御伽話と、『私』の話
御伽話をしてあげる。
え?……もう。子供扱いなんてしてないよ。
これは『お伽話』と言っても、私たちのご先祖様たちのお話。
わかりやすくして語り継がれてきた、大事な大事なお話。
誰でも知ってる、始まりのお伽話。
だから、思い出すかもしれないでしょ?
目を閉じて。
想像して。
聴いて。
【昔々、私たちのお爺さんお婆さんの、お父さんお母さんが産まれるよりももっとずっとずっと、ずーっと昔のこと。
人々は、今私たちが住んでいる場所とは別の、広い広い大地に住んでいました。
陽の光が差し、山があり、森があり、川は流れ、海は緩やかに波をたて、風は優しく吹く、そんな場所でした。
そこで知恵や道具を使って、皆それぞれ暮らしていました。
しかし、決して平和ではありませんでした。
ある時から、『魔獣』と呼ばれる恐ろしい怪物が、世界中に現れ始めたのです。
炎の魔獣は人里を焼き、
海の魔獣は村々を飲み込み、
霧の魔獣は人々を溶かし、
森の魔獣は人々を食らい、
山の魔獣は土地を押し潰し、
毒の魔獣は土も水も毒に変え、
鎧の魔獣は人々を狂わせ、
血の魔獣は全ての生き物を操ってしまいました。
一体どこから来たのでしょうか?
何故人々を襲うのでしょうか?
それは誰にもわかりませんでした。
人々は知恵や道具や魔法で、なんとか土地や家や大事な人たちを必死に守って、怯えながらもたくましく生き続けました。
魔獣たちと戦える武器や方法も、少しずつでしたが編み出していっていました。
ところが、そんな最中。
それまでの全ての魔獣よりもずっと強く、全ての魔獣を従えてしまう、『夜の魔獣』が現れてしまいました。
『夜の魔獣』の闇は深く暗く、とても恐ろしいものでした。
それまでなんとか戦えていた人たちも、『夜の魔獣』には勝てません。
どうにか立ち向かえたのは、広い広い世界の中で、たったの三人だけでした。
一人は西の外れの国の王様。
一人は世界中を旅する戦士。
一人は最も賢い魔法使いで、アダムという名前でした。
アダムにはきれいな奥さんと、かわいい三人の子供がいました。
アダムは王様と戦士を呼んで、相談しました。
『私一人だけならば戦えるが、家族を守れるかはわからないのです』
『しかし私は家族を必ず守りたい。だから、遠く遠く、魔獣たちが追ってこられない土地に逃げようと思う』
『そのための魔法の扉を、今作っている』
『君たちも行こう』
『一緒に行きたい人がいるなら、誰でも何人でも、連れて来てくれて構わない』
『共に逃げて、新しい土地で生き延びよう』
それを聞いた二人は、それぞれ一緒に行きたいと思う人に声を掛けました。
王様はまず、友人を誘いました。
王様の国で一番の力持ちでありながら、とても優しく、何でも相談出来る心強い友人でした。
友人がいれば、王様に怖いものなど何もなく、友人も同じでした。
国をずっと守ってきた仲間でした。
戦士はまず、弟子を連れて来ました。
東の国の旅の途中で、森の魔獣に襲われていたところを助けた少年でした。
それから戦い方や勉強を教えてきていました。
ずっと一人で旅をしてきた戦士にとって、家族のような男の子でした。
三人は他にも声を掛け合いました。
魔法の扉が出来上がる寸前には、たくさんの人々がアダムの家の周りに訪れていました。
しかし、『夜の魔獣』が、そんな人々を追いかけてきてしまったのです。
他の魔獣も引き連れて、襲いかかってきました。
扉を壊されてはいけないと、戦える人たちは必死に抵抗しました。
王様も、王様の友人も、戦士も、戦士の弟子も戦いました。
たくさんの犠牲が出てしまいました。
しかし、絶対に魔獣を魔法の扉には近付かせませんでした。
そしてついに魔法の扉は完成し、アダムは叫びました。
「さあ、早く逃げよう」
アダムは家族と、傷ついた人たちを先に行かせました。
王様の友人は、渋る王様に人々を導くよう言って行かせました。
他の人たちも、次々と扉をくぐりました。
戦士は、そんな彼らを守れと弟子に言いつけて行かせました。
魔獣たちの前に残ったのは、アダムと王様の友人、そして戦士です。
王様の友人と戦士は頷き合って、アダムの背中を力いっぱい、扉へ向かって突き飛ばしました。
扉の向こうへころぶアダムへ、王様の友人と戦士は言いました。
「このまま私たちまで行ってしまったら、魔獣たちもそちらへ行ってしまうだろう」
「だから私たちは残って魔獣と戦う」
「そして扉を壊そう」
「魔獣が決してそちらへ行かないように」
そう言って、戦士は弟子が止めるのも聞かずに、扉を閉めてしまいました。
アダムは泣きました。
戦士の弟子も泣きました。
王様はとても怒り、そしてやはり悲しみました。
皆の涙が二粒落ちた時、扉は粉々に砕けてしまいました。
残った二人がどうなったのかは、誰にもわかりません。
ですが、二人によってアダムたちは、魔獣のいない土地へ辿り着くことが出来ました。
それが今、ユーモレスクと呼ばれるこの場所なのです。】
とても強くて優しいお話。
そしてとても悲しいお話。
これが、この世界の最初のお話。
聞いた事ない?
