『堕天』-14
静けさに包まれた森の中をマモルは走り続ける。
草を踏みしめるたびに体は風になったかのように軽くなり、木々の間を抜けるたびに世界の解像度が上がっていく気がした。
まるで自分の体じゃないような感覚に少し戸惑っていた。
(全知の力か。ディープ・スロートは抽象的なことばかり言っていたけど、実際何ができるんだろう)
大きな力があったとしても、使い方がわからなければ意味がない。
(とにかく、今はアパルを探さないと)
降り積もった疑問を振り切って、足をさらに速める。
視線を上げると、その先には無機質な銀色の空。
巨大なUFOが、頭上をゆっくりと動いていた。
(たぶんディスク型。たぶんだけど、『ヒル夫妻誘拐事件』で描かれたものに似てる気がする。
それにしても、隠れようともしないなんて。これだと『未確認飛行物体』って言葉が成立しないんじゃないか?)
空に浮かぶ巨大な物体はマモルの言葉に反応するかのように、動きを止めた。
◆◆◆
「アパル!」
彼の姿を見つけたマモルは、大声で名前を呼んだ。
巨大なUFOの中央部。そのほぼ真下で、アパルは佇んでいた。
空を見上げれば銀色に光っているのに、光はなぜか地面まで届いていない。
(やっぱりここか)
そこはアパルと共に訪れた、『神』が堕ちた場所。
あの時にいた黒衣の騎士たちの姿はどこにもなく、規制線のような光もなくなっていた。
だが、それはある。
天から舞い降りた火球の正体。
マモルの部屋にあったポスターと同じ、アダムスキー型のUFO。
茶碗を逆さまにしたような愛らしさを伴う銀色のボディは落下の衝撃で所々欠けていたが、本体には傷ひとつない。
墜落したUFOの周りを取り囲むように、黒い花が咲いていた。
見たことがない形。この世界特有の植物だろうか。
夜の闇に溶け込みながら、墜落したUFOを守っているかのように見えた。
「わぉ……」
自然と漏れる、感嘆の呟き。
一瞬、アパルのことを忘れて見入ってしまった。
天にはUFO、地にもUFO。
幼い頃から憧れていた『真実』がそこにある。
鼓動は苦しいほどに高鳴り、握った拳には汗が滲んだ。
耳鳴りがして、首の後ろがチリチリと疼き出した。
その時——
ドゴォォォン!
静寂を引き裂いて、何かが爆発するような音が響いた。
「なんだ!?」
慌てて音のする方向に視線を向ける。
木々の間から3メートルはあろうかという大きな怪物と、女性が飛び出してきた。
教会の地下で一緒に囚われていた女性。
確かスカーレット特別捜査官と呼ばれていたことを思い出す。
「くっそ! しつこいっての!」
アナは悪態と共に、体の周囲に纏った物体を砲弾のように打ち出していく。
(なんだ、あれ……? ていうか、あれってまさか——)
「フラットウッズ・モンスター!?」
マモルの口からまたしても感嘆の声が漏れる。
かつて全米をパニックに陥れた有名な未確認生物を目の前にして、 マモルはまたしても興奮を隠せなかった。
記録されたものと色や形は所々違うが、あのスペード型の頭と2つの光は紛れもなく特徴と一致している。
マモルの声に気がついたアナは、マモルの方を向く。
「あ! あなたはあの時の! こんなところで何やってるんですか!?」
それはこっちのセリフだ。と、マモルは心の中で突っ込んだ。
(宇宙人と追いかけっこしている魔術士とか、なんだよこの状況……カオスだ……って、魔術士!?)
捕まっていた時に、アナが不可視の力で黒衣の剣士を吹き飛ばしたことを思い出す。
彼女の周りを浮遊している岩石のような物体も、魔術によるものだろうか。
しかし、アナの攻撃はフラットウッズ・モンスターには届いていない。
弾丸は正確に大きな体を捉えているが、命中する瞬間に霧散していく。
アナの視線に気がついたのか、フラットウッズ・モンスターは急に立ち止まる。
辺りの様子を確認するように、首をゆっくり動かした。
その動きは、まるで可動域の少ない玩具のようにぎこちない。
マモルとアパルの方を順に見ると、次に体の向きを変えた。
そして、アパルの方へ向けて進み出す。
突き出した両手が伸び、鋭い爪がアパルに迫る。
アパルはそれでも動かない。背を向けたまま、地に堕ちたUFOを見つめている。
「アパル! 危ない!」
「ぼさっとしてないで逃げなさいよ!」
マモルとアナは同時にアパルの方へ駆け出した。
だが爪がアパルに届く方がどう考えても早い。
「くそ! なんとかしろよ! ディープ・スロート!」
マモルは当てつけのようにその名を叫んでいた。
——静寂。
気がつくと、森の中一面が灰色に変わっていた。
木々や草花、アナにアパル、怪物、UFO。
その全ての色が抜けている。
マモルだけがその空間で色を残していた。
(これは……?)
時が、止まっている。
アカシックレコードに繋がった時と同じ。
首筋の裏が熱を持ち、鼓動の音がやけの大きく感じた。
それだけではない。
マモルは視界の先の全てのものを情報として認識できていた。
植物も、人も、怪物も、ただの原子の集合体でしかない。
耳たぶの裏に違和感を感じた。
視界の縁が青く光っている。
それになにか、眼鏡のようなものをかけているような感覚。
マモルがそれに触れようとした時、声が響いた。
『それを取ってはいかん。たちまち、あやつはあの世行きじゃぞ』
どこからともなく、老人くさい少女の声が響いた。
『もっとも、あのような存在にあの世があるかは知らんがな』
「ディープ・スロート?」
声の主の姿はない。
頭の中にだけ、言葉が流れ込んできた。
『マモル。お主は、あやつを救いたいのじゃろう?』
マモルは頷いた。
『よかろう』
その声はどこか満足げに聞こえた。
『では、見せてやるとしよう。お主が手にしたアカシックレコードの力。その一片を』




