしめたに違いない。本当なら元気なうちにちゃんとした会話をしたかっただろうが、それは叶わなかった。

「言えなかった……」

「何をだ?」

「バッシュとゲーム機のお礼。言えなかったよ」

「そうか。言えなかったか。でもきっと父ちゃんはわかってるはずだ。大空がお礼を言うために会いに来てくれたこと、プレゼントをもらって嬉しかったこと。大空の全てをな」

「そうかな……」

「大丈夫。伝わってる。父ちゃんありがとうって言ったんだから、大丈夫だ」

 吾朗は励ますように言うと大空は少しだけ明るい表情を取り戻りこくりと首を動かした。

「僕、大事にする。バッシュもゲーム機も」

「そうだな。それが天国にいる父ちゃんも喜ぶだろう。なあ、大空」

「うん?」

「実はな父ちゃんからお願いされていることがあってな。これを大空に渡すよう言われていたんだ」

 吾朗はバックの中から手紙を取りし大空に手渡した。そう――自分が死んだらすぐに渡してくれと言われた最初の手紙だ。

「えっ。これは父ちゃんから?」

「そう。ついさっきお兄さんの元に届いた」

「おじさんね」

「そうだったな」

「父ちゃん。天国から手紙をだしてきたんだ?」

「ああ。おそらくな」

「ってことは、とうちゃんは天国で生きてるの?」

「多分……」

 吾朗は困ったような表情を浮かべながら言った。十歳の少年にどう伝えるのが正解なのか全くわからない。変に期待を持たせることは今回の依頼でよくないことだとわかった以上、迂闊な言葉を口にすることは大空の心を深くえぐることになるだろう。期待、失望、絶望――の言葉は吾朗が折島と出会ってからさら重みを実感していた。

「この手紙読んでいい?」 

 大空はお座りをしてご飯を待っているかわいい子犬のような目を吾朗に向けた。

「断る必要はない。大空のものだから、好きなときに好きなだけ読んだらいい。でも、できたら父ちゃんは大空が一人のときに読んでほしいんじゃないか?おじさんのいないところで、お母さんのいないところで、父ちゃんがそばにいるのを感じながら手紙を読むのがいいと思うけど。それにこの手紙はおじさん以外は誰も知らない秘密の手紙だ」

「秘密……イヒヒ」

 人間にとって秘密というのは計り知れないパワーがある。いいことも悪いことも全てにおいて。

「おじさんと一つだけ約束してほしい」

 吾朗は子供にとって約束という魔法の言葉を使って、この手紙の大事さを教えようと考えた。大人になれば約束は破るためにあるものだと開き直る人間もいる。その一人が吾朗だったが――。

「何?」

「もしかしたら、これからたまに大空に父ちゃんから手紙が届くかもしれない。そのときは必ず一人で見て、誰にもばれないようにしてくれ」

「えっ……また届くの?」

「大空が約束を守りつづけるかぎり手紙が届く……かもしれない。約束できるか?おじさんと男と男の約束だ」

「できる。うん。絶対守る」

 大空は子供らしく元気な声をあげると、今日初めて満面の笑みを見せた。

 その笑顔が折島の笑顔と重なるのを吾朗は感じる。きっと彼も幼いことはこうして笑い転げていたのだろう。

 吾朗は折島からの依頼がこの先も続くことを噛みしめながら、自分の心に喝をいれた。何があってもこの手紙を大空の元に届けよう。いや、届けなければならない。大空が約束を守るように、自分も折島と交わした約束を守る。今までの代行屋の依頼といえば、はじまりがあって終わりを迎えるが、今回に限って言えば終わりがはじまりになる。折島雅人という一人の男の人生の幕が閉じてから、この依頼がはじまるのだ。そして、依頼を終えることができるのはこの先十年後だ。折島が生きれなかった未来を自分や大空は必死に生きていかなければならない。

「おじさん。教えてほしいんだけど」

 大空はカルピスのペットボトルを両手で弄びながら訪ねた。

「教えれることなら教えよう」

「父ちゃんから手紙が届くとしたらいつになるか」

「それはわからない。でもきっと、大空にとって大切な日に届く可能性が高いと思うぞ」

「大切な日……正月とか?お盆とか?子供の日かな?いつだろう」

「いつになるかわからないから楽しみがあるんだ。その日が来るまでちゃんとするんだ」

「わかった。ちゃんとする」

 大空が口を尖らせながら言った。

 吾朗はとりあえず一区切りがつき優雅にコーヒーを喉に流し込む。ホットのブラックコーヒーはすでに冷え切っていたが、カフェインが体内に回るのを感じるとどこか目が冴えるのを覚えた。そして、そのとき吾朗は重大なことを思い出し慌てて大空に訊ねた。

「っていうか、大空。どうやってここまで来たんだ?車に乗ってきたのか?誰と一緒だったんだ?あのな、さっきお母さんから電話があって誘拐されたことになってるぞ」

「え……あ……とね……うーん……」

 大空が我慢していた小便をしたそうにも見える様子でもじもじしはじめる。なんともかわいらしいその姿は小学生そのものだった。

「あ、さては、その人から誰にも教えるなと言われたんだな?」

「うん。約束したんだよね。その人と男の約束を」

「約束か」

「守らないと父ちゃんに会わせない。守れるなら会わせるって」

「で、その人の約束もあるからおじさんには言えないってか?」

「へい」

「わかった。これ以上はなにも聞かない。約束を守ったらいい」

 吾朗は問い詰めることをあっさりとやめた。今は大空を追求するよりもやらなければいけないことがある。それに吾朗は自分と同じように男の約束という言葉を使う人物に心あたりがあった。

「とにかく、お母さんは心配してるからすぐに電話をしたほうがいい」

「怒られるか」

「仕方ないだろう。心配かけたんだから」

「おじさん……そばにいてくれる?」

「しょうがない。わかった。ほれ、早くかけろ」

「ありがとう」

 大空の表情から不安の色が消える。それから彼はスマホの電源を入れたあと、スマホを耳に当てた。

 そして第一声――。

「あ、お母さん?今ね人見吾朗といるんだ」

「おい……ちょっと待て」

 これではまるで自分が誘拐をしたみたいじゃないか――と吾朗は言いそうになる。

「うん。うん。大丈夫。人見吾朗はここにいるだけ。僕を探してくれた。うん。だから、大丈夫だって」

 大空はいかにも毛嫌いするような口調で言うと数分佳代子と話をし、電話を切った。

「すぐにでもここに来るって」

「そうか。わかった」

「うん。それで警察と一緒に行くから人見吾朗と待ってなさいって」

「お……い。なんで」

「わからないけどね。とりあえず、怒られなかった。イヒヒ」

「なあ、大空。変なこと言うなよ。お兄さんを悪者に――」

「だから、おじさんでしょ!」

 もういい。どうにでもなれ――。どうせ大人は子供の言い分しか聞かないだろうし、いくら冤罪だと叫んでもその声は届かない。ここは腹を決めて警察に立ち向かうしかなさそうだ。

「大丈夫だよ。僕がここに来たのは看護師のおばちゃんも知ってるし、きっとカメラだってあるでしょ?」

 吾朗は機転の働く大空の言葉に胸をなでおろすと茶化すように言った。

「あのな、女の人をおばちゃんなんて言うと失礼だぞ。おばちゃんじゃなくて、お姉さんだ」

「だっておばちゃんだったもん。あ、あの人だよ」

 大空が指をさしたところに女性が立っているのが吾朗の目に入る。確かにそこの女性はお世辞にもお姉さんとは言えないくらい人生経験を積んだ顔をしていた。

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