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『堕天』-2

 マモルは少女の後に続き森の中を進んでいく。

 

 UFOが落下した直後、少女は思い出したかのように歩き出した。

 落ちた円盤も気になるが、彼女を一人にするわけにもいかない。当てのないマモルは少女の後をついていくしかなかった。


 道中、何度か話しかけるが返事はない。草をかき分ける音とマモルの足音。それだけが森の中に鈍く響いていた。


 しばらく歩くと開けた場所に出た。

 暗闇の中で目を凝らすと、大きな黒い影がいくつも連なっていた。明かりはないが、輪郭から建造物のように見える。

 

 (町……いや、村か? けど明かりがついていない。廃村だろうか)


 しばらく見ているとようやくマモルの目が慣れてきた。

 やはり建物。けれどその形は見慣れた近代的な建物ではなく、木や煉瓦でできた壁に茅葺き屋根のように切り取られた枝や草が置かれた古風なものだった。まるで中世のヨーロッパのような意匠。ファンタジー系のアニメや映画で見たような風景。森の中で感じた緑の匂いが薄まり、代わりに家畜小屋のような臭いが鼻を刺した。

 

 少女は同じ速度で村の方へ進んでいく。マモルもその後に続いた。


 建物が近づくと、やはりここは日本では無いように思えた。家の扉にかかる飾りは神道でも仏教的なものではない。リースのように編まれた枝の中央には歪な十字架。それは灰色をしており、遠目には石か骨かわからなかった。


 村の中を進んでいく。


 誰もいないはずなのに背後から視線を感じ、悪寒がした。

 まるで心霊スポットの村に足を踏み入れたような感覚。

 また自然と出てきた、確実に知っているがわからない単語に戸惑う。


(心霊スポットって、なんだっけ。絶対に知ってる気がするんだよな)


 ガタン


 突然、背後で何かが倒れる音が鳴った。

 ビクンと肩を張り、体を強張らせる。


(え……何か、いる?)


 得体の知れない恐怖がマモルの体を侵していく。だが同時に、頭の中は妙に高揚し始めていた。まるで、何かがいることを求めているような。

 

 マモルは振り返った。

 恐る恐るではない。素早く、張り付いた笑みを浮かべた歪な表情を浮かべながら。


(こいこいこいこいこい!!)


 何が「来てほしい」のかは自分でもわかっていない。けれど、人智の知れない何か、異常と呼べるものがいてほしい。そう願っていた。


「あ……」


 間の抜けた声。

 振り向いた先には、男が立っていた。

 ボサボサの長髪に、目が隠れる程伸びた前髪。

 薄汚れたシャツとゆったりとしたパンツの上には、ところどころ破れたマントのようなものを羽織っている。

 

 男はマモルと目が合うと一目散に逃げ出した。


「あ、ちょっと待って!」


 マモルは男に声をかけた。おそらくこの村の住人であろう男。この場所の情報や何らかの援助を頼めるかも知れない。

  しかし男は止まらない。追いかけようか悩みながら少女の方に顔を向ける。さっきまで振り返らなかった少女は、いつの間にか振り返っていた。

 

「あの人を追いかけるから、ちょっとそこで待ってて。お願い!」


 少女からの返事はなかった。だが、なぜか否定された気にはならなかった。勘違いかも知れないが、そう感じる視線。


 マモルは走り出す。さっきまで言うことを聞かなかったことが嘘のように、身体が軽い。羽が生えたかのように軽やかに足が進む。


 男とは村の家々の隙間を抜けて走り続ける。村の地理を把握しているような動きでマモルを翻弄した。だがスピードはマモルの方が上。入り組んだ街中ならともかく、建物間の距離がある村の中では身を隠して撒くことはできないようだ。

 

「ちょ、待てよ!」


 いつもより声を低くしてマモルは叫んだ。ほんの少しだけ羞恥心が過ぎる。


 村中を駆け巡りながら、男との距離が近づく。

 その時、男が急に転倒した。走っていた勢いのまま、ズサーと音を立てて土の上でヘッドスライディングを決める。


 そのまま一気に距離を詰めて、とうとう男に追いついた。

 かなりの距離を走ったはずなのに、マモルは息切れの一つも起こさずにケロっとしている。


「ふう。あの、大丈夫ですか?」


 マモルは倒れた男に寄り添い、手を差し伸べた。

 男は顔を上げると、不思議そうな目でマモルを見たまま固まっていた。


「き、きみは……」


「あの、僕はマモルっていいます。気が付いたら少し先の森で目が覚めて……この辺りのことを教えてくれませんか?」


「そ、そうか。ごめん、急に逃げたりして」


 男は立ち上がり、マントとパンツについた土を払う。

 星明かりが男の顔を微かに照らした。伸びた髪のせいで詳しくはわからないが、おそらく歳はマモルと同じくらい。背も似たような高さ。


 「ぼ、僕の名前はアパル。こ、この村に住んでる」


 普通に話すだけなのに、妙に言葉を詰まらせる。その挙動にマモルは彼に自分と同じ匂いがする気がした。同じ趣味趣向を持つ同士が惹かれ合うような感覚。話したら絶対に仲良くなれそうで、まるで他人とは思えないような。


「よろしくアパル。あの、どうしてさっきは逃げたりしたんですか?」


 マモルの問いに、アパルは遠くを指差す。

 シャツの裾から微かに覗いた彼の腕は赤みを帯びて、爛れているように見えた。


「マモルはこの村の人じゃないならいいか。実は、森の向こうに神様が……降りたんだ」


「神? あ、もしかしてUFOのこと?」


「ゆー……ふぉ? なんだいそれは。神様は神様。ケテルノウス様のことさ」


 さっき見かけた円盤を、この村では神として信仰しているのだろうか。


「だから僕は神様をこの目で見に行きたいと思って。けどこの村は夜に外出することは禁止されているんだ。外に出ていいのは司教様だけ。だから、こっそり、ね」

 

 その時、近く家の窓に明かりが灯る。

 夜間に外出を禁じられているのなら、マモルがさっき叫んだことで誰かが様子を見にくるかもしれない。


「まずい! とにかくここを離れよう」


 アパルは急いで近くに生えていた木々の方へ向かう。

 マモルも慌てて続いた。

 走りながら、あの少女のことが気になっていた。あの子はきっとこの村の子で、迷っていた自分を連れてきてくれたのだろう。

 それなのに、置いてきてしまって大丈夫だろうか。


「ごめんアパル。村の入り口近くに小さい女の子を待たせてるんだ。たぶんこの村の子で、僕をここまで連れてきてくれたんだと思う。僕のせいであの子が叱られたりしたら可哀想だし、やっぱり戻るよ」


 するとアパルは不思議そうな目をマモルに向けた。


「え? この村に小さな女の子なんていないよ」


 その時、村から人の声が聞こえてきた。


「マモル、早く!」


 アパルの声に背中を押され、マモルは森の中へ駆け出してしまう。

 背後の声はやがて大きくなり、村には明かりが灯った。


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