『堕天』-13
無機質な廊下をアナは駆け抜けていた。
後ろには魔術が効かない魔物の気配はない。
どうやら手以外は早く動けないらしい。
ドゴォン!と、アナが放った魔術の弾が、行くてを遮る黒衣の騎士を吹き飛ばしていく。
(こっちには魔術が通じるのね。中に人は入ってないみたいだし、魔術由来の成形か何らかの召喚か。そんなところかしらね)
そう思いながらもう一体、魔術により吹き飛ばされた。
アナはあの魔物に魔術が効かないと分かるや否や、踵を返して逃げ出した。
司祭が御託を並べている間にこっそり回復し、水と火のエレメントで作った濃霧で部屋中を覆った。
「おやおや。捜査官としてのプライドとかないのですか?」
「プライドなんかで飯が食えるか!」
司祭の嫌味をするりとかわし、出口へ向けて走り出す。
何となく道は覚えているし、万が一のために魔術で作った小さな目印を道に付けておいたのが役に立っている。
幾度目かの角を曲がったところで、臭いに気がついた。
さっきまで対峙していたあの魔物の臭い。
間髪入れず壁から鋭い爪をした腕が伸びてきた。
ギリギリで回避すると、腕はまた壁の中に消えていく。まるで影の中に溶けていくように。
(なるほど。こう移動するのか……)
この移動方法が魔術でないのなら、どういう原理なのか。
そもそも、あの魔物はどうやって動いているのか。
逃げながら、研究者としてのアナの好奇心が刺激され続けている。
(あー、バラしてみたいな。あの魔物。ってか魔物の定義に合ってないな。一定以上の魔力を持った獣が魔獣なんだし、アレはなんだろ……異物……怪物とか?)
思ったより今の状況を楽しんでいるアナの前に、また爪が伸びる。
「ワンパターンだし、避けるのなんて余裕!」
狭い廊下では、いくら奇襲とはいえ攻め方が限られる。それに事前にあの臭い。
避けるだけなら何の苦もない。だがーー
(有効打が無い以上、戦ってらんない。あんな奴、どうやって倒せばいいのよ。魔力がないものでブン殴るとか? そんなものある?)
アナは廊下を駆け抜ける。
扉を開けると見知った場所に出た。
司祭と初めて会った教会のホール。
ようやく見知った場所に出れたことに、安堵の溜息が漏れた。
しかし、束の間の安堵は、壁から現れた怪物によって破られる。
地面からぬぅっとスペードの頭が生えてきたかと思うと、出てくるやいなや長い腕で横凪に叩く。
ホールの長椅子はホールの隅で一箇所にガタガタと積み重なってしまった。
飛び上がり回避したアナは、着地したと同時に出口に向けて走り出す。
扉に手をかけ、開け放った。
ギィィィィという音と共に外の冷えた空気が流れ込む。
目の前に夜の闇に紛れた村の景色が広がった。
アナの背後から爪が迫る。
頭から飛び出し、豪快に地面にヘッドスライディングをキメてしまった。
「あーっくっそ! ぺっぺ!」
顔中が擦れた痛みと、口の中に入った砂の感触が不快で、アナは悪態をついた。
すかさず立ち上がり、教会から距離を取りながら辺りを見渡しーー絶句した。
「何……アレ?」
目線の先にはまるでドームのような巨大な円形の物体が浮かんでいる。
まるで街の一部をそのまま浮かせたように、所々に明かりが灯っている。
巨大なその物体は音もなく、滑るように夜空をゆっくりと進んでいる。まるで何かを探しているかのように。
「ちょっと……いくらなんでも異常事態過ぎない?」
とは言え職務上、あんなものを見せられては調べないわけにはいかない。
アナは謎の飛行物体の方へ足を向けた。
村を抜けて森の中を駆ける。
空を見上げれば巨大な目印が浮かんでいるから、迷う事はない。
森の中を駆けているうちに開けた場所に出た。短い草が生えた広場を木々が取り囲んでいる。
星あかりが、影を落とした。
「そう簡単には行かせてくれないか」
アナを取り囲むように無数の黒衣の騎士が浮かび上がってくる。
その数はゆうに20を超えていた。
「団体でお出迎えしてくれるだなんて、歓迎されてるみたいね」
アナは苛立ちすぎて逆に笑顔になるような、歪な顔を作った。
「ちょうどイライラしてたのよね。あのクソ司祭にも、魔術が通じない化け物にも、ここの村人の態度にも、副長官の無茶振りも。それと、私の邪魔をしてくれちゃってる、アンタたちに、も!」
アナの両手が眩く光る。
「さっきは屋内だからやりづらかったけど、私はね、、『殲滅戦』の方が得意なのよねえ」
光に照らされたアナの凍りついた笑顔が、夜の闇に怪しく浮かび上がる。
それを合図に、数十体に増えた黒衣の騎士が一斉にアナに切り掛かる。
「アースエレメント、ウインドエレメント結合展開……斥力形成。我が前の敵を阻め。ディストーションキューブ!」
アナの周りに半透明の円が現れた。
黒衣の騎士たちは障壁に阻まれ、弾き返される。
「エレメント形態転化!拘束せよ!グラビティチェーン!」
キューブが解け、淡い光が一瞬で広がる。
それが黒衣の騎士達の大半を包み込む同時に、魔力が紫の鎖に形を変える。
アナは魔力を脚部に集めて高く跳躍する。
「収縮!」
その言葉と共に、チェーンが物凄い勢いで収縮しだした。
鎖から発する重力が、騎士達を強く縛り上げる。
なす術もなく一箇所に集まり、もがく事しかできない。
「手加減はしてあげるから、感謝なさいよ!」
アナの右手は赤に、左手は青く発光した。
「フレアエレメント、アクアエレメント結合展開」
魔術によって生成された水が熱分解によって水素を吐き出す。
魔力の鎖の中に、それが満たされた。
「爆ぜろ! アブソーブバースト!」
アナの力ある一言と共に、鎖の中心が爆ぜる。
しかし鎖の中の重力場がそれを局所的なものとして、辺りには爆風はいたらない。
静かな爆発。
ただ、昼のように明るい光が、鎖の中から周辺を照らしていた。
「あ、手加減するつもりだったけど、忘れてた……」
鎖を解き放つと、焦げた匂いと煙が立ち込める。
ガラガラと音を立て、ひしゃげた鎧の山が地面に転がった。
「あー。さすがに疲れた。甘いもの食べたーい」
疲労感を隠せない顔でアナは愚痴を漏らした。
地面に根を張りそうにな体を気合いで立たせ、空を見上げる。
視線の先。
森の奥には、巨大な物体がゆらゆらと浮かんでいた。




