堕天大戦②
マイナーな堕天使が複数出てきます(/・ω・)/
総勢六十五柱もの堕天使が一堂に会した。召喚に応じなかった者、中途で撃退されたものを除けば、全ての堕天使が降りたことになる。
『ほほう、圧巻であるな! 有史以来初の光景であろう!』
デカラビアは愉快そうに笑う。
『ここまでくると壮観だわな』
フォルネウスも愉しそうに弧を描いている。
『す、すいません。もうちょっとだけ待ってもらえますか? 息切れが酷くて』
初対面にも関わらず腰が低すぎる感のあるセーレー。一般には“願いの王子”と呼ばれる美形である。
『小僧に使われるのは好かんがな……』
アモンは刃を打ち鳴らして抗議する。
「い、一時的なものだと割り切って、仲良くやろうよ」
味方からの圧力で生きた心地のしない蓮だった。
先陣を切ったのは蓮の召喚した堕天使ぺイモン。序列9位のぺイモンは、貴族のケープを纏った美しい淑女の姿をしていた。2人の従者に傅かれ、単眼で首の長いヒトコブラクダに乗っている。
『灌奠ではないが、盛大に祝ってやるとしようか。アリバム、ラバム』
王でもある従者たちは、或いは炎の渦を吐き、或いは大剣を振るって暴れる。
相対したのは序列52位の堕天使、アロセス。真紅の甲冑を着込んだアロセスが、水晶を礫のように投げつけた。
『ブルブルベェェー!』
単眼ラクダが叫ぶようにいななくと、水晶や床が石化する。
『妾の婀娜やかな声を聞かせてやろう』
ぺイモンが艶やかに歌う。壁が床が、アロセスの真紅の甲冑か砕けた。ぺイモンは音を操る。人を篭絡する官能的な声も、生物無生物問わず死滅させる“死の声”も自在である。
黒い犬の姿をしている序列35位、マルコシアスが口から炎を吐き出した。マルコシアスの黒炎は粘性が強く、一度燃え広がれば最後、対象が燃え尽きるまで消えることのない。
『あっちーだろうがよう!』
その炎を、銀鮫のフォルネウスが一瞬にして凍結させる。フォルネウスが凍らせるのは物質でなく概念なので、炎の性質は関係がない。
不意打ちが図に当たらなければ、蓮もこの力に敗北したことだろう。
子どものロバ、という一風変わった姿をしているのは序列4位の堕天使ガミジン。なぜが葉巻を吸っている。
『プハーッ』
葉巻の煙を吹きかけると、骸骨の姿へと変じて蓮に襲い掛かってきた。
『防衛せよ』
蓮の前の床が隆起し、城壁となる。骸骨の群れをことごとく防いだ。
『水死者ノ霊如キデ、我ガ城塞ヲ破レルト思ウナ』
召喚主を護ったのは、かつては敵対した城塞の悪魔ハルファス。
『乗レ。足元ニ居ラレテハ護リ難イ』
背中の鞍を指す。
「頼むよ」
乗り込んだところへ、翼を持つ人型の堕天使、フォカロルが迫る。序列41位。海戦にあって無敵と称される実力者である。
『逃がさん!』
翼を羽ばたかせると、無数の羽根が襲い掛かった。羽根はべっとりと濡れている。
「やっばい!」
指輪によって知識を得た蓮は、羽根の毒がいかに厄介な代物か知っていた。
『振リ落トサレルナヨ! クルックー!』
予備動作無しで急上昇する。蓮は鞍にしがみついた。
『人間などに、再び支配されて堪るか! 溺れ死ね!』
海の支配者フォカロルは何かに「溺れさせる」ことを得意とする。溺死に限らず、アルコール中毒、食中毒、鉛中毒に水中毒。あらゆる致命的な中毒を引き起こすことができた。
回避しても、羽根は追いかけてくる。バルコニーを突き破ったハルファスを、上空ですぐさま捉える。様々な角度から襲い掛かる羽根を、巧みに胴を捻って回避した。
「こ、この程度、詠さんの運転に比べたらファーストクラス待遇だ」
強がりながらも、歯を食いしばってしがみつく。。
『逃がさん!』
羽根だけでなく、フォカロル本人も追撃に加わる。蓮が反撃を試みようとしたそのとき、視界が急速にぼやけた。
「め、目がかすむッ」
慌てて鞍にしがみついた。耳も遠くなる。
『注意セヨ! ばるばとすノ戦闘範囲ダ!』
屋根に狩人姿の細い男が立っている。序列8位の堕天使バルバトス。彼は相手の五感を鋭敏に、或いは鈍麻させることができる。
『殺しはせぬ。ただ、死ぬまで五感を封じてやる』
