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『堕天』-12

「これは!?」


 アナは眼前に広がる光景に息を飲んだ。

 

 司祭を追い、黒衣の騎士を蹴散らしながら進んだその先。

 少し地下に下った先にあった扉の向こうには、講堂ほどある大きな空間が広がっていた。

 天井には照明がなく、地面から発せられた光の筋が室内をわずかに照らしている。

 先程までいた村の前時代的な設備ではなく、まるで帝都の大きなラボのように最新鋭と思われる機械的な光景。

 地面には、人一人が入るほどのカプセルのようなものが無数に設置されていた。

 よく見ると、中には人影のようなものが窺える。


 アナの脳裏に村人たちの同じ顔が過ぎった。


(いや、まさかね……)


 部屋の中を一歩進むと、前方からあの忌々しい声が響いた。


「いやはや。貴女には困ったものですよ。スカーレット捜査官」


 薄暗い部屋の先で、司祭が相変わらずのニヤけ面をしながら待ち構えていた。


「ようやく追い詰めたわよ。いい加減大人しくしなさい。あと私の杖はちゃんと弁償してもらうから!」


 司祭をキッと睨みつける。その顔はどこか清々しく見える。

 アナはこの部屋に来るまでに数多の黒衣の騎士たちを魔術で叩きのめしてきた。そのことで彼女のストレスは大幅に解消されていた。


「まったく。あの部屋で大人しくしていればいいものを。お陰様で余計な手間が増えてしまいましたよ」


 司祭は余裕の表情を崩さない。

 しかし言葉の端々には小さな苛立ちが滲んでいるように見えた。


「そいつはどうも。ちゃんとこの施設ごと《ISI》で調査してあげるからその場で大人しくしてなさい。そしてこの村のことを洗いざらい吐いてもらうわ。アンタが、何者なのかについてもね」


 アナは鋭い視線を向けた。 

 司祭は「はぁ……」とため息をついた。


「帝国の捜査機関がこの村を嗅ぎつけたのは誤算でした。何処から情報が漏れたのか。ですが……」


 指をパチンと鳴らした。

 その直後、司祭の背後に大きな影が生えてくる。


 生物とも機械とも見て取れる怪物。

 3mはあろうかという体躯に、頭はスペードのような形になっており、中央付近に2つの光が浮かんでいる。

 下半身はスカートのようにひらひらとした形をしているが、揺れることはない。

 足はなく、わずかに浮遊しているように見える。

 思わず鼻を塞ぎたくなるような刺激臭が部屋の中を包んだ。


「捜査官の一人が行方不明になる程度」

 

 鋭い爪を生やした両手が伸びる。

 するすると、司祭を避けながらアナの方を捉えた。


「よくあることですよね?」


 両手の爪が素早く伸び、アナに迫る。


「ちっ! 魔物!?」


 連続で回避しながら舌打ちを返す。

 アナが立っていた場所には大きな穴が空いている。

 あれに刺されれば、生身に人間などひとたまりもない。


「殺せ。ただし頭は傷つけるな。たっぷり可愛がった後に、サンプルにしてあげますから」


 サディスティックな笑みと、舌舐めずり。


(うっわ。気持ち悪……)


 アナはあからさまに顔を歪めた。

 伸びてきた爪を回避しながら思考する。

 周りの設備は極力壊さずに、あの魔物のようなものを沈黙させる方法を。


(撃たれ強そうな見た目してるわね。厄介そう。実弾系だともし跳ね返されたら、周りに設備を壊しちゃいそうだし無しね。弱点はなんとなく頭っぽい。なら、一撃で撃ち抜く!)


 「ウインドエレメント起動!」


 アナは魔物に向かって右手の人差し指を突きだした。

 指先の一点に大気を極限に圧縮する。

 さらに対象の顔までの間までの空気を排除し、真空の道を作った。


「ファイアエレメント!」


 左の掌の中で、圧縮された業火が揺れる。

 アナはそれを圧縮された大気の中に叩き込んだ。

 気体が超高熱によって限界を迎える。

 炎の分子が分離してプラズマと化した。

 溢れた光が筋となり、薄暗い部屋の中を照らす。


「ぶち抜いてあげるわ!」


 アナの声と共に、プラズマが不可視のレールに放たれる。

 閃光。

 迸るプラズマが、魔力を帯びた光となって魔物の顔面へ一直線に向かい、貫通するーーはずだった。

 

「な……!?」


 プラズマが魔物を捉える瞬間、それは淡い光の粒子となって霧散する。


「え、ちょっと。どういうことよ!?」


 混乱するアナの元にまた爪が伸びる。


「……っく!」


 一瞬の戸惑い。

 思惑通りにいかなかったことで、混乱したアナは判断が遅れた。

 爪はアナの腕を服ごと切り裂く。

 単なる切り傷ではない。

 傷口からあの強烈な刺激臭が侵入し、焼けるような痛みが脳を直接殴りつけた。

 流れ出る血を庇うように、アナは後方に飛び退く。


「あ、ぐぅ……」


「ふふ。いかがですかなスカーレット捜査官。ご自慢の魔術が打ち破られた感想は?」


 司祭は愉快そうに笑う。

 ブチィ!

 アナの頭から血管が数本千切れたかと思うような大きな音がした。


「あんた、その魔物はなんなのよ。魔術が効かないとか理論上ありえないんですけど?」


「ふふ。魔学においてはそうなのでしょう。全てのものに魔力が宿り、それに干渉することで現象を起こすことが魔術。正直、貴女程の若さでさっきのような芸当が出来るなど、賞賛の極みです。ですがーー」


 司祭の顔が歪む。

 片目を大きく開け、身体を捻り、魔物のような醜悪な笑顔を浮かべた。


「そもそも魔力を持たない存在がいたら、魔術などただの手品にすぎないのですよ」


(そんなのありえないでしょ!?)


 全ての現象は魔学で説明がつく。

 アカデミーで散々叩き込まれた、この世界の道理が目の前で打ち砕かれた。

 目の前にいる常識から外れた存在。

 異常。


 アナは言葉に詰まる。

 

「さて、お喋りはここまでにしましょう。そろそろ時間ですから」


 司祭は魔物に命を下す。


「おやすみなさい。スカーレット捜査官。次に目覚める事はないでしょうけれども」


 魔物の爪が再びアナに迫りくる。


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