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『序章』-4

「超常現象……ですか?」


 聞き慣れない言葉にアナ・スカーレットは頭に?を浮かべた。

 本当に自分に言われた言葉なのか確証が持てず、首をキョロキョロ動かしてしまう。

 視線の先にガラス張りの壁が立ち塞がり、その向こうでは多くの人が慌ただしく動いているのが見えた。ついさっきまで自分もあの中の一人だったのに、今ではオフィスの一角にある会議室の中で意味不明なことを言われている。


「そうだ。不服かな? スカーレット特別捜査官」


「あ、いえ。そういう訳じゃないんですけど……」

 

 目の前の女性は穏やかな笑みを浮かべているが、その視線は射抜かれるような鋭さを持っていた。


「ここ数ヶ月で帝国特別捜査局、我ら《ISI》に上がってきた未解決事件の数は80件を超えた。この数字は異常だ。

 その中身も実にバラエティ豊かでな。正体不明の魔物に襲われた、空飛ぶ円盤に誘拐された、見知らぬ場所に転移していたとかな。

 ほとんどが眉唾ではあるが、被害を訴えられて事件化している。しかもそれらを騎士団は一向に解決できていない。そうなってくると帝国の威信にも関わる」


「あの。マオ副長官、お言葉ですが……」


 マオは「なにかね?」 と答え、手に持ったパイプタバコから一息、煙を吸い込んだ。彼女はこのオフィスを禁煙にした張本人だが、自分ではルールを守る気がないらしい。


「まず、正体不明の魔物ですが、未発見の新種がいないとも限りません。そこは魔物学者の領分ではないでしょうか?

 それに一般にも魔術は普及しているのですから、自作の魔術が悪用されることもあると思います。

 それらを解決できないのは、騎士団の落ち度なのではないでしょうか?この世に魔学で証明できない現象なんてありませ——」


「そう、そこだ!」


 マオはパイプをビシっとアナに突きつける。小さな灰が舞い、白い床へ落ちていった。

 アナは突然のことに怯み、言葉を詰まらせる。


「魔術院を主席で卒業した優秀な君なら、魔術の体系的学問である魔学の膨大な知識があるはずだ。それを持って超常現象を解体し、その存在を否定できるのではないか?」


「……どういうことでしょうか?」


 アナはまた頭に?を浮かべ、首を傾げた。


「つまり、だ。超常現象は魔学で説明できると証明できれば、それは超常現象ではなくなる、ということだろう?」


「それは……そうですね。あ、なるほど!」


 ようやく腑に落ちる。口をOの字に広げて手を叩くと、白い手袋越しに乾いた音が鳴った。


「理解できたようだな。この世界に超常現象なんてものは、あってはならないのだよ。

 我ら《ISI》は各騎士団の範疇を越えた事件を専門に扱う上位捜査機関だ。故に、捜査員は皆、魔学に長けた優秀な魔術士で構成されている。そんな貴重なリソースを、未解決事件にばかり割くわけにはいかないのだよ。

 だからこそ、特に優秀な人材による専門部署を立ち上げることになった。そこで君に白羽の矢が当たったわけだ。

 君の任務は未解決事件の早期解決。そして、それに伴う超常現象の原因解明とナレッジの蓄積だ」


 マオは言い終えると、パイプを一回しした。次の瞬間、それは空間の中にスッと溶け込み消える。

 そのまま扉の方に歩き出し、アナの肩に手を当てた。


「期待しているよ。スカーレット特別捜査官」


 アナの返事を待たず、マオは会議室から出て行った。


 中央に置かれたデスクの上に目をやると、いつの間にか数枚の紙が置かれた。表紙には赤文字で「CONFIDENTIAL」と記載されている。

 持ち上げると、一枚のメモが落ちてきた。拾い上げるとマオの声がどこからともなく聞こえてきた。


『昨今、マルタン区の片田舎で未確認の飛行物体の目撃例が数多く報告されている。さらには、住人たちに奇妙な病が蔓延しているようだ。早速その調査にあたってくれ。なお、しばらくは君一人で捜査に当たってもらうことなる。《ISI》の人手不足は君も知るところだろう。すまないが、頑張ってくれたまえ』


 声が止まるとメモは溶けるように消えていった。


「へ!?私、一人!?」


 しまった、と思った時にはもう遅かった。マオから直接くる仕事はいつも無茶振りだが、今回のは特に酷い。


 アナは部屋の端まで歩き、窓を開け放つ。冷えた空気が吹き込み、パイプの匂いが風に洗われた。

 そのまま「はぁ〜〜」と、大きなため息。


「やっと大きな事件が片付いたから、しばらくはゆっくりできると思ってたのにな」


 世間を震え上がらせていた帝都で発生した連続殺人事件の捜査がようやく終わり、犯人を逮捕したのがつい先日。報告書や後始末を片付けてやっと一息つけると思った矢先の厄介な案件。しかもマオは部署を立ち上げたと言っていたから近日中に異動扱いになるのだろう。


 アナはもう一度ため息をついた。書類を抱えながら、窓から空を見上げる。

 沈みかけた夕日が西の空を紫色に染め、空には青と濃紺のグラデーションが広がっていた。


「空を飛ぶ物体か。どうせ翼竜か何かの見間違いじゃないかしら。病は……あれ、症状が書いてない。なんだろう。とにかく調べてみないと。……ん?」


 輝く空に、一筋の光が走った。

 ものすごいスピードで尾を引きながら北の方へと向い、やがて消える。


「流れ星かな? あ、お願いしなきゃ」


 そう呟きながら、目を閉じて心の中で唱える。


(天におります我らが主よ。どうか、お母さんを殺した犯人を早く捕まえられますように。そして、私の手で——)


 目を開くと、空の紺色は一層深みを増している。輝き出した星たちの中、中央にはひときわ明るい星が煌めいていた。

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