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朝倉詩音の怪異録〜大学編〜  作者: ゆるっとおやじ


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29/31

記憶神社の夏

夏の特別編

八月の第二週、俺と朝倉は新幹線で北へ向かった。

菊池さんから、手紙が届いたのは七月の終わりだった。

お盆に、記憶神社でお祭りを開きます。御神体が戻ってから初めての夏です。よろしければ、いらっしゃいませんか

丁寧な筆の字だった。封筒の中には、小さな押し花の栞が一枚入っていた。


凛は来られなかった。

夏期講習があって行けません。悔しいです。でも受験が終わったら、絶対に行きます。先輩たち、私の分まで御神体に挨拶してきてください

そんなメッセージの後に、拝んでいる絵文字が十個並んでいた。

「十個は多いな」と俺は言った。

「凛の気持ちの数だ」朝倉は言った。


新幹線の窓から、緑の田んぼが流れていった。

朝倉は窓際で、風景を見ていた。

「岩手は初めてか」と俺は聞いた。

「初めて。湊は」

「俺も初めてだ」

「初めての場所に、二人で行くのは九州以来だな」

「あのときは凛がいた」

「今日は二人だ」朝倉は窓の外を見たまま言った。「少し、変な感じだ」

「変か」

「嫌じゃない。ただ——二人で遠くに行くのは、初めてだから」


俺は少し考えた。

「そう言われると、そうだな」

「旅行だと思えば、いい」

「怪異の仕事じゃなくて?」

「怪異の仕事じゃなくて、お祭りに招かれた旅行」朝倉は少し笑った。「そう思うことにする」

盛岡で乗り換えて、ローカル線に揺られた。

電車は一両だけだった。乗客は数人しかいなかった。


窓の外が、だんだん山になっていった。

終点に近い駅で降りた。

無人駅だった。

ホームに、菊池さんが立っていた。

「いらっしゃいませ。遠かったでしょう」

「お招きありがとうございます」朝倉は頭を下げた。

「ようこそ、桐島さん」

「お世話になります」


菊池さんの運転する軽トラックに乗って、山道を走った。

窓を開けると、草と土の匂いがした。

蝉が鳴いていた。

「集落には、今何人くらい住んでいるんですか」と俺は聞いた。

「七十人ほどです。若い人は少ないですが——御神体が戻ってから、少しずつ人が帰ってきています」

「帰ってきている?」

「集落を出た人たちが、お盆に里帰りしてくれるようになりました。御神体が戻ったと聞いて、会いに来てくれるんです」菊池さんは前を向いたまま笑った。「この神社は、人が来てくれてこそ、ですから」


