第37話・ため息と曇り
先週は更新できなくて申し訳ありませんでした!
「気っ持ち良ーーい!!」
モミがそう言って思いっきり手足を伸ばすと、赤褐色をした湯がちゃぷりと小さな波を立てた。
所変わってここは女湯。
一行の他に、こちらも客はいないようだった。
「あぁ……。」
頭にタオルを乗せたアルマも気持ちよさそうに声を上げる。
ほかほかとそのタオルから湯気がでて、その下の顔は淡く朱色に染まっていた。
「良い……、温泉……。」
「だよねー!体の芯からぽっかぽか!!」
「わかる……。」
「あれ、そういえばさっき何してたの?」
「いろいろ。後のお楽しみ。」
「ふーん……。ま、気持ちいいからいっか!!」
「うん。それにしても……あぁ……極楽極楽……。」
はしゃぐモミに、至福の表情を浮かべるアルマ。
心から温泉を楽しんでいるそんな2人を、少し離れたところで見つめる曇った瞳があった。
「はぁ……。」
その瞳の主、カエデが大きくため息をつく。
モミはまだしも、まさかアルマまで……。
その瞳の先は、2人の顔よりも少し下にあった。
「あれ、カエデどうしたのー?」
温泉の隅で縮こまっているそんなカエデを、目敏くモミは見つけて声をかけてくる。
「いや、なにも……。」
「そうなの?なんか、顔が暗かったから……。」
「ううん、気持ちいいですよ。」
濁すカエデに、不思議そうなモミ。
と、その時モミの表情が意地の悪い笑みに変わった。
「あー、カエデもしかしてーー!!」
ザッパーンという派手な音とともに、モミが湯の中で立ち上がり、体が露わになる。
その勢いで、結わえてあった白色の髪はほどけ、濡れた肌にはりつく。
そんなことも御構い無しのモミが口を開こうとしたのと、カエデの顔が完全に真っ赤になったのは、ほぼ同じタイミングだった。
「自分の胸「2人と違って貧乳で悪かったですねーーーーー!!!!!!!!!!!」」
叫びとともにカエデが繰り出した右ストレートは、のちのモミをしてもう食らいたくないと言わしめるほどだったという。
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そのころ俺たちは、早々にミッションの失敗が確定していた。
「まいった……、まさかアルマが気づいていたとは……。」
洗い場の床に正座をしながらガロフさんが嘆く。
そんなガロフさんに、俺は後悔の念を思いっきりぶつける。
「ガロフさん、どうしてくれるんですかぁ!!これじゃあ明日からの特訓の罰が絶対重くなりますよ!!」
「んな、お前も同罪だぜ!?」
「ガロフさんが焚きつけたからでしょーがぁ!!」
「んなこと言ったって、兄ちゃんもノリノリだったぜ!?そもそも、なんで俺らだけ罰を受けて、グラムウェルさんは……、んぐぅっ!?」
「ま、またですか!?……んがっ!?」
「「くっせーーーーー!!!!!」」
俺たち2人は鼻をつまみながら盛大に叫ぶ。
つまんだところで激臭に変わりはないのだが、それを知っててもなお鼻をつまみたくなるほどの臭いだ。
まるで道端のドブに溜まったヘドロの中に顔を突っ込んでいるような。
いやはや、アルマのS責めお仕置き魔法のレパートリーはどれだけあるのか。
あまりの臭さに薄れゆく意識の中、俺はぼんやりとそんなことを思っていたのだった。
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「はぁ……。本当に大変だった……。」
「だな……。こりゃもうアルマには逆らえねえよ……。」
「ですね……。」
グラムウェル執事の介抱で程なく目を覚ました俺たちは、今度こそ大人しく温泉を楽しんでいた。
「あんまり、騒ぎすぎないようにしてくださいね。一応、他のお客様も来られますし……。」
澄ました顔のグラムウェル執事に、たまらず俺は言い返そうとするがすんでのところで堪える。
またあの臭さをお見舞いされてしまったらたまったもんじゃない。
隣にいるガロフさんもどうやら同じ結論に達したようで、無言でこくこくと頷いている。
と、その時露天風呂の入り口の引き戸が開いて、俺たち以外の客がやって来た。
「お、今日は盛況だね。」
その男は、湯の中にいる俺たちを見てそう微笑んだ。
藤色の短い髪に、淡い色素の瞳。
痩身でヒョロリとした体。
そんな容姿をした男は軽く体を流すと、すぐに湯の中へと入って来た。
