5 サプライズ
「吾朗ちゃんが愛とか語っちゃだめでしょ。一番似合わないし、説得力ないわよね」
葉月が馬鹿にするように言った。
佳代子のマンションから事務所に戻った吾朗は、ことの顛末を葉月に話していた。彼女も今回の依頼には興味を抱いていて、さらに自分に出来ることがあれば何でもすると意気込んでいる。
「やっぱりそうだよな。俺も自分ではわかってはいたんだけどつい……ハハハ」
「私は女として佳代子さんの気持ちもわかるけどなあ」
「わかるねえ……」
吾朗は独り言のように呟いたあと、煙草に火を点けた。
「だってさ、佳代子さんは相当辛い思いをしたわけだし……それに今まで女手一つで大空くんを育ててきたのよ。そこにいきなり元夫から会いたいなんて言われたら、気分悪いわよ。彼女はきっとシングルマザーをしてきてたくさん諦めたこともあったはず。だから、その苦労を簡単に言われたり思われたりしたくないのよ」
「でも、折島さんは息子の誕生日にはちゃんとプレゼントを渡していたし、父親の役目は果たしてるはずだけど」
「そういうことじゃないんだよね……これだから男は困るわ」葉月は大袈裟に溜息を吐いたあと、呆れるようにさらに言った。「男はみんなそう……ちょっと何かすると大きな顔をする。子供がいれば子供を優先するのが当然なのに何もしようとしない。そのくせ、自分の気分で結婚記念日、妻の誕生日、息子の誕生日にプレゼントをあげて大きな顔をしてる……そうじゃないのよね。お互いが大変なときにいかに手を取り合えるかってのが大切なの。そんな高いプレゼントでしてやったりの顔をして恩着せがましく言うならいらないし、だったら綺麗なお花とかもらうだけたで私は充分よ」
「あの……あなたはいつも高いプレゼントを貰っているような気が……」
「恋人とか夫婦って辛いとき、大変なときにいかに寄り添えるか、それが大事よね。でも折島さんはそれから逃げた。本人はそうしたくてそうなったわけじゃないんだろうけど結果そうなった。それが現実よね。だから、佳代子さんが拒否するのは当然でしょ」
「あの……あなた結婚してましたっけ?恋人いましたっけ?」
吾朗はいかにも結婚生活を経験してきたような口調の葉月に訊ねた。
「独身ですけど、なにか?」
「バツは?」
「ついてないわよ」
「今、恋人は?」
「いない」
「じゃあ、それこそ説得力がないような気が――」
「私はね……一緒に働いてるキャストにシングルマザーがいるから知ってるのよ。生の声ってやつよ」
「なんだそりゃ……」
吾朗は都合の良すぎる回答に、顔を歪めながら煙草を吹かしはじめた。
「なによ。文句あるわけ?まあ、いくら死が近いからってやっぱり許せないこともあるんだろうね」
「逆だろう。死が近いから許すんじゃないの?」
「だめだこりゃ」
「いかりや長介かよ」
「はい?」
「なんでもない……」
「それで次の一手は?このまま引き下がる吾朗ちゃんじゃないわよね」
「もちろんだけど……今回は相手が悪いよ」
吾朗は佳代子の顔を頭の中に思い浮かべながら言った。彼女は子供っぽく見える表情とは裏腹に一つ一つの言葉は鋭く、心を突き刺しえぐるような言い方をする。それに、人の心を見透かしていて吾朗にとってはやりにくい相手であり、佳代子のような女性とは付き合う気にもならない。
今日、吾朗は一気に王手をかけられ窮地に立たされたのは間違いないく、逆転の一手を繰り出さなければいけない。しかも、折島の病状を考えると、時間に余裕はない。長考している間に彼の命の灯は消えてしまう可能性が高いのだ。でも、どうすればいいのだろうか。何かいい案が閃き、思いつけばいいが吾朗は焦りが先行してしまっていて、何も思い浮かばないでいる。
「手詰まりだなあ」
「じゃあどうしましょうかね」
葉月がふと唸り声をあげたとき、吾朗のスマートフォンが鳴った。
