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剣と魔術と 天使 の世界で  作者: hisa
セレナーデ
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11/12

剣士の鬱屈

「ルシフェルの剣と鞘は、ルシフェルの権能であった魔法を発動させる事が可能です」


 自身の持つ大太刀を見せ、『最強の聖堂守護者』と呼ばれる彼女は言う。


「その力は、剣の銘によって差があります。

 私が預かる『イラの大太刀』は、ルシフェルの権能『断絶』の魔法に特化した物です。それと、魔力操作にあまり難はありません。その証拠に、私は魔術師ではありません」


 聖堂の印である、暁の星の意匠が施されたケープ。

 その下には、隙なく着込んだ軍服。

 大太刀を鞘から抜き放つ間も、隙一つない。


「剣の中でも、後期に造られた物のためでしょうね」


 身長の半分以上もの刀身の大太刀を、真っ直ぐに、揺れる事なく構えて見せる。


「貴方の持つ『スペルビアの長剣』は、最初期に造られた物です。

 挙げられる特徴は、ほとんどありません」


 彼女にならって、剣を抜く。

 と言っても、彼の持つ剣の鞘は、縦に開閉出来る仕様になっている。持つ手の首を、ほんの少しひねれば、すぐに全体が露わになる。


 目の前の彼女の大太刀よりも、刀身は短い。

 だと言うのに、切っ先すら微動だにさせない彼女に比べ、彼は剣全体を震わせてしまっていた。


 重いのではない。

 抜いた瞬間から、全身を締め付けられるほどの圧力が掛かっている。

 さらに、喉を強力な力で掴まれているような息苦しさも襲ってきている。


「しいて言えば、抜けば常に大量の魔力が放出される事でしょうか。

 空気中の魔力と同質の物です。自分の体内魔力で御せなければ、満足には動けません。

 ーーーそして」


 彼女は、つま先で軽く地面を叩いた。

 直後、彼女の姿がかき消える。


 空気が切れる音に、彼は振り向いた。

 正面数メートル先に立っていた彼女が、今の一瞬で彼の背後にいた。


「ーーーっ!」


 次には、彼は殴り飛ばされていた。


 剣だけは放す事はなかったが、情けなく地面に転がり土をかぶってしまう。


 彼女は表情一つ変えず、片手に大太刀、片手を固めた拳で立っていた。

 ただ腕の振りかぶりだけで、彼を地面に転がした。


「今、私が使ったのが『断絶』の力の応用です。運動能力・腕力のリミッターを、一時的に断ちました」

「……呪文の詠唱、なしで?」

「動き回っている時に、いちいち唱えていられません。

 呪文を唱えるのは、ネフィリムを『断絶』する時だけが望ましいです」


 立ち上がりながら、彼は口の中に入った砂を唾液と共に吐き出した。


 運動能力と腕力のリミッターを断った、と彼女は何でもないように言ったが、とんでもない。

 それは人間の身体が、自らの生存のためにかけている枷だ。寿命を縮める行為に等しい。


 立って、長剣を構える。

 相変わらず、重い。これでも集中しているのだが、体も剣もひどく重く、動かし難くて仕方ない。


 だが、覚えなくては。


 彼女ほどといかずとも、木剣を持った時と同じくらいまで立ち回れなくてはならない。


 そうでなくては、また守れない。


「……先ほども言いましたが、この『イラの大太刀』は、剣の『断絶』の力に特化しています。言い換えれば、鞘の『封印』の力はそれほどでもありません。

 貴方のその『スペルビアの長剣』は最初期に造られた、言わば全てのルシフェルの剣と鞘の原型になった物です。

 御し難くとも、この大太刀よりも汎用性は高い。

 例えば……」


 彼女が挙げた例を聞いて、彼は剣を持つ手に力を入れ直した。


「……それは、必要だな」








=========







「聞きましてよ、トゥシャルレイさん?貴女、家出なさったんですって?」


 休学明け当日の、下校時間。

 正門を出るまで、どうにか誰にも会わずに済んだ、と思っていたトゥシャルレイは、ガックリと肩を落としたい気持ちをどうにか抑えた。