記憶神社は、山の中腹にあった。

鳥居をくぐると、杉の大木が並ぶ参道が続いていた。

空気が冷たかった。

夏なのに、涼しかった。

「静かだな」と俺は言った。

「静かだけど、寂しくない」朝倉は参道を見上げた。「たくさんの人が、ここに来ていた記憶がある。声が聞こえるみたいだ」

「聞こえるのか」

「聞こえる気がする。笑い声とか、話し声とか」


菊池さんが振り返った。

「感じていただけますか。この神社は、本来そういう場所なんです。人の声が、積もっている場所」

社殿が見えてきた。

古い木造の社だった。

屋根が苔むしていた。でも傷んではいなかった。

集落の人たちが、手入れをしてくれているらしかった。


本殿の奥に、小さな台座があった。

その上に、あの木の像が安置されていた。

三寸ほどの、荒削りの小さな像。

光雄さんの人形とは違う。でも——どちらも、誰かの記憶を預かっているものだった。


朝倉が、像に向かって深く頭を下げた。

「お久しぶりです。朝倉です」

返事はなかった。

でも本殿の空気が、ふわりと緩んだ。

「覚えていてくれたみたいだ」朝倉は小声で言った。

「一週間、毎日語りかけたからな」

「そうだね」


その日の夕方、集落の人たちが集まってきた。

お祭りは、明日の夜だった。

今日は準備の日で、境内に提灯を吊るしたり、お供えの野菜を並べたりしていた。

俺と朝倉も手伝った。

脚立に乗って、提灯を吊るした。

朝倉は下で、提灯の紐を渡してくれた。


「落ちるなよ」

「落ちない」

「脚立がぐらついている」

「大丈夫だ」

「そう言って落ちた人を、一人知っている」

「誰だ」

「高校の体育祭で、看板を直そうとして落ちた湊」

「そんなことがあったか」

「あった」

「覚えていない」

「忘れたいんだな」

朝倉が少し笑った。


近くで作業していたおばあさんが、俺たちを見て目を細めた。

「仲がいいねえ」

「そんなことは——」と朝倉が言った。

「そんなことあるよ。若いっていいねえ」

朝倉は耳を赤くして、提灯の紐を握りしめた。

準備が一段落して、境内の縁側で休んだ。

先ほどのおばあさんが、お茶と漬物を出してくれた。


小柄で、背中が丸まっていた。

八十歳くらいに見えた。

「ハツさんと呼ばれています」おばあさんは言った。「菊池さんから聞いたよ。御神体を連れ戻すのに、力を貸してくれた若い人たちだって」

「俺たちはほんの少しです」と俺は言った。

「いやいや。ありがたいことだよ」ハツさんは湯呑みを両手で包んだ。「御神体が戻ってから、集落が少し明るくなってね。みんな、ここに来るのが楽しみになった」

「記憶を、預けに来るんですか」と朝倉が聞いた。


「そうだよ。ばあさんの代まで、みんなそうしていた。亡くなった人の思い出を、お祭りの夜に語るんだ。そうすると、忘れないでいられる」

「忘れないでいられる」

「そうだよ。人間は忘れる生き物だからね」ハツさんは遠くを見た。「だから——神様に預けておく。忘れても、神様が覚えていてくれるから」


ハツさんは、しばらく黙っていた。

それから、小さな声で言った。

「ただね、一つだけ困っていることがあるんだ」

「何ですか」

「うちのじいさんの顔が、思い出せなくなってしまって」


朝倉が、顔を上げた。

「亡くなったのは、いつですか」

「十五年前だよ。五十年連れ添った人だった」ハツさんは湯呑みを見つめた。「声は覚えている。笑い方も。でも——顔が、どうしても浮かばない。写真を見れば分かるんだけど、目を閉じて思い出そうとすると、ぼやけてしまう」

「それは——寂しいですね」と俺は言った。

「寂しいよ。歳を取るというのは、そういうことなんだろうけど」ハツさんは微かに笑った。「明日のお祭りで、御神体に預けようと思っていてね。ぼやけた記憶でも、預けておけば、神様が覚えていてくれるだろうから」


