は ~急転~
その過ぎ去った4日間に、もし、題名を付けるとしたら、きっと、幸福と呼ぶのだろう。
朝に、起きると、レヴィがそこにいて、一緒に朝食を食べて、腹ごなしに、レヴィと一緒に剣の練習をする。そのあとの、レヴィと水浴びをして、そして、レヴィとご飯を食べる。
その後もずっとレヴィと一緒。
でも、いつかは、それが終わると思っていた。でも、こう早いとは思っていなかった。
それは、あの裁判から、ちょうど6日後の朝ごはんの後のことだった。
「って、クラウ、食べる量増えたね?」
「ええ?・・・成長期でしょうか?」
「生意気さも?」
「ええ。なんだかそんな気がします」
むっ、したように、レヴィが膨れる。クラウと呼ばれた・・・あたしはすこぶる調子がいいらしい。レヴィの太刀筋を3つも見切ったし、ご飯もおいしく食べられた。
「むぅ・・・まさか、クラウに、一本取られるなんて・・・」
さっきまでレヴィと遊んでいたあたしは、きょとんとした表情を浮かべた。そんなわけはない。レヴィの太刀筋は相変わらず鋭いし、あたしは、クラウと呼ばれる、この体の相性がいいだけなのだ。
それに、レヴィに、本気で振った木剣はかすりもしていない。今日のはまぐれ当たりだった。
「いや・・・すこし、レヴィが無茶しすぎただけだよ。負けたのはじゃんけんだけだから、レヴィは負けてなんかいないよ?」
どっちが先にあてたかという勝負、結局はじゃんけんで決着を決めた。初勝利になるのかもしれない。
「むぅ」
レヴィが膨らみ、乱暴に、パンにかじりついた。
あたしも負けじと、パンにかみつく。レヴィと出会ってから、あたしは食べるということを、思い出したようだった。最初の2日間は食事が全くできなかったけど、今は、レヴィと二人で食事を分けて食べることができている。
最初は驚いたレヴィも、慣れてきて一緒の量を食べるようになっていた。レヴィと食べるご飯はとてもおいしくて、量があるはずなのに、すっと口に入っていく。
「おいしい・・・」
つい出た声に、レヴィが驚いた表情を見せた。
「クラウ・・・いま、」
「うん、おいしいなって・・・レヴィに幸せを奪ってもらうと・・・」
あたしは、レヴィの様子を見ると、明らかにうろたえていた。そんなことは言っていないのに・・・
一緒に食事をして、一緒にお話をして、楽しんで、笑って・・・まるで姉妹みたい・・・そう、あたしは思い始めていた。レヴィもそうだといいと、そう思っていた。でも、あたしが手を差し出すと、レヴィは少しだけ躊躇する。あたしが無邪気に抱き着くと、レヴィの体が強張るのを感じる。
距離をどうしても感じてしまう。ほんのわずかだけど埋められない距離感がそこにあった。どうしてなんだろう・・・レヴィはこんなにうるさくて、恩着せがましくて、暖かくて、優しくてそして、とても強いのに・・・。
テーブルの上のご飯は、あっという間になくなった。
「おいしかったね」
「おいしかったね」
食後の第一声が見事にはもってしまって、お互いに苦笑する。私たちはよく似ている。
「じゃあ、洗ってくる。」
「ええいいの?」
「今日は、負けたから。ささっとやってくるよ」
そう言って、レヴィは、トレーをもって出ていく。あたしは、一人ぽつんと残された。
裏庭に通じるドアが、ばたんと閉じた時だった。ガチャガチャと、鍵を開ける音が、3日ぶりにこの部屋に響いた。
やがて、ドアが開く。そこには、久しぶりに見た顔と、初めて見る顔があった。
「よう、クラウ、久しぶりだな」
「ジョンさん!!」
その横の女性は、軽く手を挙げた。
「ええと、クラウでいいんだっけ?」
「ええ、そうですけど・・・あのジョンさん、この人は?」
その長身の女の人は、すっと私たちに頭を下げた。
「リアーナと申します。何卒宜しくお願い致します」
「あの、ジョンさん、リアーナさん?って?」
「ああ、今回のクエストのサポートを買って出てくれた人だ」
私の記憶に間違いなければ、あの時の御者の人だ。というより、ジョンさんの言葉が気にかかった。
「ええっと、クエストって?クエストって何ですか?」
あたしは、考える。クエスト、使命?誰の?何の?