 背後から声を掛けてきた、特徴的な甲高い声。

 振り返らなくてもわかる、わかるのだが、一応振り返る。


 輝くほどに眩しい金髪に、トゥシャルレイのものよりも明るい碧眼。

 少女……と呼んでいいのかわからない人物。

 同い年で間違いないのだが、小柄なトゥシャルレイと比べていくらか上背がある。

 それに加えて、貴族特有の上からの態度に、何故か持ち歩いている扇子。

 さらに周囲に必ずいる、やはり金髪の取り巻きたち。


 5つ6つ歳上とでも思い込まないと、やっていられない相手だった。同い年なのだが。


 トゥシャルレイは、不快感をなんとか顔に出さないようにして、ヘラ、と笑った。

 しかし実は引きつった笑みになってしまっており、対面した相手を小馬鹿にしたように見えているのだが。


「やだなぁ、もうミッシェルさんにまで話がいってたの?」

「ええ、そうですよ?」


 トゥシャルレイの引きつった笑いに、気分を害しながら、その令嬢らしい令嬢であるミッシェルは、扇子で口元を隠しながら続けた。


「クティルナード家のご令嬢が、まさか、と思いましたけれど。

 でも、貴女でしたら仕方ないのかしら?」


 ここまで型にはまったご令嬢というのが、この学校には本当に多い。

 授業中はそう気にならないのだが、登校時・休み時間・昼食時、そして下校時は、うんざりしてしまう。


 いっそのこと、父に頼み込んで下町の学校に転校させてもらいたい。


「そもそも貴女、言葉遣いからして名家の」


 ミッシェルが言葉を切る。


 目を合わせたくなくて、彼女の背後の看板を眺めていたのだが、おかしな途切れ方にトゥシャルレイはミッシェルを見た。

 ばっちり化粧をした目を見開き、ポカンとしている。取り巻きたちも同じだ。


 疑問に思って、どうかしたのか、と聞くより先に、トゥシャルレイの背中に別の声が掛かる。


「トゥーシャ」


 聞き覚えのある、低い声。

 振り向くと、予想通りの人物がいた。


 黒に近い鳶色の髪に、ジャケットもズボンもほぼ黒ずくめ。

 鋭い瞳だけが真紅の、長身の青年。

 相変わらず、背中に無骨な長剣を背負っている。


「ライン!」

「ナギさんから学校だって聞いて、暇だから何となく来てみたんだが」


 チラ、と、ラインはミッシェルたちを見た。

 彼女らはその視線に、大げさに肩を跳ね上げて身を寄せ合った。


「来ない方が良かったか?」

「うぅん、そんな事ない!」


 むしろ助かった、と言いたいのをこらえ、トゥシャルレイはラインに近寄った。


「あっ……あの、トゥシャルレイさん?」


 ミッシェルが上擦った声で呼び掛ける。


「何?」

「その、と、殿方は、どちら様ですの?」


 殿方。


 またも令嬢特有の言い回しに、ラインを見上げた。

 ラインはトゥシャルレイを見下ろしたまま、ミッシェルの方をもう見ようともしない。

 まるで興味がないとばかりに、目線を上げようともしなかった。


「どちら様だろう?」

「何で俺に聞くんだ?君が思うように言えば良いだろ」

「そう?」


 首を小さく傾げ、トゥシャルレイはラインの顔をじっと見た。

 それからミッシェルに向き直る。

 ミッシェルは目に見えて動揺して、ラインとトゥシャルレイを見比べていた。


 そこで、悪戯を思いつく。


 トゥシャルレイは、今度はニッコリと満面の笑みを浮かべてみせた。


「危ないところを助けてくれた人で、今も、色々と、気に掛けて下さってる方ですの」


 わざと令嬢の言葉遣いを真似て返すと、ミッシェルは顔を引きつらせた。

 さらに周りの取り巻きまで、口を手で覆う、頬に手をあてがう、化粧が剥がれそうなほど顔を歪めるなど、様々なリアクションをしてくれる。


「じゃあ、ライン。行こう」

「あ?ああ」


 それに満足し、トゥシャルレイは家への道を指した。


 早足で真っ直ぐ歩き、曲がったところで足を止めて大きく息を吐く。


「あー、イヤだった、あの言葉遣い!」


 嫌悪感むき出しで腕をさする彼女に、後ろからついて来たラインは思わず薄笑いをした。


「確かに、だいぶ無理してたな?」

「本当にヤダ!何であんな回りくどくて、含みのある喋り方で毎日過ごせるの?

