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『堕天』-6

「先ほどは失礼しました。スカーレット捜査官。」


 教会の会衆席に座ったアナに対して司祭は頭を下げた。

 差し出されたお茶を啜りながらアナは司祭に言葉を返す。


「謝罪は結構です。司祭様。貴方は自らの宗教に則って彼を見送った。それだけのことです。しかし——」


「しかし?」


「救える可能性がある者を見殺しにするのは、ある意味殺人ではないですか? 帝国法に則り、然るべき対応を行います。近日中にこの村を《ISI》で捜査することになるでしょう」


 アナの強い言葉にも司祭は表情を崩さない。

 慣れていると言わんばかりに、つらつらと言葉を発した。


「それは一向に構いません。外の人間である貴女たちには、この村の風習は奇妙に思えるでしょうね。しかし、我々は先祖代々この村で細々と暮らしてきました。我らが信仰する神と共に」


 アナは礼拝堂の奥に配置された奇妙な形の像に視線を向けた。

 刺々しい木が円形に組まれ、その中心には灰色の十字架のようなものが佇んでいる。

 アナはその十字架に違和感を覚えた。研磨した石かと思ったが、どこか人工的な物質のようにも見える。まるで帝都で使用されている工業製品のパーツのような、鈍い輝きを放っていた。


「それについて、質問してもいいでしょうか?」


「どうぞ。私に答えられることなら、なんなりと」


 アナは「あんたに答えられないものがあるのかよ」と思ったが、ややこしくなりそうなので口に出すのは控えた。


「まず、この村で信仰されている宗教について。帝国内で信仰されている他の宗教とは異なるようですが、どのようなものでしょうか。今でも帝都以外では多神教。それぞれの地方神が共存しているというものが多いはず。しかし、聞いた話ではこの村で信仰されているのは一神教ということですか?」


「仰る通りです」


 司祭は十字架の方へ体を向けた。


「我らが信仰するのはケテルノウス様、ただお一人のみ。それ以外の神は人間が大衆を操る、縋ることを目的に創り出した紛い物にすぎないということです」


「それは、なかなか過激な思想ですね」


 アナは表情を崩さなかったが、内心では「こいつらヤバ。早く誰かに任せたい」と思っていた。


「そう思われるのは無理もないかもしれませんね。では、スカーレット捜査官。逆に貴女たちに問いたい。貴女方は神に会ったことはおありかな?」


 司祭の目が怪しく光る。


 (あ、これって布教されてるのかしら。長くなりそうで嫌だな)


「残念ながら、そういった経験はありません。しかし、私たちの神であるカリス様は常に天から見守ってくださっています」


「ふむ。つまりは、実のところいるかいないのか、わからない、と」


 (なんなのよこいつ! 人の揚げ足とるようなこと言って。 腹立つー!)


 アナの顔が少しだけ引き攣った。


「そう言う見方もできなくはないですね」


「そうでしょう。それに、貴女は先ほど神は天から見守ってくださっていると仰いました。その点は私たちの教義でも同意することです。しかし我らの神であるケテルノウス様は違います。天からはるばるお越しくださるのですよ。我々のために」


「……は?」


 思わず素っ頓狂な声が漏れてしまった。


「驚かれるのは無理はないでしょう。我々は古来より神と接触し、そのお告げを受け、そして教えに従ってきた」


「その結果が、病人を村人中で囲って見殺しにする行為ってこと?」


 アナは声を荒げてしまう。


「あれは病などではありません。聖痕です」


 司祭は流暢に続ける。


「我々はしばし、神によって導かれ、その聖なる地で洗礼を受けるのです。そして洗礼を終えた者には、その身に聖痕が刻まれる。あの症状は、彼らはこの不浄なる地から真に神の元へ誘われるための試練なのです」


 アナは眉を顰めた。

(今、症状って言った? そんな言葉を使うものかしら。やっぱりきな臭い)


「貴方達の言い分はわかりました。それぞれの教義が相容れないということも」


(いや、相容れないか知らんけど、そろそろこの司祭の話聞くのきつい。胡散臭すぎて眠くなってきちゃった)


 アナは必死に欠伸を飲み込む。


「ともかく……さっき亡くなった村人の身柄は我々で管理……しま……あれ?」


 急激な眠気。

 疲れと長話からくるものではなく、強制的なもののように思えた。


(いやいやいや、おかしい。こんな眠気。もしかして、一服盛られた……?)


 視界がぐにゃりと歪み、頭がふらつく。

 意識を集中して正気を保とうとするが、迫り来る眠気に逆らうことができない。

 アナの眼前には、穏やかな笑みを浮かべた司祭の姿があった。


「おやおや、長旅でおつかれでしょうか。スカーレット捜査官」


「……く……そ……」


 アナの瞼が閉じる。

 手からティーカップがこぼれ落ち、甲高い音を立てて割れた。


「ゆっくりと、お休みください」


 入り口から何人かの足音が聞こえる。

 沈みゆく意識の中、アナは必死に考えていた。

 司祭のむかつく顔を、どうぶっ飛ばしてやろうかと。

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