小さな子でも、誰でも知ってる話なの。
ーーー…………ーーー
そう。
ううん、ごめんなさい。
もしかしたら、と思っただけなの。
あなたが気に病む事はない。
それに。
これからをもう忘れなければ、良いだけだもの。
恥ずかしい?
あなたもそんな事を思ったりするんだ?
からかってなんかいない。
少し、嬉しかっただけ。
…………。
あのね?
このお伽話には、続きが三つあるの。
アダムの家族たちの話と。
王様と弟子のお話と。
全く別の立場の話。
全部繋がっているの。
……違うの。お話じゃなくて。
ーーー『私』に。
ごめんね?
思い出すかもしれない、と思ったのは本当だけど……実は半分。
もう半分は…………
貴方に知っておいてもらいたくて。
それで、決めて欲しくて。
……ねぇ?
続きも、聞いて、くれる?
『二人の天使』の、お話。
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「……天使信仰って、本当にいるんだ……」
信じられないと目を見開くトゥシャルレイに、ラインは鞘の刺繍を撫でた。
「首都は鉄壁だからな。実感ないのは仕方ないか」
「でもさ、何でその、天使?を信じてる人たちが暴れる訳?」
「…………教わってないのか」
「何か、時々事件を起こしてるって事はちょこちょこ聞いた、かな?
何だっけ?大昔の人たちが、怪物に追われて、天使の住んでるこの大陸に逃げて来たんでしょ?」
「そう。で、まあ……自分の住処に、断りもなく入ってきた人間が好き勝手やり始めたもんだから、ブチ切れた」
「一気に俗っぽいんだけど」
多少神妙に聞いていたトゥシャルレイが、瞬時に引きつった顔になる。
「わかりやすければいいだろ。それで、天使たちが人間を滅ぼそうとした」
「滅ぼす?何で?追い出そうとしなかったの?」
「自分の部屋にゴキブリが入ってきて、そっと捕まえて外に出す奴なんて、どのくらいいる?」
「え、いや……ちょっと、それは…………って、そんな認識なの!?」
「天使にとっては、な」
言い捨て、ラインは剣を撫でてゆき、柄に指をかけて擦った。
「その天使にこの大陸を返すべきだって言ってるのが、天使信仰。
で、最初に大陸に逃げ込んで来た人間の直系が」
そこで言葉を切り、ラインはトゥシャルレイの顔を見た。
指そうと上げ掛けた人差し指を、数秒フラリと揺らして、すぐに引っ込めて握る。
「貴族。連中にとってみたら元凶なんだよ」
ラインが言い切ると、トゥシャルレイは目を丸くした。
数秒ほど、そのままぱちくりさせてから、口をへの字に曲げる。
「とばっちりじゃない」
「そうだよ。完全にとばっちりだ。でも連中にとっては、親の仇よりも憎い対象になる。
俺が運が良かっただけだって言ったの、わかったか?」
「わかったけど」
「けど?」
まだ何かあるのか、と見ると、彼女は腑に落ちない顔で首を傾げてみせた。
「貴族だって、どうやってわかるの?」
「見た目」
「みたっ……はぁ!?」
無理もない返答に、トゥシャルレイは素っ頓狂な声を上げる。
ラインはそれも想定済みとばかりに、思いつくものを連ねながら指を折った。
「肌は日に焼けていないか、髪は手入れされてるか、服や持ち物の質、靴のすり減り方、体型、歩き方、仕草、話し方、物の食い方……思いつくのはこの辺りか。
ああ、あと金髪に碧眼なんかだと、真っ先に狙われたりするらしい」
「ほとんど思い込みじゃない!!」
「そうだ。ただの思い込みで、本気で殺そうと襲ってくる」
先ほどとほぼ同じように肯定すると、さすがにトゥシャルレイは呆気に取られた。
無理もない。
貴族と言っても、ひと目でバッチリわかるような人間など稀な上に、そういった貴族の人間は安全圏から出る事はほとんどない。
数年前ならば、政治に関わる貴族たちの移動を狙うなどあったが、今は軍警察が設立した、専門家の魔術師たちで結成されたメッセージセンターが各地に建っている。
危険を冒して郊外に出る者は、それこそ皆無になった。
それでも信仰を持った彼らは止まらない。
『そう』と判断したならば、彼らは凶器を手に走ってくる。
例えば、少しばかり裕福な農家の夫婦が、豊作のカボチャを大きな街で売ろうと馬車で出掛けたら、その三日後に襲われた、という事例もある。
鞘を撫でていたラインは、チリ、と僅かに痛んだ指先に眉を寄せた。
