覚え書き15 一つの死体、二本の右腕
主な登場人物
・海福ブレイド玲奈
主人公の高校1年生の女子。身長が180㎝あるクルド人との「ハーフ」。学校でレイシストにいじめられるルッキズムの持ち主。ジンベイ君との初デートで行った立ち入り禁止の場所でバラバラ死体を見つける。
・ジンベイ君
ブレイド玲奈の同級生。身長が2メートルあるジャマイカ人との「ハーフ」。本名:蘭堂駿平太。男は殴るが女は殴らない差別主義者。
小学校3年生の時だったと思う。家で着けっ放しのテレビで視たドキュメンタリー番組で死刑執行を行う刑務官の話をやっていた。刑務官の苦悩を描いたものだったはずだが子供のアタシにはわからず、自分の指先一つで極悪人をあの世に送れることにいたく感動した。その後、小学校で将来の夢を発表するとき、いじめっ子が犯罪者となりやがて死刑囚になったときにそのボタンを押したいから刑務官になりたいと言ったら先生に怒られた。
その先生は、「色黒の生意気なクサイ女子」としてクラスのハイエナのような男子集団に校舎の裏庭などで毎日正座させられボコボコ足蹴にされて忍耐の限界で泣きついてきたアタシに
「オオバコという草は踏まれれば踏まれるほど強くなる。君も踏まれてもくじけず強くなりなさい」
と言いくるめ、いじめを「片付けた」。まだ純真さが残っていたアタシを騙したあのアホが恨めしい。
幸いなことに体もメンタルも割と頑丈だったのでいじめられ、いじめられてもくじけずに、虫眼鏡で太陽光の焦点で蟻の群れを追い回して焼き殺し、赤とんぼを唐辛子にして、何匹もの昆虫の脚や羽を組み合わせアタシの脳内「新世界」の被造物を創造するなど、下等生物でうっぷんを晴らして乗り切ることができた。
アタシの精神はおそらく歪んでいるだろう。だがそれゆえにこそ、いじめをうまくいなしたのだ。
お昼休み直後、教室に副担任の峯山が入って来てアタシとジンベイ君に校長室に来るよう言った。
「ま、まさかの不純異性交遊疑惑?」
檜山のマヌケな煽り声を背にジンベイ君とアタシは教室に出た。
「すまないな」
ジンベイ君が行く途中、ぼそっと言った。校長室前にたどり着くと部屋の外で待っていた校長にアタシだけ入室するように言われた。
「一人ずつ刑事さんたちは話を聞きたいそうだ。まずは海福ブレイド玲奈。君からだ。」
アタシはジンベイ君を廊下に残し校長室の中に入った。校長室には学校側の人間がおらず、昨日の紺のジャケットを着た中年刑事ともうひとりこちらも50代くらいの刑事らしき人だけがいた。はじめましてのほうはだいぶ男性っぽい顔立ちだが一目で化粧をしているのがわかり眉も明らかに剃っていて唇には赤い口紅までしていた。髪型は白髪交じりの短髪で髭は無く男か女か、はたまたその範疇外なのか見た目だけではわからなかった。
「君が死体の第一発見者の連れか」
声を聴いて男だと確信した。そして香水の臭いがかすかだがした。さりげなく香る香水は高いそうだが、着ているグレーのスーツも隣の紺のすこしよれたジャケットの刑事のものと比べると高級そうな感じがする。
「はい、そうです。あの、すみません。入っていけない場所に勝手に入ってしまい、申し訳ありませんでした」
そう捲くし立ててアタシは頭を思いきり下げた。
「その件は学校側に叱ってもらうとして。今日は別の件で来た。ああ、頭を下げっぱなしにするやつはひたすらやり過ごそうとしているだけだと思っているからやめてくれ」
アタシはすぐさま頭をあげた。口紅刑事は胸ポケットのカードケースから名刺を取り出してアタシに渡した
「まあ、長い付き合いになりそうだから渡しておこう」
アタシが名刺を片手二本指で掴んだのを見て、口紅刑事は少し軽蔑したような笑みを浮かべた。すみません正しいやり方を知らなくて。ところで名刺の下の名前が読めない。
「平尾……」
「重陳だ。で、下駄箱にあった靴は昨日履いていたものと同じで間違いないか」
