第36話・混沌と温泉
「そろそろ夜も近いですし、今夜はこの先の町に泊まりましょうか。」
そのグラムウェル執事の言葉に、カエデが反応する。
「この先に町なんてあるんですか?」
言葉にはしなかったが、心の中では俺もそう思っていた。
王都を発ってから4日後の夕方。
ひたすらに北西に向かい、丘陵地帯に入ったところを今俺たちは進んでいた。
道の状態は相当に悪いらしく、度々馬車が大きく揺れることでグロッキー状態になっていた者が約1名いたため、その事実はそれはそれで有難かったりはしたが。
「おえっ……、やったぁ、ようやく町に……、おえっ……。」
その約1名、モミがえずきながら安堵の声を上げる。
「おいおいモミっち、こんなんで酔っちまったのか?」
「だからモミっちじゃないって……、おえっ。」
ガロフさんに対する反論にもキレはないようだ。
「えぇ、ヴァームヴァーという小さな町です。丘陵地帯のど真ん中であまり行きやすい町ではないんですが、良い町ですよ。有名なのは……。」
「おえっ……。ん……、この臭いって……!」
グラムウェル執事が話していると、突然モミががばっと起き上がる。
「臭いなんてしませんけど……。」
訝しげな表情を浮かべるカエデに、どこにそんな元気があったのか、みるみると生気を回復させて、ニヤリとモミが笑う。
「ふっふっふ、カエデは犬なのにあんまり鼻がきかないみたいだね!」
「っ……、い、いいですよ!!別に困りませんし!!そもそも、鼻がいいサルなんて意味がわからないですよ!!」
確かに、と俺は密かに納得する。
普通逆でしょ。
「ふふーん、羨ましいんだ。ね、そうでしょ?」
「う、うるさいです!!ご飯作ってあげませんよ!!」
若干モミが優勢だった言い争いは、そこで勝敗が決した。
「うぅ、ご飯を盾にするのはずるいよ!!」
そう捨て台詞を吐いたモミだったが、それ以上の言葉を控えた。
なによりも好きなご飯を人質に取られたのでは、モミに打つ手はない。
「あ、休んでる。」
「!!?」
微笑ましくそれを眺めていた俺に、例の悪魔の一言が唐突に飛んできた。
いつのまに目覚めたのか、アルマがニッコリと笑っている。
「ちょ、ちょっと待ってくださいって!!もう夜!!日は沈みました!!」
俺は必死に敬語で主張する。
ここまで今日は、喋っている間もサボらずに小さい波を作り続けた。
レベルアップはしないといけない。
でも、日が沈んでからもやらされるのは、流石に俺の体が(主に精神的に)持たない。
「まだ明るい。だから沈んでない。」
なにその暴論!?
俺は泡を食う。
いまどき、どこぞのスポ根アニメの監督もそんなことは言わないはずだ。
「いやいや、沈みましたって!!ていうか、アルマはS嗜好を満たしたいだけ……。」
「何か言った?」
「いえ、そんな滅相もございません!!」
「ウキョウって、アルマの特訓の時だけ変な態度になるよね……。」
ポツリとモミが漏らしているのが耳に入るが、今はそんなことを構ってはいられない。
と、その時俺に天の助けが降りた。
「まあまあ、アルマも今日はその辺で許してやれよ。もう町にも着くしな。」
「ガロフさん……!!」
思わず俺はガロフさんを羨望の目で見つめる。
「そうですよね!!ガロフさんもそう思いますよね!!」
「うぉ、そんなに食い気味にくるとは思ってなかったぜ……。」
困惑するガロフさんを無視して、俺はその手を握りブンブンと振る。
「いやぁ、白金級の冒険者が言うことなら本物ですもんね!!」
「いや、白金級だからってそんなことは……。」
「ガロフさん、今は黙ってください!!」
「こんな必死なキョウさん、初めて見たかもしれないです……。」
今度はカエデから呟きが漏れる。
必死上等。
これは、俺にとっては命に関わるといっても過言ではない。
振りながらアルマの方を見ると、不満げな表情をしていたが、やがて不承不承、といった形で頷いた。
「わかった。」
「おっしゃあ!!ガロフさん、ハイタッチ!!」
「うおっ!?」
俺は歓喜した。
裁判に勝って勝訴の紙を掲げる人は、きっと今の俺みたいな気持ちなんだろう。
「わかった。今日はもういい。でも明日から、くすぐりの強さ2倍。」
だから、アルマのその後の言葉だってまあきっと気のせいでしょう。
気のせいに違いない。
……気のせいですよね?