まさか、折島の身に何かあったのだろうかと不安が過る。
吾朗は万が一のことも考え、病院には何か折島の様態が急変したときは、スマートフォンか事務所に連絡するよう伝えていた。吾朗は煙草を灰皿に潰しおそるおそるスマートフォンの液晶画面に目を落としたが、そこには非通知と表示されていた。一体誰だろうか、依頼の電話だろうかと首を傾げながらスマートフォンを耳にあてる。
「はい………人見ですが」
「あの!いつも何時までやってますか?」
「え?あ、一応午後九時までですけど」
「了解ですう」
「あっ、ちょっと……」
吾朗がそう呼びかけたときにはすでに電話は切れていた。
「誰?」
葉月が吾朗の様子を気になり訊ねる。
「まったくわからん。ただ、何時までやってるかって聞かれただけで……」
「だったら依頼の電話じゃないの?これから来るとか」
「いや、それがね」
「どうしたの?」
「今の電話の声だけどさ、子供っぽかったんだよ」
「じゃあ、私くらいの子じゃないの」
「違うって。もっと幼い感じがした」
「吾朗ちゃん。キャバクラとデリヘルに行きすぎて、耳がおかしくなったんじゃないの?」
そっちのほうがまだいいかもしれん――という言葉が吾朗は口から出そうになりながら、引きつり笑いを浮かべる。吾朗の胸中は、何か悪いことが起こりそうな予感で埋めつくされはじめていた。
成人式の日の依頼を淡々とこなし終えた吾朗が、事務所に戻ったのは午後四時頃だった。
この日、葉月は仕事を休み事務所には不在の肝がんを掲げていた。
吾朗はかじかむ手をもみながら、ポケットから鍵を取りだしたとき、背中から――というよりも腰あたりから声が聞こえ振り返った。
「人見?吾朗?」
くりくり坊主の男の子が、吾朗に指をさして言った。彼は一回り大きいサイズのあたたかそうな黒いダウンを着ていて、足元のナイキのシューズには雪がついていた。
「うん?ああ、そうだけど……」
「僕はね……」
あなたの子供です――という言葉がきたらどうしようかと吾朗は思わず身構えた。だが、思い当たる節はない。いや――正直に言えば遊びすぎてわからないという方が合っているが。
「あっ、ちょっと寒いから、中に入ろうか。話はゆっくり聞くよ」
吾朗はそう言うと鍵を回し、扉を開け男の子を事務所の中に招き入れる。
「ここに座ってくれるか?飲み物はいる?」
「大丈夫」
男の子は大人びたように断ると椅子に座った。
「コーラあるけど……」
「えっ、じゃあちょうだい」
「あいよ」
吾朗は苦い笑いを浮かべながら、コーラとスナック菓子を彼の前に置いたあと、対面に腰を降ろした――その瞬間、もしかすると昨日電話してきたのはこの子かもしれないと吾朗は頭を働かせた。声質やしゃべりかたがどこか似ているような気がする。つまり、この子はいたずらでここに来たり電話をしてきたわけではなく、何か依頼があるのかもしれない。しかし、中学生にも満たないこの子がどんな依頼をしてくるのだろうか。考えられるとすれば――学校でいじめられているから一緒に戦ってほしいとか、もしくは好きな女の子がいるから告白の場に立ち合ってほしいとかなどか。
吾朗は、男の子を眺めながら今まで未成年や子供からの依頼を受けたことがあっただろうかと、考えはじめていると、コーラを美味しそうに喉に流し込んだ男の子が言った。
「ぼく、お願いがあって来たんだ」
「うん。だろうね。何かな?」
「父ちゃんに会いたい」
「父ちゃん?ってお父さん?」
吾朗は優しく訊ねる。
「うん。そう」
「なるほど。君はお父さんに会いたいからお兄さんに協力を求めてきたんだね?」
「お兄さん?おじさんでしょ?あと、僕には名前がある」
「おじさん……まあ、いっか。わかった。名前は?」
「そら。小園大空。十歳。バスケットをしていて――」