朝倉は、じっとハツさんを見ていた。

「ハツさん」朝倉は静かに言った。「明日のお祭りで、一つ試させてもらってもいいですか」

「試す?」

「御神体は、預かった記憶を保存していると聞きました。もしかしたら——ハツさんのご主人の記憶も、本来は預けられていたかもしれません」

「うちのじいさんが?」

「五十年の間に、一度でも預けたことはありませんか。このお祭りで」


ハツさんは目を丸くした。

「……あるよ。毎年、預けていた。じいさんは、このお祭りが好きでね。必ず来て、語っていた」

「それなら」朝倉は言った。「御神体の中に、ご主人の記憶が残っているかもしれません」


その夜、宿に泊まった。

菊池さんの家の離れだった。

二つの布団が、少し離して敷いてあった。

「……離れ、なんだな」と俺は言った。

「離れだな」朝倉は布団を見た。

「菊池さんが気を遣ってくれたんだろう」

「何に気を遣ったんだ」

「その——部屋割りに」

「別々にしてくれたのか、同じにしてくれたのか、分からない」

「同じ部屋だ」

「そうだな。でも布団は離れている」

「それが気遣いだろ」

朝倉は少し黙ってから、言った。

「うるさい。寝る」


朝倉は布団に入った。

俺も入った。

部屋は暗かった。

虫の声が、窓の外から聞こえた。

蛙の声も聞こえた。

しばらく、静かだった。


「湊」と朝倉が言った。

「何だ」

「ハツさんのこと、考えていた」

「顔が思い出せない、という話か」

「そう。自分の記憶が薄れかけたとき、怖かった。でもハツさんは——ずっと、あの怖さと一緒にいる」

「十五年間か」

「十五年間。顔が、ぼやけていく怖さ」朝倉は天井を見ていた。「明日、うまくいくといい」

「うまくいく」

「確信はあるか」

「ある」

「なぜ」

「詩音が試すから」


朝倉は何も言わなかった。

でも暗闇の中で、小さく息を吐く音がした。

「おやすみ、湊」

「おやすみ、詩音」


夜中に、目が覚めた。

何かが、聞こえた気がした。

静かに、歌のような声が。

隣の布団を見た。

朝倉は眠っていた。

俺は起き上がって、窓の外を見た。

山の中腹に、光が見えた。

小さな光が、いくつも、ゆらゆらと動いていた。

蛍かと思った。

でも違った。

蛍より、ずっと大きかった。

それに、光は神社の方に向かって、列を作って動いていた。

まるで行列みたいに。


背中が、ぞくりとした。

「詩音」俺は小声で呼んだ。

朝倉が、すぐに目を開けた。

「見えるか」

朝倉は起き上がって、窓の外を見た。

しばらく黙っていた。

「見える」朝倉は静かに言った。「記憶の光だ」

「記憶の?」

「お祭りの前の夜は、神社に光が集まるらしい。地下のものの記憶の中に——似た景色がある」朝倉は光を見つめた。「亡くなった人たちの記憶が、お祭りを楽しみにして、集まってくる」

「怖くないのか」

「怖くない。でも——」朝倉は少し間を置いた。「たくさんいる」

「どのくらい」

「何百人分。何百年分」


光の行列は、静かに山道を登っていった。

ひとつひとつが、誰かの記憶だった。

朝倉が窓に手を当てた。

「ありがとう、と言いたくなる」

「何に」

「こうして、ここに来てくれることに。忘れられていないことに」朝倉は光を見送った。「ずっと忘れられなかった人たちが、今夜もちゃんと来てくれる」


翌日の夕方、お祭りが始まった。

境内に、提灯が灯った。

赤くて、柔らかい光だった。

集落の人たちが、続々と集まってきた。

七十人どころじゃなかった。

里帰りした人たちが、子どもを連れて来ていた。

百人を超えているかもしれなかった。

屋台が少しだけ出ていた。

焼きとうもろこしの匂いがした。

子どもたちが走り回っていた。


「賑やかだな」と俺は言った。

「うん」朝倉は境内を見回した。「記憶神社が、本来こういう場所だったんだと分かる」

「ここで御神体が、八十年待っていたんだな」

「待っていた。でも——今日はもう、待たなくていい」


夜になって、お祭りのメインが始まった。

本殿の前に、集落の人たちが並んだ。

一人ずつ、御神体の前に進み出て、記憶を語る。

亡くなった家族のこと。

子どもの頃の思い出。

今年あった嬉しいこと。

短い人もいれば、長く語る人もいた。

泣きながら語る人もいた。

笑いながら語る人もいた。

語り終わるたびに、御神体が淡く光った。

優しい光だった。


朝倉が、俺の隣で小声で言った。

「受け取っている」

「記憶を?」

「ひとつひとつ、ちゃんと」朝倉の目が、少し潤んでいた。「大切にしている」

ハツさんの番が来た。

ハツさんは、ゆっくりと進み出た。

杖をついて、一歩ずつ。


御神体の前で、深く頭を下げた。

「ご無沙汰しておりました」ハツさんは言った。「ハツでございます」

 境内が、静まり返った。

「今年は、一つお願いがあって来ました」ハツさんは続けた。「じいさんの顔を、思い出させてほしいんです」


御神体は、何も答えなかった。

でも本殿の空気が、揺れた。

朝倉が、そっと前に出た。

俺は一歩後ろに立った。

朝倉は、ハツさんの隣に立った。

「ハツさん」朝倉は小声で言った。「目を閉じてください」

「目を?」

「ご主人のことを、思い浮かべてください。顔は浮かばなくていい。声と、笑い方だけでいいです」


ハツさんが目を閉じた。

朝倉が、御神体に向かって手をかざした。

「ここに預けられていた記憶が、あるはずです」朝倉は静かに語りかけた。「ハツさんのご主人が、毎年語ってくれた記憶が。どうか、見せてあげてください」


沈黙が来た。

長い沈黙だった。

やがて、御神体の光が、強くなった。

柔らかい光が、ハツさんを包んだ。

ハツさんが、息を呑んだ。


「……あ」

「見えますか」と朝倉が聞いた。

「見える」ハツさんは目を閉じたまま、涙を流した。「じいさんが——笑っている。こんな顔だった。こんな顔で、いつも笑っていた」

境内が、静かだった。

誰も、何も言わなかった。

「若い頃の顔だ。結婚した頃の。それから——歳を取った顔も。全部、見える」ハツさんは声を震わせた。「ああ、覚えていてくれたんだね。神様が、ちゃんと覚えていてくれた」


