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『堕天』-8

「皆さんお目覚めですね。おはようございます」


 司祭と名乗っていた男は、両手を広げ歓迎するような笑みを浮かべた。


 アナは服の後ろで中指を立てている。


「おはようございますわ。司祭様。よくもまあ一服盛ってくださり、こんなにも寝心地の悪いベッドまでご用意いただきましたこと。私、感激で今すぐにどつき回したい気持ちでいっぱいですわ」


 上品な口調で下品な言葉を吐き捨てた。


「ご満足いただけたのでしたら何よりです。スカーレット捜査官。それにしてもお疲れのご様子で。魔物のようなイビキが部屋の外にまで響き渡っておりました。さぞかしごゆっくり寛げたのでしょう」


「な……!?」


 アナは目を見開いたままマモルとアパルの方を向いた。

 2人は目を逸らす。

 察して、アナは赤面して俯いた。

 数本の血管が音を立てて切れる音が聞こえる気がした。


「さて、戯れはこのくらいに。そこのお前」


 司祭はマモルへ視線を向けた。

 さっきまでのふざけた雰囲気は抜け、切れ長の目をナイフのように研ぎ澄ませている。


「見たところ普通のhsモデルのようだが、照会してもIDが登録されていない。貴様は何者だ? 何処から来た?」


 マモルは何も答えない。記憶がなく、答えようもなかった。

 チラリとアパルの方を見るが、彼は俯いたまま、腕を引っ掻いていた。


「まあいい。スクリプトにない人物にはご退場いただくことにしましょう。これで万事解決。万事快調でございます」


 司祭はそういうと、踵を返した。

 代わりに黒衣の騎士の一体が、一歩前へ進む。


「待ちなさい!」


 アナが叫んだ。

 

「何でしょうスカーレット捜査官。私はこれでも忙しい身でね。昨夜来られた来賓をおもてなししている最中なのですよ。勿論、貴方達のことではございませんので、悪しからず」


「あんた、この人を殺すつもり!? そんなことはさせません! 帝国法に則り、貴方達を拘束します」


 アナの強い言葉に、司祭はケタケタと笑い出す。


「ふふふ……貴女は何も知らなくていいのですよ。それに、杖を取り上げられた貴女に何ができるというのです?」


 ハッと気がついたようで、アナは腰のホルスターを掴む。中身は空になっていた。


「お探しのものはこちらですか?」


 司祭はアナの杖を手でひらひらさせながら、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「返しなさいよ! それすっごく高いんだから!」


 アナの怒号を無視して、司祭は杖の両端を掴んだ。


「まあ、念には念を入れておきますか」


 バキッと音がして、杖をへし折った。

 中央から真っ二つに折れた厳かな木材の棒が地面に転がる。


「ちょ、えぇ!? 嘘でしょ……」


 アナは諦めたような情けない声をあげた。


「支給されたばかりの最新モデルだったのに……ああ、また始末書だ。副長官に詰められる……」


 アナは小声でブツブツ言いながら頭を手で覆い、苦渋の表情で蹲る。

 それを見た司祭は高らかな笑い声を上げた。


「その絶望に歪んだ表情、最高ですねえ! さて、そろそろ私は失礼します。良い夜を」


 司祭が部屋から出ていくと、黒衣の騎士が長剣を抜きながらマモルの方へ歩み寄ってきた。

 一歩、また一歩。ガシャンと重い鎧の音が響く。


「マモル! 逃げろ!」

 

 アパルの声が響く。

 マモルは辺りを見渡すが、逃げられそうな場所はない。唯一の出口も前にはもう一体の騎士が仁王立ちしている。

  

 ガシャン。

 ガシャン。


 騎士の間合いに入った。

 マモルに向けて剣を構える。

 僅かな照明を切先が反射する。

 命を刈り取る黒い壁を目の前にして、マモルは動くことができなかった。

 怯えた表情、恐怖に染まる目。歯がガチガチと鳴り、首の後ろがチリチリと痛み出す。


 騎士が剣を横凪に振る。

 切先がマモルの首筋を捉えた。


 その瞬間、騎士は後方に大きく吹き飛ばされた。

 そのままドアの前のもう一体を巻き込み、部屋の外へ押し出される。

 強靭な圧力でかかり、扉の近辺は壁ごと崩れ落ちていた。


「どいつもこいつも、舐めやがって……」


 アナがブツブツと呪詛のような言葉を吐きながら右手を前に突き出して立っていた。


「《ISI》の前で人殺したぁいい度胸してんじゃないの! あのクソ司祭! 器物損壊に殺人教唆、あと顔がクソ。クソクソクソクソ罪で絶対逮捕してやる! 全員お縄につけやこら!!」


 怒り狂ったアナがまたもや獣のような咆哮を上げていた。

 その姿は悪魔のように凶悪で、バーサーカーのように凶暴に見える。

 と、マモルは思ったが、心の内にしまった。大きな息を漏らし、まだ震える手をだらんと脱力させている。


「誰が杖がなきゃ魔術が使えないですって?  こちとら帝都でも0.0001%しか持ってない国家魔術資格持ってんだから、杖なんてただの飾りよ飾り!」


 アナの愚痴は止まる所を知らない。

 

「そこの2人!」


「は、はい」


 突然の怒声にマモルは怯んで情けない声を上げた。


「ここから出るわよ。あんた達は重要参考人として《ISI》で保護したげるから、安心なさい」


 アナはそう言うと、ズケズケと部屋の外へ出ていった。

 間髪入れず、ドゴォンと大きな音が響いて部屋が揺れる。


「凄い人だな……とにかく行こう」


 マモルはアパルに声をかけるが返事がない。ただ、手を掻き続けている。血が滲んでいるのか服の袖が赤く湿っていた。


「大丈夫かアパル?」


 アパルの返事は無い。

 そのままマモルを無視して部屋の外に歩き出す。まるで意識が無いようにゆらゆらと、でも真っ直ぐに廊下へ出る。

 そしてアナとは逆の方へ進み歩き出した。


「おい! 待てよアパル!」


 どちらに行くか迷いながら、マモルはアパルの後についていった。

 反対側からはアナの怒声と地響きが聞こえてきた。


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