そう考え、うんうんとうなっているのを哀れんだのだろうか、リアーナが、私に声をかけてくれる。
「クラウさん?でしたよね?依頼主からあなたのサポートをするように言われています。リアーナと言います」
リアーナが右手を差し出す。あたしも思わず、それに合わせた。その光景を見た、ジョンさんは、肩をすくめていた。
「当分、勇者は返ってこないし、そのクエストは、明日の夜には完了可能な簡単なものだと聞いている。まあ、子細は聞いていないが、『剣聖』ではなくなったいま、初めてのクエストとしては十分なんじゃないか?」
ジョンさんは、あたしたちの握手を見て、そう考えたらしいが、だとすれば、大きな勘違いだと思う。しかし、反論を許してもらうことはできそうになかった。
「ええ、ジョン。今日の夕方から、クラウとお友達とクエストに行ってくるわ。というわけで、後のことよろしく」
ぽかんと、あたしがしているうちに相談は済んでしまったらしい。リアーナが、ひらひらと手を振ると、ジョンは、少し悔しそうに、ドアから出ていった。
「さて、」
リアーナが、あたしの方を向いた、ぐっと、手に力が籠っているのがわかる。そして、覗き込まれる。
「早めに連絡くださいって、レヴィの方に言ったけど、何か聞いていないの?」
「いえ、なにも」
「え、もしかして、クエストも?」
その声にあたしはこくこくと首を縦に振る。何も聞いていないして何も話を聞いていない。
「黒衣の聖女からクエストをもらったでしょう?」
黒衣の聖女という言葉に、聞き覚えはなかったが、初日の夜のあの人だろうか?いつでもいいって言ってたから、もう少し後だと思っていた。
「いえ、あたしが望んだ時でいいって言ってたから・・・」
そこの言葉をあたしが出した時だった。トレーを手に、レヴィが帰ってきた。
「洗い終わったよ。クラウ・・・ええと、何でここにいるの?リリアナ?」
その声を聴き、リアーナは、むっと顔をしかめた。
「リリアナではありません。私はリアーナです!討伐ギルド所属青銅クラス討伐者!リアーナです!!間違わないでください、レヴィ」
「・・・ええと・・・ええと、うんと、あ~リアーナ・・・くすくす・・・あ、なんだか、ごめん、リリアナ」
むっと、リアーナが膨れるが、あたしがじっとみていることに気が付いたのか、すっと、整った顔を作る。
「ええと、クラウさん、これから、クエストに向かいます。依頼主がお待ちなので、今日はそこまでエスコートしますね」
「ええと、クエストって速く終わるのですか?」
「ええ、さっきの説明の通り、2日後の夜には、ここに戻ってくる予定です」
「いや、何を考えているの?($#”でも使うの?」
いきなり、リアーナが黙ってしまう。あたしは、一瞬で心配になる。
「って、本気?」
「ええ、本気です」
「って、ええ」
レヴィが何かに驚いている。さっきの言葉には、聞き覚えがあったけど・・・なぜか、意味がつながらない・・・。ちょっとした苦悶の時間を断ってくれたのは、リアーナだった。
「というわけで、さっそく、向かうことにしましょう」
いっそ清々した様子で言葉に、さばさばとした物言いでかけられた言葉に、あたしは、肯定の意味で、首を縦に振ることしかできなかった。服はそのままでかまわないと言われたので、部屋には戻らないことにした。レヴィも、トレーを返却台に置き、リアーナに従う。
「では、行きましょうか?」
扉を開ける、そこには、巨大な馬車が待っていた。馬も客室も、すべてが黒で統一された馬車・・・はた目に見たら、きっと、不吉と言われるかもしれないけど、私の眼には、とても、綺麗な馬車に見えた。
「見とれてくれてありがとう・・・さて、乗った乗った。時間も押しているしね」
せかされて、馬車に乗り込む。久しぶりの馬車の感覚だった。
「クラウ?忘れ物とかない?」
忘れ物か、そっと、首筋にふれると、あのチョーカーの感触があった。それ以外に持ち物は何もない。あたしは、そっと、頷いた。
「ええ、大丈夫です」
