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『堕天』-5

 明け方。

 空の色が濃紺から水色へ入れ替わる頃、アナは息を切らしながら歩いていた。


「はぁ……はぁ……辞めてやる。この仕事絶対に辞めてやる……」


 森の中を一晩中歩き続け、ようやく開けた場所に幾つかの建物を見つけると、どっと疲れが込み上げてきた。

 

「やっと……ついた……なんでこんな時に限ってコンパスが壊れてるのよ。くるくるくるくる回ってるだけで、何の役にもたたないし! おかげで一晩中歩かされたじゃないの!」


 目の下には大きな隈ができており、疲れと苛立ちを滲ませた表情。

 怒りに任せて何かを蹴飛ばしたい気持ちに駆られるが、辺りには草しか生えていない。弱々しい蹴りは虚しく空を切った。


 朝の空気を帯びた冷たい風が吹き抜け、アナの髪を揺らした。「ふぅ」と一息つき、顔をパンパンと叩く。


「さて、仕事仕事っと。」 


 アナの目の前にはのどかな風景が広がっていた。

 前時代的な石と木材を使った家屋。複数の家々が連なった先には数十人が集まることができそうな広場。

 村の横を流れる川沿いには水車小屋が見える。


「とりあえず本当に村があってよかった。にしても随分と田舎くさいところね。場所も場所だし、最近は外界との接触がほとんどなかったのかしら」

  

 村の入り口へと歩みを進める。

 早朝だというのに、何人か人の姿が見えた。アナの姿を見ると、彼らは視線を逸らした。まるで、そこにいないかのように、自分たちの作業に戻っていく。


「歓迎されては……まぁ、ないよね」


 アナは村の入り口からほど近くににある一軒目の家に差し掛かった。玄関には見知らぬ飾りが吊るされている。


「見たことない模様ね。例の神様のシンボルかしら。ん? これって……」


 建物を近くから見たアナは、どことなく違和感を覚えた。


「古い形の家なのに、木材が変色してない。石も綺麗なままだ。最近建てたのかしら」


 他の家々を見渡す。

 どの家も同じような古い型なのに対して、同じように素材が新しく感じる。古い家屋に見せているが、まるで最近建てたのかのように汚れが少なく見える。


(どういうこと? まるで古い様に見せかけてるみたい。それに……やっぱり)


 この村にいるのはヒューマンだけ。本来この地方に住んでいる亜人種は一人たりともいない。

 歩きながら、一人の男性とすれ違う。服装はこの地方によくあるシンプルな布のシャツとパンツ。動きやすく作業に適したような、気の抜けた格好だった。

 皮膚病を患っているのか、首の周りと手の一部でが炎症を起こしてるように見える。


「こんにちは」


 声をかけるが反応は返ってこない。


 次にすれ違った男性も同じような格好と顔立ち。

 男性の顔を横目に、すれ違いざまに振り返った。


(さっきの人と似てる。兄弟なのかしら)


 その次、さらにその次にすれ違った男性の顔も、顔立ちが同じ。

 服装の形や髪型は微妙に異なるが、あまりにも似すぎている。

 

 その後も何人かの村人とすれ違った。

 顔の種類はいくつかあるが、やはり同じような顔の人が多すぎる。


(いくらなんでも似てる人が多すぎる。それに原因不明の病ってこのこと? 資料にほとんど症状が書かれていなかったから疑問だったけど、通報者と言い、きな臭くなってきたわね)


 森の冷気を伴った風がアナの首筋を撫でた。

 ローブの下から、腰のホルスターに収めた杖の持ち手を抑える。


 アナは歩調を変えて、足早に村の奥へと進んだ。

 同じような家屋の並びの中、1棟だけ異なるデザインの建物が目の前に現れる。

 扉には他と同じような装飾が吊るされている。


 建物の周りを一周する。扉は正面の一箇所のみのようだ。

 ざっと他の家屋の3倍以上の大きさ。

 佇まいから、どことなく厳かな雰囲気を感じた。

 

「これは、教会かしら?」

 

 アナが扉に手をかけようとした。


「うがぁぁぁあああぁぁごがあああああおおおお!!」


 その時、村の方からまるで獣のような咆哮が聞こえた。

 

「え、何!?」


 慌てて振り返ると、さっきすれ違ったであろう男の一人が叫び声をあげながらのたうち回っている。

 それを見た周りの村人たちが彼の元に駆け寄り、取り囲む。だが何をするでもなくその場に立ち尽くしているように見えた。


「何あれ、絶対やばいじゃん」


 アナは彼らの元へ走り出した。


「《ISI》よ! どういう状況? 誰か説明できる人はいる?」


 アナは身分証を取り出し周りに見せつつ村人たちの間に割って入った。

 だが返答はない。それどころか、誰もアナの方を見もしない。

 手を胸のところに当てながら、ぶつぶつと何かを唱え続けているが、声が小さいのと男の唸り声のせいで聞き取ることができなかった。


「くそ、やっぱこうなるか。って、なによこれ!?」


 アナは唸り声を上げている男を凝視する。

 身体中が真っ赤に染まり、ところどころ皮膚が爛れて血が滲んでいた。


「何……これ?」

 

 アナは目を見開いた。

 帝都ではこれまで見たことがない初めて見る症状。

 考えを巡らせるが、対応策が思い浮かばない。


「仕方ない、とりあえず応急処置だけでも。アクアエレメント、アースエレメント起動。アナライ——」


「お待ちください」


「え!?」


 アナは腰のホルスターから杖を抜き、魔術を起動しようしたが、突如男の声に遮られた。


「お待ちください。捜査官。彼はそのままでいいのですよ」


「どういうこと!? ていうか、あなたは誰!?」


 アナは男に向かって声を荒げた。

 男は他の住人とは異なり、修道衣のような服を纏い、首から装飾品をかけている。


「申し遅れました。私はこの村で司祭をしているものです。彼はもうすぐ神の元に召されます。どうかそのままで、彼の使命を全うさせてください」


「そんな、見殺しにしろって言うの?」


 司祭を名乗る男をアナは睨みつけた。

 その時、地面を這う男は一際大きな声をあげた。

 そして動かなくなった。


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