そのころ魔王は ~幕間~
アッシャーナ視点です。
その部屋の中は控えめに言って・・・天国だった。
「い、いらっしゃいませ・・・ご主人様。今日は何をご所望でしょうか」
ああ、一言目で。もう、かわいい!
この表情を見るだけで、あの、厭味ったらしいあいつと、近々会談の場をもうけて、話をしないといけないことや、日々の管理者たちとの折衝からくるストレスが、全部吹き飛んでいく。
黒に紅の入った光沢のある髪を、ツインテールにして、顔を赤くして心底嫌そうな表情を浮かべて、プルプルと震えている。
ああ、本当に、誰か知らないけど、上官殿をポンコツにしてくれてありがとう。以前だったら絶対にこんなことできなかったし、やろうとも思わなかった。上下の逆転は、世の常っていうけど、1週間限定とはいえ、今まで下だった奴の命令を聞かないといけないってやっぱり栄光の上官殿には、結構ストレスなのかな?
「どうしたのかしら?何か不満があるの?そうね、1週間目だから、ご 主 人 様が聞いてあげるわ、ほら、言ってもいいのよ」
ああ、その表情、目が死んだお魚のようなその表情、ああ、たまらない。アルバム、私のアルバムに、焼き付いていくわ。・・・ふぅ、これで、明日も生きていける。
「・・・服なんか着せて・・・覚えておきなさいよ・・・」
絞りだすようなか細く、悲痛で悔し気な声だった。多分、今できる最大限の抵抗のつもりなのだろう。
ああ、こう、無力な子がけなげに立ち向かってくるのには、本当に胸の奥がきゅっと熱くなっていく。
もっと愛でてあげないと。
『上官殿、ああ、涙が!涙が目にたまっています!上官殿。上官殿の一番悔しそうな涙、私の舌で、もらっていいですか?』
『ダメだ、お前は、私の部下なんだぞ。止めろ、そんなに近づくな。作戦中だぞ』
『ダメです、上官殿は、もう私のものなのです。』
『ああダメだ、アッシャーナ!』
はい、いただきました。心中で、今の上官殿を小一時間、愛でさせてもらいました。
「あの、ご主人様・・・?」
あっと、いけないいけない、相手に余裕を与えるところだった。私は現実に引き戻された。大事だよ現実。今は癒しの時間だった。妄想は後でもできる。
しかし、そっちの方が屈辱なのか・・・。てっきり、私をご主人様と呼ばせた方を怒っているのかと思ったけど、プライドよりも、本来の有り様である、そっちが大事なんだ。そこは少し寂しいな・・・私を頼ってきてくれて、こんなこと言うのもなんだけど。
本当に楽しかった。この1週間、元上官のドジっ子も堪能したし、現役時代のクールな振りもしてもらった。でも、すぐにぼろが出るポンコツぷりが、もう、さいっこう!!だった。
本当に、上官殿には、癒されて、癒されて、癒されつくした。もう、私の心に、一片のストレスもない。上官殿には、感謝の言葉もないが、まだ足りない。
愛で足りない、お替りしたい。もっと愛でてあげたい。そして、もっと癒されたい。
そこで、私の天使的な発想が囁いた。上官殿を、お持ち帰りして部屋で、一緒に、3年間のおもひでポンコツアルバムを開けばいいじゃないかと。ああ、うれし泣きするまで、そのドジっ子ポンコツっぷりを愛でてあげればいいじゃないかと。
まあ、私が天使みたいなものなのに、天使が発想をくれるわけないんだけどね。
「そうね、今日はあなたが欲しいの。これから、私の部屋に来てもらおうかしら」
「えっ、そんなのは・・・困ります、・・・契約違反です」
ああ、その顔がいい。
もっと、もっと欲しい。
「イヤなの?」
「いえ」
「ふぅん、ご主人様に歯向かうんだ、これは、お仕置きが必要ね」
「そんな・・・」
小さくなってプルプルと小動物のように震えている
カワイイ、かわいすぎる!!
「ふふ、じゃあ、許してほしいのなら、こう言いなさい。『許してください。何でもしますから』・・・さあ」
ああ、困ってる、困ってる。本当に、カワイイ。私も外道じゃないから、上官殿に何かしようなんて思ってはいないわ。でも、ああ、困っている顔が・・・もう、もう!
