覚え書き その10 初デート
・海福ブレイド玲奈
主人公の高校1年生の女子。クルド人との「ハーフ」。現代の生物学で否定されている「群選択説」を信奉し動物集団と人間社会の類似性により自己へのいじめと差別を必要悪とみなし、受忍している。小学生のとき学校で飼育していた豚が死んだ責任を負わされて以来、豚に由来する蔑称をつけられる。
・ジンベイ君
身長が2メートル前後あるジャマイカ人との「ハーフ」。本名:蘭堂駿平太
男は殴るが女は殴らない差別主義者。中学時代のある出来事により目の前のいじめは恵まれた体格を生かし阻止しようとしている。中学時代の津玉によるブレイド玲奈へのイジメには気が付かなかった。
学校でのいじめ、家での虐待はすでに経験済みである。未経験なのはDVだけである。中学時代から中身が変な男と付き合うと不幸になると思っていた。その点、これから付き合うことになる彼はアタシにやさしくしてくれるのだろうか。
アタシとジンベイ君は学校を出ると、すぐそばの山のあまり人通りの無い道を並んで自転車で走った。ほぼお互い一方的に話しながら共通の話題を見つけようとしたがなかった。お互い数多のSNSに関心が無いのはわかった。動画配信サイトでドラマとかお笑いとかも見ないことも分かった。暇つぶし程度でお互い投稿動画を多少見ているが最近見たのが被らなかった。政治にも双方関心が無く今の日本の首相の名前がお互い違っていることもわかった。
途中からジンベイ君の背中を追って山の中の道を進んでいくと途中で舗装されていない砂利だらけの脇道に入っていった。車1台は通れるが電灯はない砂利道をしばらく進んでいくと開けた場所に出て木造の小学校のような建物が見えた。校門のような門扉は半空き状態で灰色のコンクリ門柱には「憩いの森の林間学園」と墨で書かれた文字が滲んでいる木製の看板が横向きに立てかけられていた。ジンベイ君はするりと中に入ってそこで自転車を停めた
「大丈夫?見つかったら怒られない」
アタシは校門の手前で自転車を止めてジンベイ君に確認した。
「建物にはセキュリティがあると思うが、別に何か盗もうとしているわけでないから問題ない。いいから来いよ」
アタシもなかに入って駐輪場らしきスペースに自転車を停めた。敷地内は二階建ての宿舎と校庭のようなトラックと展望台があるくらいでなにか面白そうなものは特になかった。
アタシたちは山の斜面側で半円状にせり出した展望台に向かった。手すりの前で夕日にたたずむ赤茶色の長髪野人の後ろ姿。なかなか「映える」光景である。
「どう?いい景色だろ」
アタシは彼の隣に立った。山の中腹から見える何の変哲もない畑が一面に広がるなか、申し分程度に建物が点在する景色。そこでようやく思い出した。どこかで見た場所だと思ったら地元の配信者がここを訪れている動画を以前視たことがある。たしか他県の林間学校の宿舎だったが、財政難で閉鎖され民間に売却しようも売れないまま放置されているとかだったはず。再生数が200ちょいで、コメントにも無断で入っていいのか指摘がなかったので、アタシたちが今まさに不法侵入している気がしてならない。
そんなアタシの心配をよそにジンベイ君は展望台のベンチに座って隣に座るよう促した。
アタシたちは並んで座って、とりとめないことを話したが次第に話すことが無くなってしまいお互い無言になった。沈みゆく夕焼けの光のなかお互い気まずい感情を抱いていると思ったが
「なあ玲奈そろそろやらせてくれないか」
ジンベイ君が知性の低そうな顔で言ってきて驚いた
「やらせるって何を」
野人ネアンデルタールはニヤニヤしながら、おもむろに胸の内ポケットからXLサイズのコンドームの箱を取り出した。
「ゴムも用意しているから大丈夫だ。いいからやらせろよ」
「バカじゃないの。何を考えているの」
何が大丈夫だ。アタシは語気を強めて睨みながら言った。相手は体格がひと回りほど大きいが拒否しなければ。アタシの運命の人は多分こいつではない。身構えるアタシに対し
「そうか、まあいい。またの機会にしよう」
意外とあっさりジンベイ君は引き下がりゴムをしまうと
「自然が呼んでいる」
少し前かがみになりながら、女の子で言う「御花摘み」のためにネアンデルタール人は宿舎脇にあるトイレに向かった。
だが鍵がかかっているのか。男子便所の扉が開かなかった。仕方なくジンベイ君はトイレの裏手の木々の生い茂ったところに入っていった
だいぶたった。オカズなしにズボンの盛り上がりを戻すのに時間がかかっているのだろうか。アタシはスマホを取り出しネットニュースを見だした。彼が消えて10分くらいかそれくらい経った後、ジンベイ君の低い悲鳴が聞こえた。蛇でもいたのだろうか。
しばらくしてジンベイ君は両方の手にそれぞれ「何か」を持ってトイレの裏から出てきた。
「警察を、警察を呼んでくれ、死んだ人のバラバラの死体がある」
かすれた声でジンベイ君はそう言った。驚いたアタシは慌てて警察に連絡するためスマホの画面を切り替えるも、何かの間違いではないか、と思い直して手を止めた。警察に説明するには状況がつかめないし何かの見間違いかもしれない。それに彼の顔の表情がへらへら笑っているのか恐怖で引きつっているのか判断し難い微妙な表情なのが気に食わなかった
「本気で言っているの?」
「人間の手だ」
近づいてくるジンベイ君は右手に持った薄いピンク色のゴム手袋のように見える何かを突き出した。アタシもそばまで近づいたがその「手袋」に爪がついているのを見て足がすくんでしまった
「マジかよ」
よく見るとジンベイ君の周りにハエが数匹飛び回っていた。
「側に落ちていた財布の中身を見て驚いた。竹内登。覚えているだろう中学時代の学年主任だったやつだ」
左手の「何か」はどうやら財布らしい。
アタシは急いでスマホで警察に連絡した。警察が駆けつける前にジンベイ君は「手首」と財布を元に戻した。さすがにアタシは「現場」を確認する気が起きなかった。




