『堕天』-11
手渡されたフィルムをつかんだ瞬間、カメラのフラッシュのような閃光が走った。
マモルは反射的に眼を瞑ってしまう。
眼を開くと、手に持っていたフィルムは消えていた。
「記憶の混濁はないか?」
頭の中の道を辿るように、記憶を辿る。
霧が晴れたように全てのことを思い出すことができた。
東京に住んでいて、オカルト系の動画配信を行っていたこと。
妹の紗奈と深夜に出かけてUFOに遭遇したこと。
気がついたら見知らぬ森の中にいたこと。
そして、今。全てが一本の道として繋がった。
「うん……全部、覚えてる!」
「よかろう。ではお主にいくつか教えておくことがある」
ディープ・スロートは右手を上げて人差し指を立てた。
「まず第一に、お主はこの世界の人間ではない。お前さんの世界から拐われ、妹と共にこちらの世界に連れてこられたのじゃ」
「やっぱり……そうか」
腑に落ちた顔でマモルは答える。
「なんじゃ。意外と動揺せんのじゃな。だが残念な知らせじゃ。お主の妹がどこにいるかは、わからん」
「わからん……って、ここはアカシックレコードなんだろ? だったら全部見えてるんじゃないのか?」
「色々と制約があるんじゃよ。癪じゃがな」
ディープ・スロートは少しだけ声を低くした。
「では、お主の目的はなんじゃ?」
「紗奈を、妹を探して元の世界に帰ることだ」
「うむ。お主が妹を探そうとするなら、いずれ未来がお主に牙を向けることになろう。お主が死んではワシも困る。ワシにもやらなければいけないことがあってな。だからお主を利用する。その代わりに力を貸してやろう。お互いに利益のために協力し合う、シンプルな話じゃ」
「僕が死んだら困るって、君の目的はいったい……」
ちっちっちっと、突き出した人差し指を左右に振る。
「それは秘密じゃ。だが、いずれお主も向き合うことになろう。真実というやつにな」
「真実……」
ディープ・スロートと名乗る少女は、ことごとくマモルのツボをついた言葉を使う。
怪しいと思いながらも、マモルはついついそれに釣られそうになった。
「それに興味があるのじゃろう? このアカシックレコードが持つ全知の力に」
眼を細め、より一層いやらしい笑みを浮かべた顔を見ながら、マモルは喉をごくりと鳴らした。答えも頷きもしなかったが、それが答えだった。
「ワシがお主に授けるのはアカシックレコードの力の一旦じゃ。ここのある全ての知は人一人には到底扱いきれん。だから必要な時に必要なだけ、ワシがお主に与えてやろう。とはいえ——」
ディープ・スロートは続ける。
「それでもなお、人の手には余る代物じゃ。だがお主はその力と確かに繋がった。森羅万象の全てを解き明かし、理を自らの力にするありとあらゆる知的生命体が悠久を巡る時の末に解き明かした『知識』と『知恵』。その全てを。その力を持ってすれば欲のままに生きていくくこともできるじゃろう。お主はこの世界で王にもなれる。そして、神にも等しい存在となろう」
彼女はマモルに近づき、耳元で囁くように言葉を繋ぐ。
青い照明が誘うように場を照らした。
「もう一度問う。お主の目的はなんじゃ?」
天秤が傾く。
これまで平凡な生活をしてきた自分が、途方もない力と言われても実感がわかない。
王に、神になってどうする?
そうじゃない。マモルがアカシックレコードの力を持ってしたいことは、そんなことじゃない。
頭の中にいつか言われた紗奈の言葉が蘇る。
『大丈夫だよお兄ちゃん。 この女神がついてるんだから、何も怖いものなんてないって。だからさ、一緒に行こう』
そう言って、紗奈はうずくまるマモルに手を差し出した。
学生時代の小さな出来事。
その言葉がマモルを救った。
神にならなくても大丈夫だ。だって僕には女神がついているんだから。
「……紗奈を、助け出すことだ」
マモルは言った。
その口調には、これまでのような戸惑いや迷いはなかった。
「そうじゃ、それでいい」
ディープ・スロートは弾むようにマモルから一歩離れる。
「自らの意思を持たぬものは人形と変わらない。だが、人形といえども意思を持てば生きる理由を得る。それが使命だろうが怨念だろうが同じことだ。そこに意思さえあればいい」
スクリーンに映像が走った。
人、動物、大地、海、空、星。
いくつもの映像が、瞬く間に切り替わっていく。
ディープ・スロートは背伸びをしてマモルの額に人差し指を当てた。
「《知識》の炎はワシが灯そう。だが、《知恵》の剣を抜くのはお主じゃ。我らの力を持ってして、立ち塞がる尽くを打ち払うがいい」
マモルは黙って言葉を受け入れる。
照明の色が、炎のような赤に変わった。
「だが忘れるな。大いなる力には代償が伴う。自らの意思を見失うでないぞ」
パチン。
ディープスロートが指を鳴らすと、スクリーンの幕が閉じていく。
「妹を探し出せ。真実は、そこにある」
照明は落ち、世界は再び黒く染まった。
最後の瞬間に見たディプスロートの顔は、どこか満足げに笑っているように見えた。
◆◆◆
眼を開く。
マモルの目の前に再び村の薄暗い風景が広がった。
「アカシックレコードに、ディープ・スロート……」
マモルは自身の中に何か途方もないものが渦巻いている気配を感じた。
急に吐き気が込み上げてきたが、すんでのところで濁流を飲み込んだ。
荒い息を吐く。
さっきまでよりも開けたように見える視界の中。
目線の先では、UFOがゆっくりと空を滑っている。
「ケテルノウス」
初めて聞くその名を口にしていた。
意味するところはわからない。
だが向かう場所は決まった。
あれを、ケテルノウスを追わなければならない。その先に妹の手がかりも、アパルもいる。
なぜかはわからないが、確信だけはある。
空の先、UFOから一筋の光が地面へと伸びていった。