早く、何でもさせて
その言葉が、出るか出ないかの時だった。
「へぶッ!!」
頭に激痛が走った。ああ、この痛みには覚えがある。頭をさすりながら振り向くと、予想通りの顔があった。
「全く、いつまでも来ないからこちらから来てみれば・・・お前は何をしているのだ?客人がお待ちだぞ」
いつもの通り、ミトだった。
その直後だった。後ろから、久しぶりに聞く、良く通る声がその場に響き渡った。
「魔王殿が心配で来ましたが、楽しそうで何よりです。朱は、気にしていませんので、続きをしていただいてもいいですよ」
「ええ!?朱の聖女?あなたが?」
そこには、朱色のローブに身を包んだ、黒髪、黒眼で長身の女性が立っていた。
それよりも、まさかと思ったが、こんなやつを勅使に選ぶなんて、・・・あいつめ、会談で少しは嫌みでも言ってやらないと。
「・・・魔王殿、勅使です。場所を変えた方がいいのでは?」
ミトの冷静な声に、私も冷静になりそっと頷いた。はあ、せっかくの癒しから、最悪の展開。ぼうっと、こっちを見ている上官殿に、私は、すまなそうに近づいた。
「今日までの約束だったから、もう、その格好は、いいわ。着替えてすこし、部屋で待ってて」
「朝から、お客来るってわかっていたのに、準備しとけって言ったのは、アッシャーナよ・・・もう。・・・いいよ、あとで続きしましょう・・・では、失礼」
一瞬だけ、呆れたような声が混じったのが聞こえた。ああ、もう、そう心をかき乱させないで。
そんな時だった、部屋から出ようとする、上官殿を、朱の聖女が引き留めた。
「待ってください、あなたにも重要なお知らせを預かっています。」
「・・・何ですか?クモート=シォウ。私は、早くお部屋で待機したいのです。」
クモート=シォウとまだ、明かしていない名前で呼ばれ、朱の聖女が驚いたような表情を浮かべる。
「驚きました。まさか、本当だとは思っていなかったので。こちらも隠し立てはしません。あなたに、猊下より言伝を預かっています。それは、あなたにとって悪い話ではありません。利がある以上は聞いてみるだけでもいいのでは?」
一瞬だけ、その間で火花が散ったような気がした。あれ?いつものポンコツだよね?
「わかったわ。少し待っていて」
そのまま、上官殿は、背を向けて去っていく。声をかけるわけにもいかず、私は、仕方なく、ミトが用意していた応接間へと移ることにした。
今日の話の内容は、王都に4か月後に訪問し、教皇と会見を行う。そのための打ち合わせだった。1時間近く、外交的な儀礼を交わし、ようやく、本題に入った。
「これが、親書です。あと、こちらは、今回の会見場所について、王都の管理者から、指摘のあった事項ならびに会談計画書です。ご確認ください。」
「親書、謹んでお受けいたします。指摘事項については、持ち帰り検討いたします。では、こちらからの親書をお渡しします。」
外交部の事務官に書類を預ける。そして、事前に用意してあった、親書をクモートに手渡す。外交部と近衛を下がらせ、私とクモートの2人と、最低限の近衛騎士がこの場に残る。内心ほっと胸をなでおろした。人のまねをしないといけないとはいえ、いつまでたっても慣れることがない。
しかし、クモートを見ると慣れた様子で、こちらの手土産の目録に目を通している。こいつの魔動器&珍品収集にかける情熱と手際の良さは本当に感心する。これで、人の実力を見抜く目が確かで、さらに、外交へたしたら軍事にも精通している。管理者から見ても、十分にハイスペックな人間。
取りおり見せる野心に満ちた表情さえなければもっと話しやすいのにと、私が考えていると、目録に目を通し終わったクモートが、顔を上げた。
「ああ、すいません、猊下から、今回の役割の報酬を打診されていたので、つい、見入ってしまいました」
「ええ、いいですよ。そんなことじゃないかと思いました」
クモートは、目録をきれいにたたみなおすと、横にあった私の親書を手に取り、問いかけてきた。
「猊下に、すぐにお渡ししてもいいですか?」
あいつのことだから、すぐにでも見せろと言っているのだろう。せっかちなやつと、内心ため息が出るが、別に断る理由もない。
「ええいいわ。手段を問わず、すぐに渡してもらっても」
そう伝えると、クモートは、手のひらに載せた手紙を少し目の前に掲げた。手紙の周りに、朱の輪が生じ、あっという間に、手紙は消えてなくなった。