「え?君……大空くん?」
吾朗は信じられない名前に思わず声が大きくなった。
「そうだけど」
「君……お母さんの名前、佳代子さんかな?」
「うん。そのとおり」
大空が首を縦に動かした。
吾朗は身を乗り出し、改めて大空を見つめるとどことなく折島や佳代子の面影を感じはじめていた。男の子は母親に似るという子がいるものの、大空は間違いなく折島に似ている。
「大空くんはどうしてここがわかったんだい?」
「うん。怒らない?」
「お兄さんはね、怒るどころか大空くんに会えて嬉しいよ。大丈夫、怒らないから」
「だから、お兄さんじゃなくておじさんでしょ」
どうやら大空は、その部分に異様な執着があるようでかわいらしく口を尖らせた。
「はい、はい。じゃあおじさんに教えて」
「おじさんさ、うちに来たでしょ?こないだこっそり聞いてたんだよね。そしたら、父ちゃんの話を母ちゃんとしてるから気になって……それにさ、父ちゃんが病気とか入院とか言ってたから……」
「うん、うん」
「おじさんが帰ってから、机の上に小さい紙が置いてあって……そこに名前と住所が書いてあって……スマホでこっそり撮って……」
大空が声を詰まらせる。彼にとって一人でここまで来るのは、きっと大冒険で心細かったに違いない。
「紙……あ、名刺のことか。それでそれを見ながらここまで来たわけかい?大変だったなあ」
吾朗は九回を完投した投手をねぎらうようにやさしく言った。
「べつに、タクシーで来たから大丈夫だし。車の中ではゲームやってたから、いつの間にか着いちゃった」
「そう……でしたか。はいはい。どうもすみませんね」
「僕は子供じゃないんだから、一人で出かけることはできる」
大空が急に大人びた口調になる。ついさっきまでは、泣きべそをかいていたくせにこのガキはいっちょ前なことを――と吾朗は心の中で思ったが冷静さを装った。
「ここに来たことはお母さんは知ってるの?」
「知らないよ。だって母ちゃんは父ちゃんのこと嫌いだから」
「そっか。大空くんはどうしてお父さんと会いたいんだい?」
「だってさ、父ちゃん病気なんでしょ?大丈夫なの?」
「ん……」
吾朗は自然と唸り声が漏れ出した。
「それにさ、バスケのコーチが親にはお礼とか感謝をしないと上手くならないって言うし……」
「お礼というのは、もしかしてゲーム機のことかな?」
「うん。あとバッシュももらったし。でもさ、僕、父ちゃんがどこに入院しているのか知らないから病院まで一緒に行ってほしいんだよね」
「なるほど。うん。もちろん協力するぞ」
吾朗は即答したものの、佳代子の顔が急に頭を過った。もし、このことを彼女が知ったら怒り狂うのは目に見えている。あなたが大空に何か吹き込んで連れまわしたのじゃないかと、信じられない人だと――
だが、そういった批判を覚悟した上でことを運ぶしかないのは確かで、折島のタイムリミットを考えても、半ば強引な手を使わざるを得ない。それでも――やはりベストなやり方は大空が会いたいという気持ちを佳代子が納得することだが、それは不可能だろう。
「おじさん。父ちゃん大丈夫なの?死んじゃうの?」
大空が酷な言葉を吾朗に投げかけ、吾朗は現実に意識を戻す。十歳足らずの男の子の目には、一人しかいない父親を失ってしまう不安と怯えが混ざっていた。そうした中で、吾朗はどうこたえるべきか返事に困った。素直にあと三カ月で死ぬんだよといってもいいべきか。それとも嘘をついてでも、大丈夫だよと安心させるべきか。
しかし、安心を与えたところで折島の死という現実を大空が直面したときを考えると、迂闊なことは口が裂けても言えない。
吾朗は数分間、宙に視線を向けながら思案した結果、言葉を濁すことにして言った。
「おにいさ……いや、おじさんは、医者じゃないからわからないな。うん、わからないよ」