「よし、じゃあ、行くよ」
レヴィと向き合って座る。よくよく考えたら、食事のとき以外では初めてだったと思い、すこし、レヴィに微笑んでみる。いつもだったらすぐに返ってくる微笑みが今日は硬く、暗に緊張しているのがわかった。その表情は、馬車が動き出した後も変わらない。そんな表情を見せるレヴィにあたしはほんのわずかな不安を感じた。
「レヴィ、何を考えているの?」
レヴィは、ほんのわずかに俯いた。でも、次の瞬間にはそれが、幻だったかのように、絞り出すような声を出した。
「クラウ・・・お願いがあるの。もし、このクエストが終わって、私がここにいなかったら、その時は、私のことは思い出さなくで。それでも、私はここにいるから、みんなをよろしくね」
レヴィの表情がいつになく真剣だ。
「あなたをみんな待っているの。だから、私もあなたの力になりたい。うん、そういうつもりだったの」
「レヴィ?」
「だから、もう、意味のなくなってしまった私のことは、その時は、忘れて。もう、レヴィのことは、何も思い出さなくていいよ。でも・・・もし・・・」
レヴィの手が震えながら、重ねられる。初めて、レヴィから、手を重ねてくれた。でも、その手は、おびえていて、とても小さく儚く見えた。
「レヴィ?」
「ありがとう、クラウ。私が、・・・ここまで希望が見えたのは・・・あなたとの・・・」
「もうすぐ到着するよ!!」
伝声管から聞こえた言葉に、その話題はいったん終わりになった。
「行こう、レヴィ」
震えている手をぎゅっと握りなおす。一瞬驚いた表情を見せたレヴィは、静かに頷き、いつもの笑みを浮かべた。
「行こう、クラウ」
あたしは、頷く。やがて、馬車は、ゆっくりと速度を落とした。
そこは、古ぼけた小屋の中だった。確かにここならば、隠し場所としては最適だろう。私たちは、リアーナにエスコートされ、客車から降りる。
「ここが目的地なのですか?」
だとしたら、ずいぶんと寂れた場所だ。
「そんなわけないよでも、目的地自体はこの近くだけど、ちょっとだけ、近くのギルドに立ち寄ってから、クエストには挑みましょう」
あたしの頭に疑問が浮かんだ。簡単なクエストなのに、あれだけレヴィが、手伝いたいって言ったのはなぜなのだろうか。
レヴィを見ると、悩んでしているようだった。クエストは、本当は、そんなに難しいものなのだろうか?
「ねえ、レヴィ?クエストを手伝いたいって言ってたけど、そのクエストって難しいものなの?」
「そうだね・・・難しいって言えば難しいのかな?」
レヴィは、視線をずらして、言葉を濁した。あたしは、馬車の中の不穏な発言を思い出した。レヴィの手を握りしめる。よく見てみると、小屋には、陽の光が差し込んでいて、そこまで暗くなかった。おそらく、まだ、陽が落ちるには早い時刻なのだろう。
『時間があまりたっていないのかな?』
リアーナが、小屋のドアを開くと、陽の光が、小屋の中に、短く入り込んだ。うん?まだ朝なのかな?あたしたちは、そのまま、そのドアをくぐった。まだ、太陽は南天にまで遠かった。
「王都の近くの村だからね。少し寄ってからクエストに向かおうか」
あたしは、レヴィと一緒に、村の入り口に向かって歩いていく。リアーナが、入村許可をとっていた。
「ねえ、レヴィ?」
「なに?」
「このクエストが終わってもさ・・・また一緒に、クエストに行けるよね?あたしはもう、剣聖じゃなくなったけど、簡単な討伐依頼は受けられるからさ」
「クラウ・・・うん、そうだね、そうなるといいね」
レヴィが笑みを浮かべる。とてもうれしそうな笑み。あたしはほっと、安堵の息を漏らした。その後、他愛のない話が続いていたが、やがて、リアーナが、手招きをしたのをみて、レヴィと一緒に、村の入り口に向かっていく。
「クラウ?」
たった、一週間ぶりに聞く、その声は意外なところからかけられた。そこには、レオとエイダ、そしてそのパーティと、なぜか苦々しい表情を浮かべているターニャがいた。