「へえ、上手くなったじゃないの。」
前に見たときは、まだ、ぎこちない感じだったが、空間の使い方をしっかり学んだのだろう。クモートは、少し、ほっとしたような表情を浮かべていた。
「緊張の中でやると、いい練習になります。少しだけあなた方がうらやましいと思いますよ。・・・送信完了。あちらの受信を確認しました。・・・うん?」
クモートが訝し気な表情を浮かべる。
「どうしたの?」
「いえ、すぐに返信が来たので。受信します。少し待っていてください」
再び、クモートの手に朱の輪が生じ、そこに、手紙が現れる。
「さっき送った、親書じゃない?」
「ええ、何でしょうね?あ、ちゃんと開封済みのようですね」
封筒には、受信を表す、法国の、獣と乙女の印が付かれ、同じ紋様の見える折りたたまれた便せんが封筒から顔をのぞかせていた、クモートは、その便箋を広げ、うんっと首をひねる。
「ええと?読み上げます。」
私は頷いた。クモートは、すっと通る声で、文を読み上げる。
「そちらも、ご息災のようで何よりです。お会いできるのを楽しみにしております。 敬具 追記 読み終わりましたので、お返しいたします どういうことでしょう?」
クモートは不思議そうな表情を浮かべながら、私に封筒を渡してきた。
最大限の警戒をしながら封筒から、魔王国の紋様である剣と月と地平が写し込んである便箋を取り出し広げた。
文法とスペルミスのところに、おおきな赤丸や注釈が付いていて、訂正がされていた。
最後には、もう少し、頑張りなさい。と三角印が付いていて、見たくもないあいつの名前が書いてあった。
『こんなところまで、全力出さなくても・・・会談したくないな・・・』
同族同士の形式的なあいさつに、全力で訂正をもらい、少し悲しくなった。
「いかがされましたか?魔王様?」
「あ、いえ、すこしね。相変わらずだなって・・・」
「ああ、あ、はい」
何か納得したように、クモートが、頷いた。そして、同情に満ちた視線を向けてくる。うん、多分あなたの思っていることとは違うから。残念だけど。
ここからは更に砕けた、私的な対談になる。私とクモートは、管理者と人という種族の隔たりこそあるが、比較的長い付き合いをしている。4年ぶりの再会となるが、以前は、この城で、生活しながら、活動していたこともあった。
私とクモートは、少し軽食を取りながら、お茶をすることにした。場所を、応接室から、庭園ののバルコニーに移すことに決め、雑談しながら応接室から場所を移し、庭園に出る。
そんな時だった。
「話は終わった?」
庭園の東屋には、上官殿が、ミトとともに待っていた。上官殿はメイド服を着たまま、そこに立っていた。
「は?どうしたの?」
てっきり脱いでいるものだと思っていた。どういう風の吹き回しなのか気になってしまう。
「いや、だって、せっかく準備してくれたアッシャーナに悪いかなって・・・そう思って、そりゃ、好きか嫌いかって言われたら嫌いだけど・・・」
すこし困惑の色が見える。
「でも、これ脱いだら、続き出来ないから・・・ねぇ、それとも、アッシャーナはもう今日の私は飽きちゃった?」
上官殿の上目遣い、げふっ・・・ああ、陥落しそう。
って、やば、なんで今の録画されていない・・・ここに、こいつらがいなければ、いくらでも、管理者権限使い放題なのに!!
なんで今日に限ってこいつらがいるんだ!!
「なあ、従者殿・・・あなたにも、魔王殿にお変わりないようで幸いだが・・・いつもこんな感じなのか?」
呆れたようなクモートの声が聞こえる。
「ああ、何も問題はない。平常運転だ。」
抑揚のない声でミトが、呆れたように相槌を打っている。
私の興奮が少し落ち着き、近づいても問題ないと考えた、従者たちが、ようやくお茶の用意を始める。私たちは、近くのテーブルで、少し雑談をしていた。
「ええ?クモートは、あれの後を、追っているの?」
上官殿、それは、あまりにも失礼です。あれが、あんまりにもアレだと言っても、その言い方はないと思います。
「ええ、そうです。しかし、今は、西の大陸に向かう方法がないので、ここで当分は足止めです。何事もよくしてもらって、猊下には本当に感謝しかありません。」
「へえ、良かったわね」
うん、あいつの手元には、あれといい、こいつといい、なんでこんな曲者ばかりが集まるんだ?