「でも、友達でしょ?普通、友達なら何でも知ってるでしょ?僕だって、チームメイトのことはほとんどのことを知ってるし」
「友達……といえばそうだけど。うーん。正確には知り合いってやつかな」
「知り合い?友達とどう違うの?」
ぐいぐいと攻めてくる大空に思わず吾朗はたじろぐ。
「そうだなあ……まあ、似たようなものか。どっちにしてもだ、詳しいことはお父さんに直接聞くのが一番だと思うぞ」
「わかったよ。それで、僕。今度の土曜日なら空いてるんだけど。日曜日は試合があるからね」
「土曜日か。時間は何時がいい?」
「午前中がいい」
「じゃあ十時ぐらいにするか。そのあと、おじさんがご飯をごちそうしてあげるよ」
「知らないおじさんとご飯に行くのはコーチに止められてるけど、おごってくれるなら行く!」
「もう知らないおじさんじゃないだろう。おじさんと大空は友達だ」
「友達っていうか、知り合いね」
「はい、はい……そうしたら、十時に前に迎えに行くから待っててくれるか?場所は、どうしようかってこのことはお母さんに見られたら駄目だよな?」
「うん。でも、マンションの近くにコンビニがあるから僕はそこで待ってる。よく友達と行くしね」
「わかった。そうしよう」
吾朗は笑みを浮かべた。ここまで決まったからには腹をくくるしかない。どう転がろうが、あとは出たとこ勝負だ。
「何か持っていったほうがいいかな?」
「もし、恥ずかしくなければ手紙とかいいんじゃないかな。きっとお父さんは喜ぶと思う」
「うん。じゃあ、手紙を書く!」
大空が大きく頷くとにこりと笑い、子供らしい表情を見せる。きっとこの笑顔を折島が目にしたら、元気百倍に違いない。いや、いっそのことそのままがん細胞まで吹き飛ばすくらいになってほしいが。ただ、死の寸前に息子と会えれば思い残すことなく天国に行けるだろう。そして、天国から息子の幸せを願い温かく見守ってくれるはずだ。
「おじさん。もし父ちゃんと会っても、このことは内緒にしといてよ。びっくりさせたいから」
「サプライズってやつか。やるなあ」
「イヒヒ」
「きっとお父さんは嬉しくて嬉しくてたまらないはずだよ」吾朗は驚き、嬉し涙を流す折島を想像しながら言うとさらにつづける。「そうだ。おじさんの携帯番号を教えておくよ。メモできるかな?」
「もう知ってるよ。紙に書いてあるから」
「あ……そう……じゃあ何かあったらそこに電話してな。では、では、改めまして……今回の大空君の依頼はたしかに承りました。よろしくお願い致します」
吾朗は、わざとらしく丁寧な言葉づかいで言うと、印籠を目の前にした庶民のように深々と頭を下げた。
「お母さんにだけは見つからないようにしないとだね……イヒヒ」
大空が奇妙な笑い声をあげ、コーラを一気に飲み干したあと、お菓子をポケットに突っ込んだ。お菓子の中にはせんべいがあるが、きっとポケットの中で粉々になり、チョコレートはつぶれて形が変形するだろう。
いずれにしても――これで折島との約束は果たすことができる。彼が亡くなったあとの手紙をどうするかはまだ決めていないが、来週大空と会ったときにでも本人に直接渡すこともありだろう。最後まで依頼をやり遂げれれば、報酬だって懐に入ってくる。手詰まりの状態から、一気に逆王手をかけたような気持になった吾朗は急に肩に入っていた力が抜けていくのを覚えた。今日は前祝で飲みに行こうか。そして、それからデリヘルを呼ぶのもいい。
「寒いだろうから、おじさんが送ってくぞ」
吾朗は車の鍵に手を伸ばし立ち上がる。
しかし、大空は右手を左右に振りながら言った。
「あ、僕ねこれからデートだからいい」
「デート……?」
吾朗は目を丸くして訊ねた。時刻はもうすぐ午後五時になろうとしていて、外はすでに暗くなっている。
「うん。今日はね、向こうの親とご飯に行くから」