「すみません、話を戻していいですか?」
やや呆れた表情でグラムウェル執事が発した言葉に、モミが反応する。
「そう、この臭い!!この臭いは、あのあったかいところの臭い!!」
「そちらの方はよくお知りで。これは硫黄の臭いです。」
グラムウェル執事がモミに微笑みかける。
「硫黄ってことは……もしかして温泉?」
俺の言葉に、グラムウェル執事は頷く。
「はい、そうです。ヴァームヴァーは隠れた温泉の名所なんですよ。私も休暇を貰えると、よく訪れています。」
「おー、温泉か!!俺も結構好きだぜ!!」
「モミも好きー!」
「温泉ですか!それは楽しみです!!」
「温泉……。いい。」
当然俺は言わずもがな、全員が口々にあげた言葉を聞く限りでは、皆温泉に入りたいようだ。
「ここまで皆さんお疲れのようですし、私の行きつけの温泉旅館に案内しましょう。」
それを聞いて、グラムウェル執事はニッコリと笑った。
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「はあぁ……。」
俺は、たっぷりの湯に肩まで浸かってそう声をあげた。
グラムウェル執事行きつけの温泉は、ヴァームヴァーでも奥にある小さな旅館にあるものだった。
足しげく通うだけあって、旅館自体は小さいながらも、温泉は広々とした露天風呂で、大柄のガロフさんも充分に手足を伸ばしても大丈夫なサイズであった。
しかも、今のところは俺たち以外の客はおらず、貸切状態だった。
「あー、極楽極楽だぜ……。」
そのガロフさんも気持ち良さそうに湯の中に身を委ねる。
透明赤褐色をした湯は独特の、しかしそれが不思議と嫌ではない匂いを醸し出し、さらに心も体もほぐれていく。
「お気に召して頂けたのなら何よりです。」
グラムウェル執事もご機嫌そうだ。
「そういえば」
タオルで顔を拭いながら、気になっていたことを俺は訊く。
「カエデも、モミも、アルマもみんな獣人ですが、大丈夫なんでしょうか?」
俺の言わんとしてることはグラムウェル執事にも伝わったらしい。
「大丈夫ですよ。そんな旅館だったら、私ははなから利用なんてしていませんから。」
湯のせいで上気した顔での微笑みは、俺を安心させるには充分だった。
「そうですか……、なら良かったです。」
「おいおい兄ちゃん、そう言っときながら、正直向こうの様子が気になるんだろ?」
と、ガロフさんがニヤニヤとしながら俺の方に近づく。
ここの温泉は、昔ながらの男女の湯が高い塀で遮られているだけなのだ。
「そ、そんなわけないじゃないですか!!」
「カエデちゃんよりも、モミっちの方が大きいよな?アルマもそんな大きいようには見えないが……。兄ちゃんはどう思う?」
俺の否定を無視してさらに続けるガロフさん。
「そんなの知りませんよ!!」
「まあまあ、そういきりたつなって。男なら、しかも温泉なら、考えることは1つだぜ?」
耳元で囁くガロフさんに、俺も囁き返す。
「そもそもですよ、グラムウェルさんもいるんですから、そんなこと許してくれるわけ……。」
「私は全然構いませんよ。」
ギョッとして俺はグラムウェル執事の方を見ると、パチリとウインクを返される。
「えぇ……。」
グラムウェル執事からまさかの了承がでて困惑する俺。
この世界には、変態老人しかいないのか?
「なっ!わしも変態としてカウントされとるのか!?わしは……その……、ただふわっとしたものを触るのが好きなだけじゃ!!」
どこからかモフモフ好きの変態爺の声が聞こえた気がするが、まあ気のせいでしょう。
……あれ、モフモフ好きが変態なら、俺も変態になる……?
い、いや、俺は動物と触れ合うのが好きなだけだし、だからピリオン東街長みたいに獣人を触りたいわけでは……、あれ?でもカエデとか、モミとか結構触ってた気が……。
でも2人とももともとは動物なわけだし……、その点でいえば例外なわけだし……。
「おーい、大丈夫か?」
ガロフさんのその言葉で、俺は思考の泥沼から抜け出す。
しかし、こっちの問題はまだ終わってはいない。
「ほら、グラムウェルさんもそう言ってることだしな……。」
「グラムウェルさんが許してくれたからってなんなんですか!!第一、覗きは犯罪ですよ!!」
「しーっ!!向こうに聞こえるぜ。」
慌てて俺は口を手で押さえる。
その隙に、じりっとさらにガロフさんは俺の耳に顔を近づけた。
「でもな、兄ちゃん。兄ちゃんも気になるだろ?」
ほぼ耳のところでガロフさんが囁く。
「な、何がですか……?」
「塀の向こうの、夢の世界……。」
数秒後、俺はゆっくりと頷いた。
顔が熱いのは、きっと温泉のせいだけではないのかもしれない。
高まる期待を胸に。
自分に正直に。
ミッション、スタートです(キリッ)。
インフルエンザで臥せっていたので、先週の更新できませんでした……。
ご迷惑をおかけしました。