 やっぱり父さんに言って、今からでも下町の学校に転校させてもらおうかな」

「それは絶対にやめろ」


 即座に止められ、トゥシャルレイはキョトンとした。

 ラインの目が、さらに鋭く据わっている。


「なんで?」

「あんなのだけじゃ、済まなくなるぞ。首都の中とは言え、格差に不平不満を持った奴なんて、いくらでもいるんだからな?」

「わたし、護身術くらい出来るもの」

「護身術を進んで使おうとするな。……まったく」


 構えてみせるトゥシャルレイに、ラインは心底呆れ果てた。

 後で、彼女の屋敷の執事のナギと、父親のレイクにひと言告げておくべきだろう。

 内心強く決め、足を進めてトゥシャルレイの横を通った。


「しかしさっきの、何だったんだ?」

「さっきの?」

「あの、いかにもなお嬢様相手に言ってたやつ」


 見えない場所に入ってから、わざわざ自己嫌悪までして。


 それと、横目でチラリと見えたのだが、あの令嬢集団の中心人物らしき少女は、何か相当なショックを受けていた。


「あぁ、あのミッシェルって子ね。ああ見えて『深窓のご令嬢に忠誠を誓う騎士』って話が、だーい好きなの」

「『深窓のご令嬢』……」


 ラインはトゥシャルレイを凝視した。

 それから、自分の姿をまじまじと見下ろす。


「『騎士』……?」

「あの子、世間知らずだから」

「君が言うか」


 即座に返した。

 一週間も経ってない今頃、妹を探すために家出して、ぼったくり馬車に遭っていたと言うのに。


 しかしトゥシャルレイはケロリとした顔をした。


「わたしは、家から学校までの道すら知らないなんて事ないもの」


 言って、スタスタと迷いなく歩き始める。


「……そう言えば君、送迎は」

「わたしは歩きたいの。そんなのいらないって言ってあるから」


 それでか、と。

 斜め後ろ、一定の距離を保ってついてくる気配に納得する。

 一瞬見えた影から察するに、あのロベルタというメイドだろう。おそろしく手慣れている。

 苦労しているようだ。


 ラインは大きく足を進めた。

 トゥシャルレイとの距離はすぐに縮み、彼女の前へ出る。

 トゥシャルレイを、彼とロベルタとで挟む形になる。


「ねぇ、そんな事より、どこを探してきてくれた?」


 だがそんな事も知らずに、ラインの隣に並び、トゥシャルレイが尋ねる。

 その顔には、わずかな期待が込められていた。


「ロマンツェって街に行ってきた。

 聖堂もある街なんだが、特に何もなかったな」

「えー……」

「手掛かりゼロなんだから、期待するなって言っただろう?」

「そうだけど」


 落胆し、口をとがらせるトゥシャルレイに、言いようもない悔しさがわく。


 そこでラインは、しまった、と自身の背中の長剣を見た。


 その数秒後。


 真横にストン、と男が降ってきた。


「え?」


 トゥシャルレイがそちらを向くより先に、ラインは彼女の肩を掴んで背後に回した。

 その時にはすでに男の手が伸びてきてーーー


 ライン顔の横を通り過ぎ、長剣の柄を捕えた。


 その壮年後期の男の、白に近い薄藤色の髪の下から、猛禽類のものに似た左目が光る。

 その顔も目も、ラインはよく知っていた。


「やめ……!」

「『喰らえ、白狼』」


 ラインが抵抗する暇も与えず、男は短い呪文を唱えた。


 辺り一帯に、大量のグラスを叩き落としたかのような、けたたましい音が響き渡る。

 それと同時に、ラインは体を折った。


「がっ……は、ぁ……」


 目の前に火花が散るほどの目眩。

 腹の奥の奥から湧き立つ熱。

 脳が焼けるような衝撃。


「ライン!?」


 驚いたトゥシャルレイが、背中に触れながら名前を呼ぶ。


 心臓が跳ねる。


「……やめろ」

「え?」

「離れて……少し、黙っててくれ」

「は?なに?どうしたの?」

「…………ぐ」


 唇を噛む。

 ブツリ、と犬歯が突き刺さり、血が滲む。


 そんな様子のラインを、男は心底蔑んだ面差しで見下ろしていた。