ハツさんの頬を、涙が伝った。

でも顔は、笑っていた。

十五年間ぼやけていた顔が、光の中で、はっきりと浮かんでいた。

しばらくして、ハツさんが目を開けた。

朝倉を見た。

「ありがとうね」


「御神体が覚えていてくれたからです」朝倉は言った。「私は、お願いしただけで」

「それでも、ありがとう」ハツさんは朝倉の手を握った。「あんたのおかげで、じいさんにもう一度会えた」

「ご主人の記憶は、これからもここにあります」朝倉は静かに言った。「忘れそうになったら、また会いに来てください」

「そうさせてもらうよ」ハツさんは微笑んだ。「毎年、来る」

「待っています」


境内の端で、一連のやりとりを見ていた菊池さんが、目を拭いていた。

隣で見ていた俺に、小声で言った。

「祖父が、聞いたら喜ぶと思います」

「菊池さんのおじいさんも、このお祭りが好きだったんですか」

「祖父は——記憶を失ってからも、お祭りの夜になると、境内にいたそうです」菊池さんは微笑んだ。「何を忘れたのか分からなくても、体が覚えていたんでしょうね」

「記憶は、消えないんですね」

「そうですね」菊池さんは境内を見回した。「形が変わっても、どこかに残っている。それが、この神社の教えなんだと思います」


祭りの終わりに近づいた頃、菊池さんが俺たちを呼んだ。

「お二人も、語っていきませんか」

「俺たちも?」

「御神体も、待っていると思います」

朝倉と俺は、顔を見合わせた。

朝倉が先に前に出た。

御神体の前に立った。

深く頭を下げた。


「朝倉詩音です。春に、一週間通わせていただきました」

御神体の光が、ふわりと揺れた。

「あれから、また新しい記憶が増えました。話してもいいですか」

光が、頷くように揺れた。

「この春、図書館の地下で——あなたのおかげで、記憶が戻りました。その後、小さな人形が縁を繋いでくれました。光雄さんと遥介さんが、涙の再会をしました」


朝倉は、一つひとつ、丁寧に語った。

「大切な人と、毎朝おにぎりを食べたことも、覚えています。普通のことですが——大切な記憶です」

俺は後ろで、少し笑った。

「それから——」朝倉は少し間を置いた。「去年の春、卒業式の日に、名前で呼ばれたことを、まだ覚えています。今も、ちゃんと覚えています」

朝倉の声が、少し震えた。

「ありがとうございます。忘れさせないでいてくれて」


朝倉が一歩下がった。

御神体が、淡い光を放った。

受け取った、という光だった。

俺の番になった。

御神体の前に立つと、少し緊張した。

何を語ればいいか、分からなかった。

でも言葉は、自然に出てきた。


「桐島湊です」

光が、揺れた。

「去年の春、この大学に入りました。一人暮らしを始めて、押し入れの奥の人形と出会いました」

境内の人たちが、静かに聞いていた。

「怪異と向き合うことは、怖いです。でも——怖いと思いながら、一緒に向き合ってくれる人がいます」


隣で、朝倉が息を呑む気配がした。

「その人の名前を、毎日呼んでいます。呼ぶと、戻ってくると言っていたから。でも本当は——呼ぶ自分の方が、戻ってこられるんだと思います」

俺は、ゆっくり息を吸った。

「その人のことを、忘れません。この先、どんなことがあっても」


御神体の光が、強くなった。

温かい光だった。

受け取ってくれた、と分かった。

お祭りが終わって、境内に静けさが戻った。

提灯の灯りが、一つずつ消えていった。


朝倉と俺は、縁側に座った。

夜空が、広かった。

星が、信じられないほど多かった。

「すごい星だな」と俺は言った。

「うん」朝倉は空を見上げた。「地下のものの記憶にもない。こんな星空は、この土地にしかない」

「記憶に残るな」

「残す」朝倉は静かに言った。「ちゃんと残す」


しばらく、二人で星を見ていた。

虫の声が、静かに響いていた。

「湊」

「何だ」

「さっき、御神体の前で言ったこと」

「何を言ったか、あまり覚えていないんだが」

「その人の名前を、毎日呼んでいる、というところ」

「ああ」

「本当は呼ぶ自分の方が戻ってこられる、と言っていた」

「言った」

「……それは、初めて聞いた」

