『堕天』-15
『世界とは情報の集合体じゃ。
あらゆる物質も事象も、時間も空間も。突き詰めればただの《データの粒》に過ぎん。
現実じゃろうがデジタルじゃろうが、その真理は変わらぬ』
「デジタルなんて言葉、知ってるんだな?」
『当然じゃ。全知を舐めるでないぞ』
ディープ・スロートは続ける。
『それらの構造を《知識》をもって理解すれば、《知恵》をもって分解することも再構築することも容易い。
手段さえあれば、世界そのものを編集することができる』
「編集って、どうすればいい?」
『お主は既に知っておろう。あちらの世界では毎日のように触っておったのじゃろう?』
マモルは直感的にそれが何かわかってしまった。
まるで頭の中から答えが自然に流れ出てくるような感覚。
「まさか……動画編集?」
その瞬間、マモルの眼前に見知った画面が投影された。
動画制作で使用していたソフトと同じような画面。
意識を集中するだけで複数の機能を同時に開くことができる、まるで脳に直結したARのコンソールのようだ。
「まさかアカシックレコードのUIが動画編集ソフトだなんて」
『世界は情報と言ったであろう。お主がイメージしたからその形になっただけじゃ』
ディープ・スロートの言葉と共に、意識が自分の顔に向かう。
いつの間にか眼鏡をかけていた。
縁がボヤけるように青白く光るそれは、近未来のデバイスのように見える。
『これが現実のお主とアカシックレコードを結んでおる。外した瞬間に接続は解除されよう』
マモルは「なるほど」と呟き、意識をコンソールに向ける。
視線の先の風景が、編集画面に投影された。
「こうすればいいのか……大体いけそうだ」
『かかっ! 飲み込みが早くて楽でいいわい。さて、チュートリアルはここまでじゃ。後は自分でなんとかせい』
「ディープ・スロート」
『なんじゃ?』
「ありがとう」
ディープ・スロートの言葉が一瞬詰まる。
『かかっ! 礼には及ばん。じゃがお主が恩義を感じるのなら、一刻も早く妹を見つけてやれ。彼奴もそれを望んでおろう』
「まるで会ったことがあるような口振りだな?」
「ふふっ」とこれまでと違うトーンの声が聞こえてきた。それっきりディープ・スロートの気配は消えた。
「さて……と。やりますか!」
マモルは目を見開き、自身を鼓舞するかのような声を発した。
まるでエナドリを飲んだ後のように、覚醒した瞳で次々とコンソールを弄っていく。
頭の中のプロットが目の前の事象を書き換えていった。
◆◆◆
「これでよしっと」
マモルが眼鏡を外すと、世界が色を取り戻し時が動き出す。
「へ!?」
アナが素っ頓狂な声を出しながら、勢い余ってヘッドスライディングをキメる。
本日2度目の無様な着地。
目の前からフラットウッズ・モンスターの姿は消えていた。
「あれ? あいつはどうなったの!?」
アナが顔の土を払いながら辺りを見渡した。
おでこの擦り傷が赤く滲んでいる。
「そこにいるよ」
マモルがアパルの前方を指差す。
そこには小さな光が、ふらふらと浮かんでいた。
アナが目を凝らすと、フラットウッズ・モンスターの体は10センチ程に縮んでいた。
鋭い爪は切り抜かれたように消えている。
まるで人形のような大きさになった怪物に、もはやさっきまでの畏怖は感じなかった。
マモルは近づくと、小さな人形を掴むかのように片手で握った。
握りつぶさないように力を加減された手から、顔だけが覗いている。
硬くてひんやりとした感触が手のひらをから伝わってくる。
「……は?」
アナが驚愕の声を上げた。
「いや、せっかくだし壊しちゃったら勿体無いかなって思って。このまま連れて帰れば動画のネタにもなるし。そしたらバズ確定じゃないかなーって思ってさ。でもAIとかフェイクとか言われちゃうか……うーん、どうしよう」
アナは意味がわからなそうに、口をあんぐり空けて固まっている。
暫くして、急に覚醒した。
「いやいやいやいや! あんたいったいどうやったの!? 魔術が効かない相手を縮ませるとか、どんなやばい魔術を使ったのよ?」
アナは捲し立てるようにマモルを問い詰める。
「えーっと、どこから話したらいいか……」
マモルの煮え切らない態度に、アナは怪訝そうな顔を浮かべた。
「まあいいわ。とにかく危機は去ったことだし。それよりも……」
アナは上空のUFOアパルを交互に見ながら、口を開いた。
「あそこにいるのは、一緒に囚われていた人よね? これがどんな状況なのか説明してちょうだい」
「僕にもよくわからない。ただ、アパルは墜落したUFOを目指していたんだ。神様だって言ってた」
「ゆーふぉー?」
アナは首を傾げながらマモルが指差した方を見る。
地面に埋もれたUFOが鈍く光を反射した。
光。
突然、上空のUFOが眩い光を放った。
柱のような光が、マモルと墜落したUFOを包み込む。
「な、なによこれ!?」
「トラクタービーム! まさか……持って行く気か!?」
マモルの予想は正しかった。
光の中を登るように、アパルとUFOがゆっくりと宙を浮く。
「アパル!」
マモルは叫んだ。
アナは小さなデバイスを取り出して、表示された画面を見ていた。
「魔力反応がない!? なのに、なんでこんなことが出来るの!?」
取り乱すアナを横目に、マモルはアパルの名を呼び続けた。
「待ってくれ! アパル!」
その時、アパルが振り返った。
ふわふわと舞い上がった前髪の向こうにアパルの顔が覗く。
「……え?」
アパルの顔。
それはマモルの顔と全く同じだった。