「……この、クソガキが」


 低く吐き捨て、男が今度は、ラインのジャケットの襟を掴む。

 そして体を半回転させ、無造作にラインの体を、建物の壁に向かって投げ飛ばした。


 その時には、トゥシャルレイの前にはロベルタが出てきていた。

 両手に、握りの付いた短い棍、トンファーを構えて、


 ハッとした表情で、男を見る。


「コクト様」


 ロベルタに続き、トゥシャルレイも改めて男の顔を見る。


「……あ、リンゴの人」


 壁に背中を打ちつけられ、呼吸困難になりながらも、ラインはトゥシャルレイが口にした間の抜けた呼び名に、「何だそれ」と小さく呟いた。


「悪いが、今回用があるのは、この馬鹿でな。お嬢様を連れて屋敷に戻って、ナギに伝えといてくれ」


 言うや、コクトは未だ体を起こせずにいるラインの前に立った。

 ゆったりとした民族衣装の腰の帯から、刀を鞘ごと抜く。

 力加減など一切なく、鞘でラインの頭を打ち据えた。


「何してるの!?」


 叫んだのはトゥシャルレイだった。


「お嬢様、いいですから行きましょう」

「良いわけないでしょ!」


 ロベルタが家路を促すも、トゥシャルレイは噛み付かんばかりに反論した。

 さらに腕を取ろうとするロベルタの手を振りほどいて、駆け寄ろうとすらしてくる。


「来るなぁ!」


 ラインは、絶叫に近い声でそれを止めた。


 さすがにトゥシャルレイも、その場に立ち尽くして目をぱちくりさせる。


 ラインはまた激しい目眩に頭を振った。


 何か理由を言わなくては、と思うものの、頭の中がめちゃくちゃにかき回され、言葉が出てこない。


 ただ事でない様子のラインに、トゥシャルレイもどうしたら良いのかわからないままでいる。


 その光景を、コクトは冷めた目で眺めてから、大きくため息をついた。









 感情の『封印』を、もう少し強くかけておくべきだったと、しょぼくれたトゥシャルレイを見てから後悔した。


 ナギから、トゥシャルレイが復学した、と聞いて安心した直後。

 『おそらく、他の令嬢から嫌がらせを受けるだろう』と聞いてしまった。

 それで反射的に向かっており、学校の手前で我に返って、慌てて感情の一部の『封印』をした。


 その上で、離れた建物の上から観察していたのだが。


 ナギが懸念した通り、昼食時に先ほどの数名に、何やら難癖をつけられていた。

 移動教室の際に、足を引っ掛けられそうになっていた。軽くかわしていたのは、やや痛快だったが。

 その後も、学年も違う別の女生徒に何度か絡まれ、辟易した顔をしていた。

 ようやく下校、と思ったら、またしても。


 それで我慢が出来ずに出てきてしまった。


 耐えられていない時点で、『封印』を強めておくべきだったかもしれない。


 解除した後の弊害など、些細な事だ。




「何やってんだ」


 苛立ちを隠しもしないコクトは、容赦なく、刀の鞘の先でラインの頬をはたいた。


「感情と欲求の長時間『封印』なんざするモンじゃねぇって、何度言えばわかんだ、テメェは」

「……必要なんだ」


 ペッと、血が混じった唾を吐き、ラインは息をついた。

 コクトが「はっ!」と小馬鹿にしたように笑う。


「反動でそんな様をさらしちゃ、ワケねぇな」

「これは、アンタが一気に無理やり解除したからだろう」

「なら、さっさと立ってみろ」

「……チッ」


 舌打ち一つ、足に力を入れる。

 まだ頭の中がぐちゃぐちゃにされたままだったが、コクトとのいくらかの会話で少し落ち着いてきた。


 しかし。


 チラリと、トゥシャルレイの方を見る。


 鮮やかな碧玉のような瞳に、困惑の色が混じっている。

 柔らかな栗色の髪をふわりと揺らし、小さく首を傾げてくる。


 それを見ただけで、また意識がぐらついてしまう。

 噛み切ったばかりの唇を、また食いしばる。


「……んとに、ガキが」


 ラインのその様子に、コクトは心底呆れ果てた。