「奴らは、自分たちが絶対正しいと信じて疑わない。仲間の誰か一人でも、指を差して『アイツだ』って言ったら、全員が斧やら鉈やら振り上げてくる」
どこか怒りのこもった声に、トゥシャルレイはたじろいだ。
睨まれた時よりも、怒鳴られた時よりも、何か、寒気を覚える。
「……信じられない」
どうにか出せたのは、そんなありきたりな言葉だった。
ラインは肩を落とし、カップに注いだままだった水をグイッと一気に飲み干した。
「どうする?」
「え?」
唐突に尋ねられ、トゥシャルレイは目を瞬かせた。
「俺は君の親父さんから、君を何が何でも首都に連れ戻す依頼を受けてる。
だから、正直なところ、気絶させて担いで行くのが一番楽なんだが」
「う……」
トゥシャルレイが口許をひきつらせる。
世間知らずと言えども、頭一つ分以上の大男を簡単に放り投げた場面を見た後では、彼の発言はハッタリでも何でもないとわかっただろう。
隙を見て全力疾走したとして、先ほど見せられたばかりの魔術で追いつかれて終わりだ。
口を結ぶ彼女に、ラインはわかっているとばかりに瞼を伏せた。
「ただまぁ……楽は楽だが、通行人に勘違いされるのは面倒だからな。俺としては、大人しくついて来てもらえるのがベストだ」
コツ、と薪割り台の上にカップを置く。
そして、ラインは人差し指と中指の二本を真っ直ぐ立てて見せた。
「ワガママを二つ、聞いてやる。
それで大人しく俺と首都に帰れ」
ラインのその言葉に、トゥシャルレイは今度は目を丸くした。
「……二つ?」
「そう、二つ」
「普通、一つじゃない?」
気にするのはそこなのか、と思いながら、ラインは手を引っ込め、額を隠すように前髪をかいた。
「……単なる気まぐれだ。
ああ、でも一つで良いなら別にそれで」
「いっ、いい!二つ!二つね!」
ラインの言葉を、トゥシャルレイは慌てて遮った。
そしてそこで、しまった、と苦虫を噛み潰した表情をする。
同意してしまったのだ。
この男に連れられて、首都に帰る、と。
仕組まれてしまっていたのではないか、とすら思えた。
彼女の目の前の男は、彼女よりも歳上であるのは確かだが、青年、と言って差し支えない。
擦り切れた鋭利なナイフのような印象を受けるのに、どこかが歪な、そんな奇妙さが垣間見えた。
「よし、ならまずは街道に戻って」
「待って!」
腰を上げようとする彼を、トゥシャルレイは手で制した。
「一つ目。わたしが行こうとしてた、バディヌリー聖堂に連れて行って」
ラインの紅い瞳が、キュッと引き締められる。
「さっき言ったよな?壊滅したって」
「わたしも言ったでしょ?信じられないって。
危ないとか言うなら、遠目から見られる所まででも良いから」
澄み切った蒼玉のような双眸を、彼女は出来る限り鋭くして彼に対抗した。
「父さんが雇ったんだもの。
もしそのおかしな人たちが来ても、貴方がいれば何とか出来る。そうなんでしょ?」
「…………」
今度は、ラインが呆気に取られた。
挑戦的な、挑発的な物言いと目。どうだ、と言わんばかりの口。
それは、『令嬢』というイメージからは、遠くかけ離れたものだった。
ラインは、上げようとしていた腰をドカッと下ろして、深く深くため息をついて下を向き、額に掌をあてがった。
「……あぁ……まぁ、そうだよな」
ポツリと呟いた言葉は、トゥシャルレイには聞き取れなかった。
だから彼女は、彼が「やれやれ」だとか「まったく」だとか言ったものだと思い込んだ。
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御伽話をしてあげる。
そう、この前話したお話の。
正しく言うとね?続きではないの。
だけど、とても大切なお話。
『私』の、お話。
最初のお伽話の、もう一つのお話。
『二人の天使』のお話。
【いつかもわからない、
どこかもわからない、
ただ、世界を創った誰かの声を聴く事が出来る場所。
そこには天使たちが住んでいました。
天使たちは全て等しく清らかな姿で生まれて、世界を作った誰かの声を聴いていました。
平等な世界。
争う事も、羨む事も、蔑む事も、何もありません。
天使たちは誇らしく思っていました。
醜い事は何一つない事を。
世界を作った誰かを、天使たちは『主』と呼んでいました。
『主』は、別の世界を二つ創られました。