「当分は・・・か・・・」
上官殿?顔色がすぐれないですよ。
「ああ、そうです、言伝のことですね。猊下からあなたに渡すように言われたのがこれです。」
取っ手のある、小さな白い金属製のケースが、クモートから上官殿に渡される。
「・・・そうなんだ」
上官殿は、そのケースを何か思うことがあるように見つめていたが、取っ手側をテーブルに置くと、その底の板をずらす。そこには、中央に紅い点のある黒い板が現れていた。
「ずいぶん変わったものですね。」
クモートが興味深そうにのぞき込んでいる。私は、その見覚えある、ケースが、この場に現れたことに驚きを隠せなかった。
おそらく、上官殿もそのことには気が付いているのだろう。だが、それを悟らせないような、平静を保ったまま、右手のグローブを外す。白い肌の代わりに、黒い下地に紅い緩やかな流れ少し光沢をも感じる手が現れる。見ようによってはドレスの一部のようにも見える。
上官殿は、自らの右手を、その黒い板の紅い点の上に重なるように置いた。
白い金属が、反応するように、黒く染まり、赤い線が緩やかな流れを作りながら、箱全体にいきわたる。それが、開錠だったように、箱が、中央から2つにわれていき、中身があらわになる。そこには私が、思い描いていたものではなく、手紙と青色の箱があるだけだった。
手紙を、取り出した上官殿は、すぐに内容を確認し、青い箱とともに、再び、ケースの中に直し、グローブに、再び指を通す。
「勅使殿、先ほどは失礼しました。あの方の御心がわかりました。お心遣いに感謝いたしておりますと、お伝えください」
上官殿がこの3年間で初めて見せる表情だった。ほっとしたような寂しいそうな表情・・・あなたは、本当は・・・
一瞬浮かんだ言葉を飲み込む。そうだとしたら、それに付き合ってあげるのも私の役割なのかもしれない。そんなことを考えていると、不意に視線を感じた。ミトがこっちを見ていた。
「ポンコツ上司殿は、あれが、ポンコツではないと思っているのか?」
「・・・ポンコツであってほしいと思う。けど、本当はまともでポンコツは演技とか、単に今の体とかいろんなことになれていないから、ポンコツに見えていたのだとしたら・・・本当はそれがいいなって、もしかしたら、そのことをこの3年間、私は望んでいたんだと、今日初めて感じたわ。」
まだ、上官殿はクモートと話をしている。今の話に気が付いた様子はない。
「でも、すぐへまをするポンコツの上官殿も、本物であってほしいわ・・・本当に寂しそうに甘えてくる・・・わかっている。本当は、本当にもうどうしようもなく追い詰められて、寂しくて仕方がないということくらい」
私の肩に、そっと、ミトが手を置いてくれる。彼も、私に本心から仕えているわけではなく、単にこの場所に用があるだけのはず。それでも、私のために人間でありながら力を貸してくれる。
私は、幸せなのかもしれない。あの時、上官殿から無理やり任を解かれ、地上に降ろされて、待機を命じられて・・・自分の無力さに泣き濡らしたのも、もしかしたら、そのために必要なことだったのかもしれない。
しばらくして、クモートとの話が終わったらしい。上官殿が、手にケースを抱えて、本当に嬉しそうに、歩いてきて、
へぶっ
段差も何もないところで、盛大に転んだ。ケースが宙を舞い、私の手中に綺麗に納まる。
「やっぱ、ミト。私ダメだわ。ごめん、幸せになってくる。」
「ああ、好きにしろ。俺は止めん。俺も、クモートと話があるからな、何気にするな。軽食は、あとでもって行かせる」
クモートが、面白いショーでも始まるのかと、じっとこちらを見ている。私は、理性のタガが外れる音を聞きながら、地面でプルプルと震える、哀れなメイドを愛でたおすことにした。
天然ポンコツと養殖ポンコツ。
注釈:人の国の外交と、管理者同士の外交交渉は、かなり色合いが違います。今回、アッシャーナがやっているのは、管理者同士の外交交渉になります。(管理者同士はやろうと思えばいつでも会えますので、外交する必要性があまりないのですが、人を配下に持っている場合には、形式上だけでもやらなければいけないことがあります。)
なお、いくつかの国は、管理者がその存在を明かしていないので、きちんとした外交を行うことになります。




