表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

『堕天』-3

 転移魔術のポータルを抜けると、途端に澄んだ空気に包まれた。

 ここは中央区とマルタン地方との境目にある街。

 魔学によって工業化された帝都と違い、自然と人工物が半々程の割合で並ぶ、よくある地方都市の景色が広がっている。


 《ISI》の制服の上からローブを羽織ったアナは、街の中央に敷かれた大きな道路を北に向かって歩いていた。石畳の上を進むとコツコツとブーツの靴底が音を立てる。

 手には露店で買ったビスケットのような大きな菓子を持ち、時折頬張りながら街の様子を眺めていた。

 辺りからは街の人たちの賑やかな声が聞こえ、たまに小型の陸竜が牽引する荷車とすれ違う。


「うわ。竜車なんて久々に見た。帝都の方だともうすっかり見なくなっちゃったし、なんだか懐かしいな」


 アナは帝都の出身で、直近でも帝都内の事件を中心に捜査していたため、中央から離れた土地を訪れたのは数年ぶりだった。

 石や木で出来た古い建築物も帝都ではもう殆ど見ない。


 「お昼はどこで食べようかな。この辺の名産品ってなんだったっけ」

 

 任務中ではあるが、半分は旅行をしている気分でもあった。


「にしてもこのローブ、ひらひらして邪魔だなぁ。けど脱いだら面倒なことになりそうだし、我慢しますか。地方だと国家権力が大見得を張って歩けないとか、不便ったらないわね」


 ぼやきながら歩いていると、道路沿いの店の前に人だかりができているのを見かけた。

 なるべく目立たないように、遠目から覗き込む。

 人の輪の中心では治安維持に当たる帝国の騎士団員と、街の住人と思われる男が言い争いをしていた。大きな声でお互いを罵倒しており、このままでは暴力沙汰になりそうな雰囲気だった。

 止めた方がいいかもしれないが、任務中にトラブルに巻き込まれるのは避けたい。


「まったく、野蛮だなぁ……けど仕方ないか。帝国がこの大陸を収めてから10年も経ってないし。大きな戦争もあったから、無理やり統治される形になった地方は帝国に良いイメージないよね」


 開け放っていたローブのボタンを上の方まできっちりと閉める。

 通り過ぎた先、アナの背後では男たちの怒声が止むことはなかった。



 ◆◆◆



 荒れた街道を一台の竜車が進んでいく。

 街中を走るものとは異なり、大きな車体に沢山の物資を詰め込み、それを引く騎竜の体格も大きい。


 御者台には亜人の男が手綱を引き、その横にはローブを羽織ったままのアナが座っている。

 男の頭には狼ような耳が生え、背中の前で毛がぎっしり生えたしっぽを揺らしている。


「うーん……俺も長いことこの仕事をしてるが、そんなところに村なんかもう無いはずだ」


 アナは男に目的地の村のことを尋ねた。

 しかし返ってきたのは予想外の返事だった。

 アナは丁寧な口調で聞き返す。


「昔からある村だと伺っています。配送ルート上にないから記憶していない、とかではないですか?」


「いや、さすがにこの辺りの地理は全部頭に入ってるけどな。でも、大昔には何か集落があったって話は聞いたことがあるぜ。ただ、戦争や病気でどんどん人がいなくなってかなり前にみんな出てっちまった。それにあの辺りには得体の知れない魔物が出るって噂だしな」


「魔物、ですか? そりゃあ森の中ですし野生の魔物くらいはいるでしょうけど」


「いや、それが普通の魔物じゃないらしい。でっかい図体の魔物が音もなく空から現れるとか」


「空から現れる大きな魔物……ですか。翼竜の亜種とかではなく?」


「いや、流石にそのくらいなら誰が見てもわかる。なんでも、チャクラムみたいに丸くて、鳴き声も翼で羽ばたく音も何もしないらしい」

 

 アナは腕を顎に当てたまま考え込む。


(聞いたこともない形状。そもそも、円形で空を飛ぶ魔物なんて聞いたこともない。音がないというのも気になるな)


「あ、思い出した。そういえばその村があった時もなんか変な話を聞いたことがあるな」


「噂……ですか?」


「ああ、確かその村は独自の神を信仰していたって聞いたことがある。なんとかっていう神様以外の神は偽物だとかで、よく街の教会でトラブルを起こしてたとか、聞いたことがあるかも。なにぶん古い話だから、間違ってたらすまねえな」


「え!? その村、地方なのに一神教だったんですか?」


 アナは突然驚いた声を上げた。


(そんなことある? 一神教は帝都で信仰されているカリス教だけで、比較的新しい考え方のはず。この大陸の地方の殆ど、いや全てで古来から伝わる多神教のドゥムルメール教が信仰されているはずなのに。)


 アナは興奮し、声量が上がる。


「それが本当なら、歴史的大発見ですよ! もっと詳しく知りませんか?」


 「いや、それ以上のことは俺もわからねーんだ。すまねえな姉ちゃん。おっと、そろそろ言ってた場所だぜ」


 男が指差す方向には、風化で朽ちかけた物見塔が見えた。

 空には沈みかけた夕陽と濃紺の空が広がり、星が瞬き始めている。

 

 アナは男に礼を言い、竜車から降りた。

 物見塔の横に枝分かれした森の奥地へ続く荒れた道を見据える。

 

「うっわー。嫌な感じの道。転ばないように気をつけなきゃ」


 そして、あることに気がついた。


「あれ? 村が知られていないのなら、誰が騎士団に通報したんだろう」


 眼前に広がる森の中に光はない。

 それどころか、何の気配もないかのように静まり返っていた。

 

 だが、何かに観察されているかのような視線を、アナは微かに感じ取っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