『序章』-2
「今回の動画は以上になります。皆さんの意見も、よかったらコメント欄で教えてください。それでは、次回もまた闇の世界でお会いしましょう」
そう締めて録画を終了すると、間接照明に照らされた薄暗い部屋に静寂が訪れる。
オカルト配信者の杜田真守は、一息つきながらピンク色のエナジードリンクの缶に口をつけた。
今回の動画は、つい最近ニュースになったことがテーマ。某国の大統領が、数年以内に宇宙人に関する資料を公開すると発言したことへの考察だった。
ニュースを聞いた直後から、膨大な資料を集めて分析、考察してまとめ上げる。それをもとに台本を作成し、収録。今からそれを編集して、明日には公開したい。
頭の中で立てたスケジュールをなぞりながら、奮発して買ったエルゴヒューマンの椅子に体を預けてでクルクル回る。やがて壁に貼ったUFOのポスターに視線が止まった。
アメリカのドラマ『X-ファイル』のセットに使われた、おそらく世界で最も有名なUFOの画像。
真守がオカルトに目覚めたのはこのドラマの影響だった。子供の頃、親が借りたDVDの中に紛れ込んでいて、一緒に見たのが作品との出会い。
主人公のモルダーと相棒のスカリーが未解決の超常現象を捜査していく過程と、真実が明るみになりそうでならないもどかしさに、どうしようもなく惹かれた。やがて、現実の世界にも同じような事件が沢山あることを知る。
自分の手で、すぐそこにあるかもしれない真実を解き明かしてみたい。
だから真守はオカルト配信者になることを選んだ。
ちなみに、初恋はスカリーだった。
「お兄ちゃん。今ひまでしょ〜?」
突然、部屋の扉が開き気の抜けた女性の声が沈黙をかき消した。
活動的なショートカットの髪に、大きなメガネをかけた女性がひょっこりと顔を出す。妹の紗奈は真守の姿を確認するとニヤニヤと何かを企んでる笑顔を浮かべた。
「収録中って札、読めないのか? 本番中だったらリテイクになっちゃうだろ。せめてノックくらいしろよ」
「えー、いいじゃん! 可愛い女が映った方が盛り上がるじゃん。配信だったら投げ銭で儲かるっしょ。そのうち『妹出せ〜』ってコメ欄荒れるかもよ?」
「残念ながら、うちの視聴者は女よりUMAの方が好きなんだよ」
「ちっ。これだから童貞は。そんなにチュパカブラが好きなら、チュパカブラと付き合えばいいじゃん」
「お前な。いくらなんでもそれは失礼過ぎるだろ。ていうかよくチュパカブラ知ってたな」
ジト目を向けながら不機嫌そうな声を上げるが、紗奈は気にする様子もなくズカズカと真守の方へ近づいてくる。
ダボっとしたゆるいTシャツに柔らかい素材のショートパンツ。リラックスしきった服装が、これから起こる事象に対して自分は全くやる気がないということを表明しているようだ。
「お兄ちゃん、アイス食べたくない? 私の分も買ってきてくれていいよ?」
「いらね」
「じゃあ私のために買ってきて。よろ〜」
「自分で行け」
いつもの感じのやりとりが始まった。
家族に甘やかされて育った紗奈は、いつの間にか面倒なことはすぐ他人に任せるようになってしまった。今は大学に通っているが、きっと周りの男にも同じように接しているのだろう。
「えー! 今何時だと思ってるの? こんな時間にか弱い女の子を一人で外に行かせる気? バカじゃないの?」
そう言われて時計を見ると午前1時を回っていた。こんな時間に女性の独り歩きは確かに危ない。しかし、だからと言ってこき使われるのは癪だった。
目線を戻すと、紗奈は斜め下から覗き込むようなあざといポーズで真守を見つめている。
「我慢しろよ。太るぞ」
「やだー! 妾はファミマのピエールマルコリーニのアイスが今すぐ食べたいのじゃ〜」
「あれ高いだろ。せめてガリガリくんにしろよ。カロリーも低い」
「ぴ、ぴぇ——」
「いいのか。JDのくせにそんな古い言葉使って? 旬が過ぎた頃に覚えたての言葉を連呼するオジみたいだぞ」
「……マザー◯ァッカー」
最上級の侮辱を浴びせられたが、無視する。
紗奈は極上に口が悪いが、そこに悪意は感じない。冗談のつもりだろうし、真守もそう受け止めてきた。
「ねー、お願いー。夜道怖いじゃーん。せめて一緒に行こうよ。宇宙人に誘拐されちゃうかもしれないよ?」
紗奈が腕にしがみつき、ガシガシと揺らしてくる。こうなると、もう止められなかった。
「誘拐されたら取材させてくれ。身内にアブダクションの被害者が出るなんて一生自慢できる」
「おめぇ、可愛い妹のことなんだと思ってんだよ!」
紗奈の力がビッグフッドのように強くなり、手すりを持って椅子を乱暴に回してきた。
真守はくるくると回転し、狭い景色が目まぐるし変わる。
そして、吐き気。
「わかったわかった。やめろ! 俺もエナドリが尽きそうだったから一緒に買いに行く。それでいいだろ?」
さっきまで放送禁止用語を吐きながら暴力を振るっていた紗奈が、ケロッと表情を変える。いつの間にか手も離れている。
「さっすが我が兄! 頼りになるぅ!」
そう言うと紗奈はドタバタと部屋から出ていった。
開けっぱなしの扉から「玄関で待ってるから、ASAPでよろ!」と声が聞こえてきた。
支度を整えて部屋を出る。
扉を閉めようとして、再びUFOのポスターが目に入った。
「I WANT TO BELIEVE」
何度も見たその言葉が、妙に頭に残る。
なぜだか、首の後ろがチリチリとくすぐったくなった。