 刀を帯に戻し、左手で無造作にラインの髪をわし掴む。


「【code:a0d2f2=CeLB】」


 浮遊感。

 コクトの重力操作の魔術が、一瞬でラインとコクトを空中高くすくい上げていた。


 目も口もポカンと開けたトゥシャルレイが、見上げてくる。

 が、じっくり見る間などはなかった。

 石造りの建物の屋根の上。

 そこに先ほどとほとんど同じように投げ出された。


「『封印』してたのは、社会的欲求のほとんどと、感性欲求、睡眠欲、性的欲求。

 感情の方は、苛立ち、悲嘆、自責、期待、喜び、それと」


 コクトはつらつらと羅列していき、最後を言わずにラインを見下ろした。

 それまでされるがままにされていたラインが、殺意すらこもった目でコクトを睨みつけていた。


 それ以上言うな、と。


 その顔を見て、コクトは彼以上の怒りの表情を露わにした。


「その、ツラ」


 容赦のない蹴りが、ラインの顔の横を踏み抜く。


「アイツそっくりのツラで、ムカつく事をしやがる。

 それに、いつまでその服を着てるつもりだ」


 コクトは、忌々しそうにラインの首から下をゆっくりと睨んだ。

 黒を基調とした、一見すると何の変哲もないジャケットとズボン。

 特徴的な箇所と言えば、襟、肩、二の腕、さらに膝と足首側面に『なにかを繋ぐための』環状の金具が左右対称で付いているくらい。


「コレを渡してきたのはアンタだろう」

「ボロ雑巾みたいな格好で『首都まで行く』なんて言い張るガキに、いらねぇ服を押し付けただけだ。

 だいぶデケェから、すぐ別のモンに着替えて捨てるだろうと思ってな」

「コレが丁度良いんだ」

「……拘束衣が、か?」


 言うや、コクトはラインの襟首を掴み上げた。

 それでも、ラインは臆さずその怒りに満ちた目を見据えた。


「……ほら、アンタの力で引っ張り回しても、破れるどころか縫い目がほつれもしない」

「そりゃあ、この俺を縛り続けられてた服だからな。

 ……腹わた煮えくりかえる嫌味を言いやがって」

「何度も言うが、アンタが言う『アイツ』なんて俺は知らない」

「記憶を失くしてる分際で何言いやがる」


 吐き捨て、コクトはラインから手を離した。

 ついでと言わんばかりに、腹に蹴りを一つ入れながら。


「間違いなくテメェは、俺やナギと同じレクイエムの人間で、俺の戦友の親族だ」

「知らないって、言ってるだろう」

「何で否定する」

「どうでもいいからだ」


 拳が飛んできた。

 腕で防いだものの、凄まじい勢いにバランスを崩し掛ける。


 コクトは、さらに怒りに顔を染めていた。


「祖国がどうでもいい、だと?」

「侮辱してる訳じゃない。記憶にないんだ、どう思うもない。俺にとってはってだけだ」

「……テメェはどこまでも、あのお嬢様のためだけ、か」


 拳を引き、コクトは嘆息した。


「欲求の『封印』は見逃してやる。だが、感情の『封印』はするな」


 そして、猛禽類が獲物に飛び掛かる寸前のような、獰猛な目を向けてきた。


「次やったら、また強制的に解除してからアバラ三本折ってやる」


 ラインはため息をついて、服のあちこちを払った。


 拘束衣。


 牢屋だけでは心許ない危険人物を、動きを徹底的に封じるための物。

 そのため、先ほどコクトにも言ったが、あれだけ力づくで振り回されてもなお、糸一本すらほつれていない上に、布も不自然に伸びていない。


 彼の師並みにデタラメなあのコクトを拘束出来ていたと言うのだから、当然と言えば当然か。


「……レクイエムの七大罪人、『憤怒のコクト・アッシュグレイ』」


 小さくぼやいて、ラインはいつもの癖で、手のひらを額に押し付けるようにして前髪を掻いた。


 息を吸い込む。

 空を見上げる。


 無理にこじ開けられた、『封印』していた感情は、わずかながらどうにか落ち着きを取り戻していた。


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