「あ〜……。やっぱ気持ち良いね、ここの温泉は。」
「よく来られるんですか?」
お得意様の自分が会ったことのない人物への興味からか、グラムウェル執事がそう話しかける。
「まあね。といっても、ヴァームヴァーに寄った時は毎回っていう意味なんだけどね、フフ。」
「寄った時……ですか?」
「うん、そうだよ。……あ、言い忘れてたね。私の名前はフィエンデ。しがない旅人さ。」
苦笑いしながらその男、フィエンデが答える。
キザな話言葉とは裏腹に、その受け答えは誠実だった。
「旅人?」
その不思議な男に興味が湧いて、俺も会話に参加する。
フィエンデは一旦俺の言葉を流し、グラムウェル執事に視線をやる。
「あら、こちらは君の連れかい?」
「えぇ、そうですよ。そちらで寝てる方を含めて、私たちは3人で今日この温泉に来ています。」
目でちらりとガロフさんに一瞥を加えてグラムウェル執事も一応の自己紹介をする。
流石に隣国への使者とその護衛とは名乗れない。
ていうか、おっさん。
何寝てんだ。
しかも湯の中で。
幸いにも、フィエンデは俺たちが名前を名乗らなかったことも、ごついおっさんが湯の中で爆睡していることにも、それ以上深くは突っ込む気はないようだった。
「なるほどね……。そう、私は旅人なのさ。いろんなところを見て、巡って……。この世界に対する知見を深めるって感じかな。」
「そうなんですか……。」
「って、小難しく言ってるけど、まあぶっちゃけて言えば観光をただ楽しんでるだけなんだけどね。」
上を見上げてカラカラと笑うフィエンデ。
隣のおっさんのいびきが響く中、そこにはどんよりとした曇り空が広がっていた。
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「ごめんってーカエデー。私が悪かったってー。」
「大丈夫です。別にもう怒ってないですから。」
「まだ怒ってるじゃん……。前いじった時はそんなに怒らなかったのに……。」
「何、何か言いました?」
「ううん、何も!」
温泉を出て、更衣室。
根に持つカエデを懸命にとりなすモミに、我関せずの表情のアルマ。
と、カエデはそんなアルマに今度は矛先を向ける。
「な、なんでサラシなんか巻いてるんですかぁ!!」
「え?」
カエデの言葉通り、アルマは豊かな胸の上からきつくサラシを巻いているところだった。
「邪魔。」
アルマの答えは至極簡潔だった。
しかしそれはカエデに追撃を与えるには充分だった。
「邪魔……、邪魔……、邪魔……。」
虚ろな表情でうわ言のように繰り返すカエデ。
「あら、お取り込み中ごめんなさいね。」
と、その時カエデに声がかかった。
「邪魔……、邪魔……。」
それでもカエデはショックを受けたままでまったく反応することはない。
「あら……?」
「はい、はい!なんでしょう!!代わりにモミが承るよ!」
そんなカエデを見かねてモミがずいっと前に出た。
「あら、そう?じゃああなたでもいいわ。」
その女性が不思議そうに言う。
艶々とした長い黒髪が言葉に合わせて揺れる。
「……っあ、はい、なんでしょう?」
思わずモミは反応に遅れる。
艶々とした長い黒髪に、形の良い目。
すらっと通った鼻に、触れると弾けそうなほどのプルプルの唇。
黒のロングドレスを着込み佇むその姿は、モミが今まで見た中でも一二を争うほどの美人だった。
同性なのに、思わず見惚れるほどの。
「これ、落としたのあなた方よね?」
艶のある声でその女性が差し出したのは、1枚のコインだった。
「あ、これ……。」
モミが目を見開く。
それは、いつか3人がマリア女王を助けた時にお礼としてもらった、王家のコインだった。
相談の結果、カエデが預かることになっていたのだった。
「あ、モミたちの!ありがとうございます!」
モミがお礼を言ってそれを受け取ると、その女性が嫣然と微笑む。
「いいわ、今度は気をつけてね。」
「はい!」
立ち去ろうとするその女性に、思わずモミは声をかける。
「あの!」
「なぁに?」
「お名前……、教えて!」
敬語と砕けた言葉遣いが入り混じるモミに、ニッコリとその女性は笑う。
「オチュアよ。また会えたら、よろしくね。」
そう言い残すと、その美しい女性、オチュアは悠然と更衣室から去っていったのだった。
その様子を、アルマはじっと無言で見つめていたのだった。




