『序章』-3
「しっかし、5年もオカルトの配信やってて、よくネタが尽きないね」
紗奈がチョコレートアイスをかじりながら話しかけてきた。片方の手にコンビニ袋をかけながらスマホをスクロールしている。
「え!? 登録者5万人超えてる! やるじゃん!」
珍しく皮肉ではない感想。真守はようやく紗奈の方に顔を向けた。
人通りのない住宅街。紗奈の短い金髪が街頭の明かりに照らされて輝いていた。
「まあ、俺にできることってこれくらいしかないからさ」
紗奈はニヤケながら「ふーん」と薄い声を鳴らした。
「なになに? 『【きさらぎ駅】異界へ続く電車の正体。時空間の歪曲と異世界転移のメカニズム』って、なにこれ? そんな名前の駅あったっけ?」
「おいおいマジかよ。『きさらぎ駅』なんて、現代における最もポピュラーなネット怪談じゃないか。今時、小学生でも知ってるぞ」
「む! そんくらいわかるし。多摩センター駅のことでしょ?」
「は? なして?」
「きさらぎって、キキララぽいじゃん? ならピューロの最寄りかなって」
「『き』と『ら』しか合ってないだろ」
「だいたい一緒じゃん?」
「……その程度のリテラシーってことはわかった」
呆れ顔で手に持ったエナドリを少し喉に流し込む。エイリアンの血のような緑色。ケミカルな甘みが喉を通り、脳に染み渡るのを感じた。
「ていうかさ、なんでそんな格好してるんだ?」
「およ? なんか変?」
紗奈の頭には高級ブランドのロゴが刺繍された帽子。羽織っているスポーティなブルゾンにも同じロゴがプリントされている。
わかりやすいハイブランドの洋服。真夜中に近所のコンビニに行くだけなのに、わざわざ高い服を見に纏う必要があるのだろうか。
ていうか、そんなものを買う金は、どこから湧いてきたのだろう。我が家はれっきとした下流寄りの中流家庭だというのに。
「どう見ても趣味の悪い成金にしか見えない。コンビニいくだけだろ?」
「ああこれ? 歌舞伎町のホスト。あるいは、港区の成金おじのコスプレ」
そう言いながら一歩、真守の方に近づく。
紗奈の身長は真守とほぼ同じ。同じ高さで視線が交わり、沈黙が包む。
先に視線を逸らしたのは真守だった。
紗奈はその姿を確認するとニヒルな笑みを浮かべ、顔をぐいっと近づけてきた。
成金の香水とチョコレートの匂いが鼻を刺す。
「そんなに恥ずかしがっちゃって…子猫チャン。だいじょうぶ。俺だけを見て。そして……」
「……」
「今度小生とごはん一緒にどうカナ?」
ホストとおじさん構文が雑にミックスされた酸っぱい言葉。
真守は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。さっき飲んだエナドリが黄泉の国から帰ってきた戦士たちのように喉を荒らす。
「もういいか?」
「ノリわるー」
紗奈はケラケラ笑いながら真守から距離を取ると、残ったアイスを一気に頬張った。
「まあさ、舐められたくないじゃん? こうやって武装してた方が、変な輩にも引っかからないだろうし」
「そんなもんかね?」
「そんなもんよ。舐められたら、そこで試合終了ですよ」
「終わらせんな」
「それに、横にいる雑魚陰キャの兄貴は争い事には向いてないしね。私が守ってあげないと」
「悪かったな。クソ雑魚ド陰キャのチー牛で」
「そこまで言ってないじゃん。まあでも、たまにはラップの配信でもしてみたら? キッズに混ざってフリースタイルでバトルだぜ! Yay!」
紗奈は唐突に腕を広げて、アイスの棒を指揮者のように振る。それに合わせて、リズムで体を揺らし出した。
「輝くボディに「BALENCIAGAバレンシアガ」近所の底辺ストリートがアタシのSceneシーン!
コンビニ行くのに寝巻きでGO? いやいやマジでナンセンス
隣のBroブロはオタクのモブキャラアタシはハイブラ女神様♡
きさらぎ、くねくね、八尺様?全員蹴散らすDopeドープなBabyベイビー!」
歌い終えると最後にポーズを決め、満面の笑みとギャルピースで締める。
思ったより様になっていて、感心してしまった。まぁ、歌詞はアレだが。
ていうか、「くねくね」や「八尺様」は知ってるんじゃないか。
まんまと紗奈のペースに飲まれていたことに気付き、真守はもう一度苦笑を浮かべた。だがそこに苦味はなかった。
ふと、昔のことを思い出す。苦い思い出もあるけれど、横にはいつも紗奈がいて、今みたいに笑っていた。
なんとなく夜空を見上げる。都心だというのにいくつもの星が輝いていた。
(星なんて、もう何年も見てなかったな)
一際輝く大きな星が、黄色く瞬く。辺りの星もそれに呼応する。
その光の一つ。小さな点が徐々に大きく見える。
(……ん?)
気のせいだろうか。さっきよりも星が大きく見える。
よく見ると、星々は隊列を組んでいるかのように規則正しく3列に並んでいた。星にしては綺麗すぎる。
目を擦ってみた。空の光は変わらない——いや、動いている。
頭の中は妙に冷静だった。
だが、それも一瞬だけ。
「お、おい紗奈! あれ! あ! あれあれあれ!」
「ん? どうしたの? エナドリの飲み過ぎで脳が焼かれ——」
空を見上げた紗奈の言葉も止まる。
そうしている間に、一つの光が徐々に大きくなっていった。
近づいてきているように見える。
──ふと、気がついた。
微かに聞こえていた遠くの車の走行音がしない。虫の鳴き声や風の音も。まるで、空間が切り取られてしまったかのような、無音。
「お、おおおおおおお!?」
「お兄ちゃん。あのさ。お願いがあるの。あれやってほしい。」
紗奈は空を見上げながら静かに、そしてどこか期待しているような声で言った。
「『今緊急で動画回してます』ってやつ」