「へ?親とご飯……そうでしたか」
「それじゃ、またね。バイバイ」
大空がぴょんぴょんと軽快にスキップをしながら、事務所を出ていく。その後ろ姿から、吾朗は大空のテンションがあがっているのは、これからデートだからというわけではなく――きっと折島と会えるからだろうと思った。もし、折島が大空から好きな人とデートをしたという話を聞いたら、それもそれで目を細めるに違いない。大好きな息子に、彼女がいることをしった折島もさぞ嬉しいはずだろう。
吾朗は静まり返った事務所で一人目を瞑る。彼の脳裏にははっきりと幸せいっぱいな親子の姿が浮かびあがっていた。
翌日――吾朗は久々に神田企画を訪れた。ここは山健組が出資した神田組のフロント企業で吾朗は、相談役として名義を貸している。こうなったのも、すべては辻と根本からの要望を受けたからで、吾朗は今だ納得いっていない部分があるものの、名義を貸すだけで報酬を貰える旨味を覚えてしまったので、現状のままでいいと思っていた。
神田企画は土木工事や建設事業などが主な仕事で、山健組からの仕事が回ってきたり、自分たちで仕事を受注したりしている。そうした中で、根本は相当儲けていて今ではやくざよりも社長業の方が忙しそうだった。しかも、彼は神田組の組長に就任し、絶大な権力を手にしている。また、犬猿の仲だった山健組との関係も良好で平穏な空気が流れていた。
しかし、吾朗は辻の裏の顔を知っている。もし、そのことを根本に言えばどうなるかは目に見えているので自分の心の中にしまっている。
「どうだ、最近は?また、おかしな依頼が多いのか?」
根本が煙草を吹かしながら言った。社長室に案内された吾朗は、座り心地のいいソファーで根本と膝を突き合わせている。
「おかしいとはなんだよ。まあ、そう言われても思われても仕方ないか。うちは、なんでも屋だからな」
「そういえばな、こないだたまたま現場に顔をだしたら、お前のことで話が盛り上がったんだ」
「俺のことで?」
吾朗は首を傾げる。
「大川工務店だよ。あそこの社長と現場が一緒でな。面白い社長さんだよな」
「大川工務店……あ、あの人かあ」
「いかつい顔してるよな。多分、俺たちよりヤクザに見える。社長な、お前に大変お世話になったって感謝してたぞ。たまには顔を見せに行ったらどうだ」
「顔を見せるって……っていうか、どんな話の流れで俺に行きついたんだ?」
「息子の結婚が決まったとか言ってて、そこから俺とお前が大親友だという話になって……ん?どういう流れでそうなったんだ?俺もよくわかんないわ」
「わからんのかい。息子が結婚ねえ……」
正確に言えば娘だが――と吾朗は口からこぼれそうになる小言を呑み込む。
「本当によくしてくたって、笑ってた。よかったな、代行屋さん」
根本は馬鹿にするように吾朗を労った。
「うるせいわい。仕事だから当たり前だ」
「なるほど。で、最近はまたやっかいなことをしているようで」
「お前、俺を尾行でもしてるのか?」
「まさか……尾行だなんて。ボディーガードと言ってくれよ」
「なんだよ、それ」
「お前は山健組と神田をくっつけた男だし、もしかすると伊達会から恨みを買ってるかもしれないと思ってな。葉月ちゃんとお前の行動はうちの若いやつらが見てるんだ」
「大袈裟だな。そんなことをしなくとも大丈夫だ」
「バカ。あの薩長同盟の立役者、坂本龍馬は暗殺されたんだぞ。だから、お前もそうなるかもしれないと思って俺が守ってるんだ」
「勝手に殺すんじゃないよ。アホ」
「まあ、念には念をということよ。で、最近のお前の行動を聞いたけど……病院に行ったとか、ガキが事務所に来たとか、なんか面白そうじゃないか?どんな依頼なんだ?」