身長よりも巨きな弓に、長い矢を番える。背後からはフォカロル。2者2点から狙われる。
「ハルファス、やりたいこと分かるな?」
命のやり取りをした同士、互いのことを信じた。
『任セテオケ!』
身を翻し、再び王の間に戻ろうとする。背後にフォカロル。前方にバルバトス。
「敵対者ロケル!」
放たれた矢。その軌道上に魔方陣を2つ、重ねて展開させた。方陣を通過したとき、バルバドスの矢はミサイルのように巨大に、太くなっていた。
『私の矢を?』
すれすれで躱す。フォカロルからすれば、ハルファスの胴体で塞がれていた前方が開けたと思いきや、目の前にミサイル。
『おのれ……!』
追撃していた羽根がまとめて吹き飛ばされる。フォカロル本体は態勢を崩しながらもからがら避けてみせた。
間髪入れず、ハルファスは屋根を材料に小さなネットを作り上げる。ネットを投石機で舞い上げた。
『ふん、城塞の堕天使ともあろうものが。こんなもので私を捕獲など……』
蓮が展開していた魔方陣を通過し、ネットが巨大化する。バルバトスに覆い被さった。
『甘く見るな、この程度』
ネットを切ろうとするところへ、ロケルの効果時間が尽きる。急速に縮んだネットは、捕えていたバルバトスの身体を締め上げた。
『ぐ、ぎ……!』
身動きもままらないところへ、曲刀を咥えたハルファスが突撃する。蓮はクロスボウに赤い矢を番える。
「『くたばれ!』」
バルバトスを横切りざまに切り伏せた。同時に、蓮の視覚や聴覚も正常に戻る。即座に、バランスを崩していたフォカロルを赤い矢で撃ち抜いた。
『おお、獅子奮迅の立ち回りだな、親友』
吞気に観戦していた詠に背後からの不意打ちを仕掛けたのは、堕天使べリス。契約者を戦線離脱させられたことを恨んでいた。
『バエルめ、今こそ復讐してくれる!』
少年の外見で老人のような声を出す。
『最大強度だ! 塵になるがいい!』
詠の裸体が水晶に固められた、と思ったのも束の間。掴んでいたのは詠の出した鏡だった。べリスが水晶化させたのは、詠ではなく鏡に映った自分自身だった。べリスの身体が脆い水晶へと変じてゆく。
『お生憎様。今回のバエルは完全体でね。不意打ちなぞ通用するものではないのだよ』
“どの場面にも存在する”バエルに死角など存在しない。
『お、のれ。己ッ!』
風に吹かれた衝撃で、べリスは塵も残さず消滅してしまった。詠は堕天使たちに向き直る。
『幸い詠はバエルに成りたての初心者だ。おお困った。大ピンチだな』
魔女でなくなった女性は、不敵な笑みを浮かべる。
「モラクス、預けていた“魔術の腕”を出しなさい!」
ソロモンが牛型の堕天使、モラクスに命じる。序列21位。聖書出エジプト記に名が記載され、アモン人に崇拝された堕天使であり、医療に堪能である。モラクスは口を大きく開けた。
『モバァァァー!』
白く細長いものを吐き出す。それは人間の腕だった。死蝋化した魔術師の腕は“魔術の腕”と呼ばれ、強力な魔術の触媒となる。そのため、ソロモン王の時代では高値で取引きされていた。
モラクスは体内に隔離された亜空間を持つため、ソロモン王は貴重な“魔術の腕”を保管させていた。
「捧げる」
呟くと、魔術の腕は瞬く間に発火、燃え尽きた。それを触媒に、大いなる力を呼び起こす。
「峻厳の柱と慈悲の柱を基礎にして、生成のセフィラから……」
儀式と供物、神聖と秩序を象徴する峻厳の柱と慈悲の柱は、ソロモン神殿の柱のことでもある。
ソロモン王の本領は儀式魔法にある。
天性と研鑽により、「魔なる術」と「魔なる法」へと昇華したのは、後にも先にもソロモン王唯1人。
「“高き法”を見せて差し上げます!」
空を覆うほどの巨大な翼。それは翠の、エメラルドの翼であった。
『ミーカールの翼だ!』
堕天使の誰かが叫んだ。大いなる神聖の翼が、逃げ場のない天空より降り注ぐ。
悪性の堕天使たちが打ち据えられ、神火に焼かれる。神なる性を苦手とする序列72位アンドロマリウス、序列61位ザガンなどは跡形もなく消し飛んだ。
ソロモン王が身に着けたとされるアルス・ノトリアは神学・修辞学・祈祷文・占星術までも必要とする複雑すぎる魔術様式のため、解明がなされたのは13世紀に入ってからである。