「初めて言った」


朝倉は星を見たまま、少し黙っていた。

「私も」朝倉は言った。「名前を呼ばれると戻ってこられる、と言ってきた。でも——呼んでくれる湊が、同じように戻ってきているとは思っていなかった」

「戻ってきている」

「そうなのか」

「詩音の名前を呼ぶと、ここにいる、と分かる。怖いことがあっても、ここに戻ってこられる」


朝倉は、ゆっくりと俺の方を向いた。

「……そうか」

「そうだ」

「お互い様だな」

「お互い様だ」

朝倉は、少しだけ笑った。

それから、俺の肩に、頭をそっと預けた。


何も言わなかった。

俺も何も言わなかった。

星空の下で、二人でただ、そこにいた。

翌朝、帰る支度をしていたら、菊池さんが小さな包みを持ってきた。

「お二人に、これを」

白い和紙に、丁寧に包まれていた。

「何ですか」

「開けてみてください」

朝倉が包みを開いた。

中から、小さな木の像が出てきた。

二センチほどの、とても小さな像。

御神体と同じ形をしていた。

でも、ずっと小さくて、柔らかい木の香りがした。


「御神体の、分身です」菊池さんは言った。「祖父の遺した作法で、御神体から少しだけ、記憶を分けてもらいました。お二人の記憶が、この中に入っています」

「俺たちの?」

「昨日、語っていただいた記憶です」菊池さんは微笑んだ。「御神体が、大切に保存しておきたいと言っていたので——お二人にお返しします」


朝倉は、像を両手で包んだ。

「温かい」

「大切にしてあげてください。また会いに来たときには、一緒に連れてきていただければ」

「必ず」朝倉は言った。

菊池さんは、俺に向き直った。

「桐島さん。確か——お部屋の本棚に、空いた場所があると伺いました」

「朝倉が話したんですか」

「手紙のやりとりで。大切なものを置ける場所があるなら、と思って」


俺は、朝倉を見た。

朝倉は少し目を逸らした。

「ありがとうございます」俺は像を受け取った。「ここに置かせてもらいます」

「小さくて、温かいもの」朝倉が、小声で言った。「前に言った通りだ」

「そうだな」


帰りの電車で、俺は像を手のひらに乗せていた。

木の香りがした。

温かかった。

「凛に、写真を送るか」と朝倉が言った。

「送ろう」

朝倉が、境内で撮った写真を送った。

すぐに、返信が来た。


きれい!!すごい!!先輩たち、素敵です!!

凛の分も挨拶してきた

ありがとうございます!!来年の春、絶対に行きます

待っている

あと——湊先輩、その小さな像、可愛いです。どこに置くんですか

本棚の空いた場所だ

人形がいた場所ですね。ちょうどよかった

そうだな

新しい仲間が、来ましたね

そうだな

おやすみなさい、先輩たち。受験勉強、頑張ります

おやすみ。頑張れ


アパートに戻ったのは、夜だった。

部屋に入って、本棚の空いた場所に、小さな像を置いた。


ちょうど、収まった。

「ここにいてくれ」俺は像に言った。

返事はなかった。

でも部屋の空気が、ふわりと温かくなった。

朝倉が、後ろから覗き込んだ。


「いい場所だな」

「そうだな」

「前の人形と、似ている」

「雰囲気がな」

「でも違う」朝倉は像を見た。「こっちは——私たちの記憶でできている」

「そうだな」

「だから、ここにいてくれる」朝倉は静かに言った。「ずっと」


窓の外に、街の夜が広がっていた。

遠く、東北の山の上にも、同じ星が出ているはずだった。

記憶神社の御神体の前に、今夜も光が集まっているだろう。

忘れられた記憶が、一つも迷わないように。


「湊」

「何だ」

「来年も、行こう」

「行く」

「毎年、行く」

「毎年行く」

「約束か」

「約束だ」

朝倉は、小さな像の前で、そっと微笑んだ。

像が、淡く光った気がした。

気のせいかもしれなかった。

でも——それでよかった。

書く予定の無かった回です。

何となく星空を見ていたら思い浮かんだので書いてみました。

二人の距離も更に縮まったかな?

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