根本はぐっと体を前のめりにした。この男は本当に自分の行動を把握していると吾朗は確信を抱いた。もしかすると、昨日キャバクラに行ったことも、そのあとデリヘルを呼んだことも把握しているかもしれない。たしかに――身を守ってくれることはありがたいことだが、私生活まで丸裸にされるのは気分が良くない。
「仕方ないなあ。守秘義務があるけど、今回は特別に教えてやろう」
吾朗は溜息交じりに言うと、折島との出会いや依頼内容、さらに佳代子と大空のことを打ち明けた。いつもなら依頼内容を他人に漏らすことなどない吾朗だったが、根本が友人であることとどうせ尾行されているのなら、ほとんどが筒抜けだろうと諦めからすらすらと口から言葉がでていた。
「なるほど。手紙か。しかも十年間ってすごいな。たいした人だ。それにしても、その大空ってガキが来なかったら話は進まなかったんだろう?ラッキーだったな」
根本は吾朗の話を聞き終えると腕を組みながら言った。
「まあ、運も必要ってことよ」
「運か……そうだな。でも、俺がもしお前の立場だったら強引にそのガキを車に乗せて病院に連れていくけど」
「誘拐っていうんだ、そういうのは」
「知ってる。それがなにか?」
「誘拐は犯罪だろうが」
吾朗はそう言いながらもアウトローな世界で生きている根本に自分の言葉は届くはずがないと思っていた。
「犯罪だとしてもだ。命がかかっているなら俺は、その折島の最後の願いを叶えてやりたい。たとえ間違ったやり方でも」
「へっ、カッコつけやがって。ただ、大空の話を聞いてわかったことがある」
「なんだ?」
「母親は子供の気持ちをわかっていないということだ。大空が父親に会いたいという気持ちをあの母親は全くわかっていなかったし、逆に大空が父親と会いたくないから会わせないって言ってた」
「男の子にとって親父っていう存在は特別だからな。女にはわからないのかもしれない。ガキも親父に元々会いたかったのかもしれないが、入院してるってのを聞いてさらに会いたくなったんだろう」
「だろうな。来週までなんとか体がもってくれたらいいんだけど」
「それは、大丈夫。心配いらない」
根本は未来を見てきたかのように断言した。
「どうしてそう言い切れる?」
「人生っていうのはうまくいくようになってる。たとえ今まで悪さをしてきても、最後の最後はハッピーエンドなわけだ。映画も小説もそうなってるだろう」
「ハッピーエンドじゃない場合もあるぞ」
「俺がそう言うんだから安心せえ」
吾朗は根拠のない話に背中を押されながらも、親友の言葉が励みになった。昔はキャッチャーの吾朗が根元を鼓舞していたが、今は立場が逆転している。
「あ、そうだ。お前が顔をだしたついでに俺から言うことがある」
根本は思い出したかのように言うと居住まいを正した。
「かしこまって、なんだよ。気持ち悪い」
「俺、結婚する」
「は?」
「相手は、フィリピン人だ」
「フィリピン?」
「しかもな」
「まさか、お前……」
「そう、子供ができた」
「アホ」
吾朗は呆れ顔で根本をけなしたが、内心は喜んでいた。友人が幸せになることを喜ばない奴は友人とは言えない。たとえ、そいつがヤクザの組長だったとしてもだ。
「まあ、伝えとくよ。お前は俺の友人だからな」
「おめでとう。今度祝ってやるよ。友人だからな」
「そりゃ楽しみだ。お前も早く落ち着いたほうがいいぞ。昨日もキャバクラではしゃいで、そのあとデリヘル呼んでよ……いい年こいて呆れるぜ」
「うるさいな」
吾朗が冗談で声を大にすると、颯爽といかつい男たちが社長室に入ってきた。そうだ、ここはヤクザのフロント企業だったということを吾朗が改めて思い出し顔をしかめる。その様子を見ていた根本は口元を緩めながら笑みをこぼした。
吾朗はちらりと根本を伺ったとき――彼のその笑顔と大空の話をしていたときの折島の笑顔が重なったような気がしてならなかった。




