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王の名前を  作者: あまやどり
終章 堕天大戦
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名前②

「よーっしよし」


 三船玲は汗を拭った。彼女は僅か遅れて王城に到着していた。2人に先んじられたときは(ほぞ)を嚙んだが、ゴールテープは切られなかったようだ。王の間の入り口で機を窺っている。

 逆に、遅れたお蔭で会話を盗み聞くことができた。


「やっぱしオタカラはソロモンの指輪!」


 ソロモン王は、指輪の力によって森羅万象を識ることができたとされる。


――知識(・・)


「好奇心の権化」たる玲にとって、指輪は命の2つや3つ投げ出しても惜しくないお宝である。


「そのためには、オジャマな2人にゃどいてもらわないとねえ」


 蓮と少女は悪霊の名前当てに大苦戦しているが、心を読み、誘導さえもできる玲にとってはさしたる困難でもない。


* * * * *


「……もう、当てられる気がしません」


 ソロモン王が嘆声を漏らした。そこへ突然、脇に侍っていた堕天使が襲い掛かってきた。猿の頭、背中から骨のような腕を4本も生やした序列11位の堕天使グシオンが。


『キシャアア!』


 少女は黄金の盾で全ての腕を受け止めた。

 車輪の胴体には5本の馬の脚。中央に虎の頭部を持つブエルが車輪と脚を回転させて、凄まじい速度で蓮に突進してきた。幸い、小細工抜きの突進だったので、身をかわして事なきを得る。


「な、なんかこの珍妙な外見、見たことあるな」


 ブエルは銀の星(アイアン・スター)で、唯一正式に召喚が成功した堕天使であり、文献も残っている。

 2人は防衛で手一杯になってしまい、名前当てどころではなくなってしまった。


「はっはー! 露払いゴクローなワケ!」


 そこへ玲が姿を現す。無論、堕天使の心に干渉し、障害になりそうな2人を遠ざけさせたのも彼女である。


「み、三船? そのサングラスは? こんな所になぜいる?」


 玲の水面下の行動の数々を知らない少年は仰天した。


「こんなトコロだからいるんでしょー?」


 玲は胸を張る。悪霊を正面から見据える。


「後ろに不気味な赤ん坊が見えるぞ。可愛さの欠片もないような」


「ウァラク。……いけません!」


 イデアは醜怪な堕天使の魔術を思いだした。止めようとするが、聞き入れる玲ではない。


「ちっちっち。ココまで来て手ブラで帰れるわけなんてないワケよ」


 玲は悪霊王の心を覗き込む。


「うえぇ、グロい……」


【憎ム恨無正当ナ生キルコトノ死ノ神ノ報復――】


 悪霊の中は、怨恨嫉み憎悪殺意。ありとあらゆる悪意の巣だった。字はどす黒く、外見と同じように千切れ、乱れ、読みにくいだけでなく、心に圧し掛かって来る。


 ソロモン王への敵意で、名前など思い浮かべない。だが、玲には切り札があった。第2の魔術で、悪霊の思考を書き換える。


【名乗れ】


 僅か3文字。だのに目と脳漿にかつてない強烈な負荷がかかる。両の目から血が流れた。


「い、いっつ……。さ、さあさあ! アナタのお名前なんて―の?」


 質問する。


『ぐ、あああぁ……!』


 悪霊の王は頭を挟みこんで悶絶する。頭上の「心の文字」が激しく明滅する。そして――

 文字が爆ぜた。余人には不可視の爆風は、玲の目を直撃する。


「め、目が! 目が焼ける!」


 両目を押さえてのたうち回った。詠の力も借りてどうにか堕天使たちを撃退し、玲に駆け寄る。両目は黒く変色していた。


「だから止めましたのに」


 ソロモンが告げる。


「心を覗くということは、相手の剥き出しの精神に触れるということ。そのとき、貴女の精神も裸なのですよ」


 痙攣している玲。


「いわば精神の(せめ)ぎ合い。ただの人間が、数千年を生きる堕天使や、憎悪を燃料に生きる悪霊相手に勝てる道理がありません。砂場で砂漠は覆えないように」


 聞いているのかいないのか、玲は動くのを止めた。


 * * * * *


 充分に絶望を与えて満足したのか、悪霊の王が動き始める。話は振り出しに戻った。わけではなかった。玲の乱入による中座が、蓮にふと別の考えを巡らす端緒になったのだ。


 名前当てはソロモンに任せるつもりでいた。

 ソロモン王の生涯は蓮も本で読んだ。だが紙で大筋を追った程度であり、しかもソロモン王が言うには、現代の書物では脚色や捏造が混入しているらしい。正直なところ、登場した人物名も半分程度しか憶えていなかった。


「―――あっ」


 蓮が出し抜けに声をあげた。あまりの唐突さに、ソロモンも悪霊も動きが止まる。絶体絶命のこの状況でこのマイペースは、ある意味豪胆と言えた。


「何か思いつきましたか?」


「あ、いや、でも」


 理外の思い付きだっただけに、蓮も困惑している。


「試してください。どうせ、わたくしにもう思いつく名前はありませんから。わたくしの文言を真似すれば良いのです」


「う、うん。じゃあ」


 セリフを思い出す。


「あ、悪霊、汝の名を問う! 汝――」

 


――ああ、そうか。


 情景を見、ソロモン王は唐突に理解した。


――この時のために、わたくしは未来へ送られたのですね。

新たな王のために。


 デカラビアの契約者は言葉を紡ぐ。



「――――汝に名は、ない」



 悪霊が絶叫した。


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