『堕天』-4
「記憶を失って森の中にいたのか。マモル、君はもしかして空挺騎士団にいたんじゃないか? 翼竜に騎乗してたけど事故で落下して、頭を打って記憶を失ったとか」
墜落現場への道中、マモルはアパルから様々な話を聞いた。
大陸を牛耳る帝国のことや、さまざまな種族がいること。魔術を用いた技術の発展が世界を支えていること。
そして、神をはじめとした未知への興味。
「アパルはオカルトが好きなんだな。僕と同じだ」
「ん? オカルトとはなんだい?」
自然に口から出てきた言葉なのに意味がわからず、しばらく考え込む。
「えーっと、なんだろう。思い出せない。けれど、きっと不思議な現象のことをそう言うんじゃないかな。僕のいた地域ではきっとそう言ったんだと思う」
「なるほど、オカルトか。良い響きだ! 気に入ったよ」
アパルは前髪で隠れた顔に笑みを浮かべているのだろう。表情は見辛いが、きっとそうだとマモルは思った。
「このまま二人で世界の謎を解き明かす旅に出ようか!」
「はは! いいねそれ。その時は動画に撮らせてくれよ。絶対にバズらせるから!」
聞き慣れない言葉にアパルは首をかしげる。
「マモルの言葉はわからないことが多いけど、きっと君の大切なものだったのだろうね。僕と話していくうちに少しずつ記憶を取り戻してくれれば嬉しいよ」
木々の間をマモルとアパルは進んでいく。
やがて、燻った炎の匂いが微かに鼻の奥を刺激する。
森の中の空気が、徐々に熱を帯びる。だが肌に感じる風はさっきよりも冷たくなっていった。
「……隠れろ!」
先導していたアパルはそう囁くと、木へ身を隠すように屈んだ。マモルも慌ててアパルの真似をする。
2人とも木の間から小さく顔を出し、様子を伺う。
薙ぎ倒された木々の間。
小さな火種があちこちで燃えている。辺りには鈍く光る白い破片がいくつか転がっている。
それらを囲うように光るロープのような線が浮いている。
その前には、黒衣の鎧を纏った騎士のような人物がふたり。
ロープの光を僅かに反射して、鎧は鈍く輝いて見えた。
遠目からでも、この先へは行かせまいとする威圧感を感じる。
「アパル、あれは誰だろう?」
「そんな……やはり実在していたなんて——ぐっ!」
アパルは急に腕を抑えて、押し殺した呻き声を上げた。
マモルは、アパルのシャツの下の皮膚が爛れているのを思い出した。
「アパル、大丈夫か? その腕、どこかで怪我を?」
「はぁ……はぁ……大丈夫。よくある発作だよ。心配ない。大丈夫。大丈夫」
まるで自分自身に言い聞かせるようにアパルは呟いた。
「それよりあいつらをどうにかしないと、神様の元に辿り着けない……くそっ。まさか本当にいるだなんて。それにしても早すぎる。この墜落は予測されていた?いや、そんなはずない。と、とにかく迂回して見張りの手薄な場所を探そう」
アパルは肩で息をしながら、焦るように早口で呟き続ける。
そこにさっきまでの明るい表情はなく、まるで別人のように見えた。
「待ってくれアパル。あれはいったい誰なんだ?」
マモルはアパルを宥めるように、問いかける。
「暗黒騎士団さ。神様に接触した人を捕まえたり……殺したりするって噂の」
「MIBとCIAを足したような騎士団ってことか」
マモルが自然と口ずさんだ言葉に、アパルは何も言い返さなかった。
相変わらず呼吸は荒く、表情も硬い。
「奴らがもういるということは、落ちた神様がもう回収されてるかもしれない。行こう、こっちだ」
その時、悪寒が走った。首の後ろ側から刺すような痛み。激痛に体が強張る。
足の力が抜け、倒れないようになんとかその場にうずくまる。
まるで意識だけが抜け落ちるような感覚に陥った。 「……っが」言葉にならない呻きが喉から這い上がる。
「マモル、どうした? マモ——」
アパルの声が遠くに聞こえる。
マモルはかろうじて目を開けた。
そして、それを見てしまった。
闇の中、アパルの背後に火の玉のように二つの光が浮かんでいる。
3メートル程の高さから見下ろされるてるような、圧迫感。
目の光が僅かな明かりとなり、それの輪郭を映し出す。
スペードのような形の頭。
黒光する鉄の鎧のような上半身に、ヒラヒラした布のような下半身。
スゥーッと伸びてきた手には、長い爪が生えている。
アパルの首筋に爪が、ゆっくりと近づいてくる。
鼻の奥に、焼けるような刺激臭が広がった。
「アパル——」
声を発した。
しかし届いているかはわからない。
暗幕が降りるように、マモルの意識が閉じていく。
アパルは何かを叫んでいるようだったが、何も聞こえない。
視界は暗闇に覆われる。
やがて、幕は降りきった。
◆◆◆
目を開く。
辺りは薄暗く、目の前にはステージのような段差があった。
そこには上から大きな幕が吊るされており、劇場のように見える。
天井は高く、左右にはスピーカーのようなものが取り付けられている。
背中に当たる決してふかふかではないシートの感触。
マモルは客席の中央に一人で座っていた。
左右を見渡すが誰もいない。
開演を待ち侘びる観客の声も、上映前にパンフレットを覗いて後悔するオタクも、やたら量が多いポップコーンの匂いもしない。
そこにあるのは、ただ無音のみだった。
まるで町の古い映画館。
マモルは子供の頃に二人で行った映画のことを思い出していた。
たしか、世界各地に現れた宇宙船からの『メッセージ』を解読していく話。
マモルは最後まで興奮していたが、もう一人はいつの間にか眠っていた。
「お兄ちゃん」
突然、右隣の席から声が聞こえた。
あの少女が座っている。
「紗奈」
誰だかわからない、けれどもよく知っている名前が自然と溢れた。
「もうすぐだよ。だから——」
開演を告げるブザーが鳴ると、ステージの幕がゆっくりと開いた。
少女の髪が、徐々に銀色、いや灰色に染まっていく。
「早く■■■■■■」
少女は満面の笑みを浮かべた。




