堕天大戦③
次の話あたりで完結です。
燃え盛る戦車が進撃する。乗っているのは、世にも美しい2人の天使。
『『きゃははは! いっけー!』』
少女の声が唱和する。序列68位のベリアル。「無価値」を意味する偉大なる王であるが、神の命に従ってバベルの塔を焼き払ったことからも、その真性は邪悪ではない。
戦車に搭載されていたジャベリンが雨の如く落ち込まれ、悪性の堕天使たちに降り注いだ。食い止めようと大鰐の堕天使、サレオスが前に出る。戦車に備え付けてあった龍頭が火を吹く。かつてバベルの塔を焼いた炎が、鰐を火だるまにする。再生と治癒を本領とするサレオスは、すぐさま脱皮して真っ新な身体になる。脱皮とともに
新たな生命も得る彼は現在、400の「予備の生命」を持つ。
『いい気になってんじゃないわよ、あんたたち!』
遅ればせながらアスタロトが乗り込んできた。序列は29位。ドラゴンに似た猛獣にまたがった麗しい男性の姿。だが、吐き出す息は悪臭を放つ猛毒である。
『アタシの毒で醜く殺してやるんだから!』
口から紫色の毒息を吐き出す。無差別に殺す心胆だった。
毒息が切り裂かれた。ボディスの仕業である。咥えた剣で切りつけると、毒はたちどころに雲散霧消した。毒の扱いだけならば、ボディスに勝る堕天使はいない。
『どれ、ソロモン王の為にはここでひと働きせねばな』
アスモデウスの駆る紅竜トバルカインがアスタロトのドラゴンに噛みついた。
『トマレ』
しわがれた声で命令を下すと、紅い竜は動きを止めた。陸亀にまたがった、枯れ木のような老人の力である。序列2位の堕天使アガレス。
アガレスは言葉そのものに強烈な力が宿っている。神が
バベルの塔を破壊した際、人間たちの言葉を乱したのもアガレスの力によるものである。
『クダケヨ』
大地震とともに床が抜け落ちる直前。
『待てぇい!』
そこへ、手裏剣のように飛んできたデカラビアが割り込んだ。
『ペンタゴン・レイッザァアア・春の特典大感謝祭!』
アガレスにレーザーを乱射する。
『地震のような大技、魔眼の持ち主たる余が見逃すと思うてか!』
高らかに喝破する。ちなみに、名が変わっても光線に変化はない。
「珍妙なネーミングだなあ、この陰獣」
遠方から律儀に突っ込む蓮。
《何故……だ? 何故、たかが人間一匹にこうまで引っ掻き回される?》
亡霊は呆けたように、切り裂かれてゆく自陣を眺めている。
大して驚いた様子のないソロモンに向き直る。
「驚くには値しませんわね。ここに来るまでに、わたくしたちは堕天使に追い回されて、返り討ちにしましてよ。それに比べればこの程度のハンデなど、造作もないのでしょう」
《あの下郎は、何者だというのだ?》
幼く、満足に身も守れない少年。悪霊の計算外が、その少年によってもたらされた事を初めて理解した。
「何者でもありませんわね。知に対して貪欲で。発展途上。学ぶことばかりで。弱く、でも理不尽には強く反発する。つまりは……人間です」
なぜか、悪霊の王は黙して聞いている。
「でもそれが、指輪に選ばれた所以なのでしょう。……不思議ですわね。もう充分長生きして、知識にも飽いていた筈なのに。蓮を見ていると、わたくしも失った欲が甦りそうですわ」
屈託無く少女は笑う。
《……いや、愚妹はそろそろ墓の下で休んでいい頃合だ。長生きなどできん。なぜならこちらは実体も名もない亡霊だ! 滅すことも、名を当てることもできん!》
何も持ち合わせていないこと。それが悪霊の最大の武器だった。
何も好転していない。指輪を半分奪われたことも。堕天使半数の造反も。痛手には違いないが、致命傷にはなり得ない。とどのつまり、名前を持たぬ悪霊を滅ぼす術がないのだから。
だが少女は、取り乱すことも、声を荒げることもなく対峙する。
「いえ……その答えは、既に出ておりますわ」
《なに?》
再び、亡霊が狼狽する手番だった。
「そう。答えは最初から在った」
ソロモンは続ける。現世に送られたソロモン王が、最初に蓮から貰ったもの。
《馬鹿も休み休み言え愚妹。当人が知らぬ、現実に在り得ぬものを、どうやっ……》
悪霊の言葉を途切れさせたのは、少女の頬を伝う涙だった。