その一つに、私たち人間が暮らし始めました。
天使たちは私たちのその様子を眺めては、笑い、哀れんでいました。
無知でか弱い姿で生まれ落ち、限られた中で力を得ても、やがて必ず朽ちてゆく。
彼らとは異なる、不完全な存在。
天使たちは眺めていました。
人間たちは、幼い内は何も出来ない。他者と意思疎通すら叶わない。
新しい物を作り出しては、また別の何かを作り出す。
土地や権力や財を求めて求めて、果てしなく求めて争う。
求めたものをようやく手にしたとしても、それを手にし続ける事なく土塊になる。
なんて無為な。
異質な存在なのだろうか、と。
それでも天使たちは、ずっと眺めていました。
やがて。
人間の住む土地に、恐ろしい『魔獣』が現れたのです。
いくらかの知恵や道具を手にしていても、人間たちになす術はありません。
もがいてもがいて、一部の人間が使えるようになった魔法でも、『魔獣』の大きさや力、数には対抗しきれません。
『魔獣』は、恐れ逃げ惑う人間たちを、容赦なく襲ってゆきました。
驚いたのは天使たちだけではありませんでした。
『主』もたいへん驚き嘆きました。
逃げ惑い、苦しむ人間の姿に、とても心を痛められました。
そこで、『主』は天使たちの中でも、とびきり力を持った二人を、自分の目の前に呼び出しました。
一人はルシフェル。
星々のような銀色の髪の、剣と盾を持った天使でした。
一人はミカエル。
太陽のような金色の髪の、天秤と鍵を持った天使でした。
『主』はこの二人の天使に言いました。
「人間たちのもとへ赴きなさい。
ミカエル。お前の天秤で彼らを測り、必要ならばその鍵を使いなさい。
ルシフェル。お前の盾で彼らを守護し、必要ならばその剣を振るいなさい。
私は、私自身に課した制約により、動く事は出来ないのです。
お前たち二人が、見定めて決断しなさい」
二人の天使は、『魔獣』に怯える人々のもとへ向かいました。
美しい姿を隠して、人々と同じように歩き、様々な人々を見て回りました。
そして。
魔法の扉を作り出して逃げようとしている、アダムたちと出会いました。
ミカエルは怒りました。
『主』が与えた土地を棄てるなど、あってはならないと、アダムに叫びました。
それまでの旅の中で、幾度も天秤で計り続けてきた彼は、人間に呆れ返っていたのです。
ルシフェルは憐れみました。
『魔獣』はあまりにも残酷で恐ろしい。
それでも懸命に戦い抗い続けてきた彼らを、尊く思えてきていたのです。
そして『夜の魔獣』に勝てる者など、誰もいないと理解していました。
そんな中。
アダムたちが魔法の扉を完成させました。
ミカエルは一人も通さずに、扉に二度と開かない鍵を掛けようとしました。
しかし、ルシフェルが盾でそれを防ぎました。
ミカエルは驚きました。
ルシフェルはさらに、自分の剣を、アダムの子供たちに渡し、早く逃げろと言いました。
ミカエルは怒り狂いました。
それはしてはならない事だと。
あってはならない事だと。
しかし、ルシフェルは動かず、盾はびくともしません。
ミカエルは問いかけました。
「私の兄弟、何故その人間たちを助ける?
その人間たちが何をしようとしているか、
どこへ行こうとしているか、わからないのか?」
ルシフェルは問いかけました。
「私の兄弟、お前こそあの『魔獣』がどれだけ恐ろしいものかわからないのか?
どうしてこの者たちが逃げる事を咎める事が出来る?」
二人の天使の言い合いは、決して交わり重なる事はありませんでした。
我慢が出来なくなったミカエルは、天使の姿に戻りました。
ルシフェルもまた、天使の姿に戻りました。
やがて、ほとんどの人間が扉を潜り抜け、残った二人の人間が扉を閉めました。
残った人間の二人。
旅の戦士と西の王様の友人は、残った力の全てを使って、扉を粉々に壊しました。
自己犠牲。
それは最も尊い行い。
ミカエルは嘆き、ルシフェルは涙を流しました。】
……おかしな終わり方?
そうだね。
でも、知りようがないんだもの。
私たちは、逃げ出したアダムたちの子どもの子どもの、ずーっと後の子どもたち。
砕かれてしまった扉の向こうで何があったのか、わかるはずがないの。
わかるのは……そう、その少し後の事。
アダムと、奥さんと、三人の子供たちにあった事。
これが、『私』に直接繋がる話になるの。