アタシはうなずいた。そのあと、いろいろな書類に言われるがままサインし、指紋採取もした。指紋採取の際は念入りに両手を見られ、なぜか腕も捲し上げられた。そしてドラマで見たことのあるルミノール反応とやらを実演されたが、特に反応はなかった。そして売り物に欠陥がないか確認する中世の奴隷商人のように平尾刑事はアタシの全身を嘗め回すように眺めた後言った
「さて早速だが、君らは警察と別れた後、死体発見現場に戻ったか」
「戻っていません。まっすぐ家に帰りました」
「死体を発見したことを、誰かに言ったか。SNSでも発信してないか」
「誰にも言っていません。SNSにも流していません。」
アタシがそう言った途端、平尾刑事の顔は急に笑い出すのが止まらない様子になったが、すぐに頬を手で叩いて真面目な表情を作った。
「失礼、次の質問だ。今日の朝、再度バラバラ死体の発見現場に行ったところ、昨日にはなかった右腕が置かれていた。どういうことかな」
「見落としただけでは」
暗かったし、いい加減そうな連中が実況見分とやらも、いい加減にやっていましたから。
平尾刑事はまた少しにやけた後、右こぶしを口に当て咳払いをして表情を戻した。
「そうじゃない。どういうわけか右腕だけが1本増えた。死体が一つに右腕が二本だ。周囲を探したがもう一体、死体がどうしても見つからない。そう。意図的に右腕だけが置かれていた。しかも今日見つかった右腕は断面がきれいだった。鑑識によると熊ではそうはならないらしい。おそらく刃物で切り落とされたのだろう」
昼食の時間にそんな話をしないでくれ。山の奥に不法投棄されたごみの山に新たにごみを持ち込む感じで誰かさんが死体発見現場に死体の一部をついでで置いていったのでは。まあ余計なことは言わないで黙っていよう。
「警察としては、昨夜の死体検分のあとの夜間にわざわざ置いたとみている。しかしなんのために置いたか皆目わからない。なぜだろうね?」
「警察がわからないならただの高校生の私にわかるはずがありません」
すると、また平尾刑事はにやけた。だが今回はにやけたままだった
「そもそも君らはどういうわけか本来まともな人間なら立ち入らないところで“たまたま”死体を見つけた。どうしてなのかなぁ」
揺さぶりなのかふざけているのかわからないが、知らないものは知らない。
「あそこに行った経緯は昨日、そこの刑事さんにお話しした通りです」
顔からにやけをひっこめた平尾刑事は取り調べにふさわしい険しい表情になった
「もう一度聞く。本当に戻っていないのだな。近隣の監視カメラの映像を調べれば誰が持ち込んだのか、すぐ掴めるからな」
それに対し紺のジャケットの刑事がおずおずと口をはさんだ
「平尾刑事。あの、お言葉ですが。あの辺りは人のいない集落跡だらけで、あの林間学校も、もとは廃校をリノベしたので監視カメラは閉鎖時に撤去されました。たぶんあの周囲1km内に監視カメラはないですよ」
「だから何だ。2km、3km。現場に立ち寄ったやつの足取りがつかめるまで範囲を広げ、監視カメラを調べればいいだろう。」
どうやら平尾という刑事の方が地位は上のようである。茶々を入れられて調子が狂ったのか平尾刑事は何か困ったかのような妙な表情になった。だが声は厳しいままでアタシに尋問を継続した
「おれはデカをやって30年くらいだが、もっと残酷な事件も見てきた。むしろ残酷な事件の方が計画性なく証拠だらけですぐ解決することも多い。先月にも認知症の高齢者が付近の山で行方不明になっておそらく熱中症で亡くなった後、死体が熊に喰われた事件があった。今どきちょっと山に入ったら熊だらけだ。今回も自殺した死体をクマが喰った。歯型で身元の確認ができた。それでこの事件は片が付き、ニュースサイトにポッと短い記事が出た後、すぐ忘れ去られるはずだった。だがどういうわけか片腕だけがわざわざ死体発見現場に置かれた。こうなると最初の自殺も疑わしい。まったく、なんでそんなことをするかわからない。」
そこで平尾刑事はこっちの反応を待っているかのように困ったかのような表情のままで黙ってこちらを見た。だがアタシも黙っていたので向こうが口を開いた。
「もっとわからないのが新たに見つかった右腕の手の中に紙が握られていて、君の名前が書かれていた。どういうわけか理由を教えてくれ」




