田舎生まれの剣聖は王都に 夢を見る ~期限付きの自由は勾留とよく似ている~
軽いR15描写があります。
クラウが、エイダの配下として村で与えられた仕事は2つエイダの取り巻きの女の子たちと一緒に行動すること、そして、2週間後に、王都に向かうまで、マナーや基本的な知識の習得を行い、剣の練習を行うこと。
「あら、真っ白さん。」
クラウは、真っ白さんと呼ばれ、いつもの日課が終わると、取り巻きたちとともに、エイダが村にくるのを待つようになった。
その間に、クラウは、相変わらず無視されていたが、いつもその場にいるのを目の仇にされるようになり様々な、いやがらせをされていた。
陰口、足を掛けられるは、もういつものこと、水が降ってくる、ワンピースをこっそり破かれる、無視されるも、もう慣れたものだった。
「全く見えなかったわ。ごめんなさい、真っ白さんのワンピースが水を飲みたいってい聞こえたのよ。私の細工士としての才能がそう言ったのですわ」
「いえ、大丈夫です」
「あら、大丈夫?なら良かったわ。」
ただ、クラウには、効果がうすいと感じ、感じた取り巻きたちのうち何人かは直接エイダに言うことにしたらしい、ある日クラウが木の棒を振っている時に、その声が聞こえてきたことがあった。
「クラウさんがひどいんですよ、エイダ様!わたくしが「剣聖おめでとうございます」と声をかけたのですが、それに対して、クラウさんは無視されたのです。それどころか睨まれましたわ。きっと、裁縫師などは、嬲り切りにされるのですわ。わたくし、怖くて、もう・・・」
クラウは聞こえないふりをして剣を振り続けた。きっと、その子はエイダがなだめているのだろう。不思議とエイダの近くにいると落ち着く気がした、きっと、その子も落ち着いてくれているだろうと信じて、クラウは、剣を振り続けた。
そんなある日だった、馬車で一緒になった、エイダはクラウに言った。
「クラウさんは、イヤだとか、こんなことは止めてって感じないのかしら?最近、不気味だって言われているわ。もう少し、そういうことは言ってもいいのよ。」
クラウはその言葉に困った顔を浮かべた。濡れたら乾かせばいいし、ワンピースが切られたら、修理すればいいのだ。
「エイダ様、私をご心配いただきありがとうございます」
クラウが発した言葉に一瞬驚いたような表情をエイダが浮かべる。ただ、こんな他愛ないことに心配してもらって感謝します。と、純粋な感謝の気持ちを伝えただけだったが、なぜか、こちらをエイダは睨みつけているような気がした。
「本当に・・・いいの?あなたはそれでいいの?」
クラウは小首をかしげ、その言葉を受け入れた。
「ええ、平気です。何も問題なんて起こっていないんです。それでいいではないですか」
クラウのその声に、エイダは心底心配そうな表情を浮かべたが、あきらめたような顔をして、いつものように門の方を向く。
クラウもそれに倣い、門を見た。重い扉が開き、二人を招き入れていた。
それから、ほんのわずかな日の間は、取り巻きたちの嫌がらせもすっかり息をひそめ、クラウは、日課をこなすように、日々を過ごしていた。
結局、剣の腕は、初日からさして上がったように見えず、マナーの関係もなんとか及第点という言葉をもらった。ただ、その中でもいつも通りだったのは、薬草摘みだけだった。
いつものように、クラウは、深い霧の中、山の上に立ち、霧の薄くなる場所を探していた。その脳裏に、つい、昨日の授業が思い出される。
「しかし、商隊で3日の距離なんて、私もっと近いと思ってんだけどな」
クラウが日常的に通う渓谷は、フォールス王国と帝国の国境にあたり、そこにかかる距離は、最短でも人の足ならば2日、商隊などならば3日はかかると言われていた。そこを、日の出前に出かけ、陽が昇る前に帰ってくるとは、自分は結構な健脚なのかも知れないと思った。
「そうだ、剣聖ダメだったら、この足を活かせる仕事しよう・・・」
陽の光に、霧が動き、わずかに濃淡が生じる。クラウは目を凝らした、この瞬間が、大事な時だと知っていた。波のようにうごめく、霧の中、ほんのわずかに薄くなった箇所が確かにあった。
「良し、行こう」
クラウは、いつものように岩から飛び降りると、後ろを向かずにその場所に向かって全力で駆けだした。そのほんのわずか後、クラウがさっきまでいた岩に、紅く光るものが2つ現れたかと思うと、霧の中へと消えた。
「今日は最高。こんな貴重なものが手に入るなんて、やっぱり霧の日は最高ね」
クラウの前には、緑の葉の間に、朱に染まる小さな両手を天に掲げるような薬草がが見渡すかぎりに、生えていた。
『御救い草』
決まった手順で摘み取らなければならない、希少で取り扱いの難しい薬草だった。その代わりその効果は絶大で、ただ、葉をかじるだけで取り込んだ軽度の毒は無効化し、そこから落ちる露を飲むと瞬時に喉を潤し、半日は水に困ることはない。
ありとあらえる薬液の基本でありそして、最終系といわれる薬草摘み垂涎の薬草だった。それが、惜しげもなく敷き詰められるように咲いているのを見て、クラウは、その光景に一度見惚れてしまったが、パンパンと頬をはたくと、さっそく摘み取ることにした。
手順自体は簡単で、手を合わせるようにして、刃物を使わずに摘み取るというものだった。
不思議なことに、手を合わせたようにすると、二度と解けることがないので、摘み取る手順さえ知っていれば簡単に集めることができる。
そのまま、クラウは懸命に摘み取り続ける。籠が半分ほど埋まったときだった。
ふと、違和感を感じてクラウは、顔を上げた。朝の静寂の中に、確かに獣の嘶きを聞いた。霧の向こうに、何かが動くような音が聞こえている。
ごくっ・・・
クラウは、つばを飲み込み、冷静にあたりに何か頼れそうなものはないか探す。ふと足元を見ると、剣にするには頼りない棒きれが転がっていた。クラウはそれに手を伸ばし、握りしめ、霧の先を見据えた。霧の中に紅い光が見えているような気がした。
「堕ちた獣?」
その可能性をクラウは頭を振って否定した。もし、そうだとしたら、王都と村の一大事のはず、昨日の門衛の話でも近隣の異変について話は出なかったから、このあたりにいるはずのない。
しかし、それは、姿を現した。クラウと同じくらいの体高を持ち、そして、数倍は大きい犬のような動物だった。
「うん、そんなわけない・・・これは、犬なんだ」
クラウは、ぎゅっと、棒きれを握りしめる。犬が笑ったような気がした。
その犬は、不意にクラウの眼前から掻き消えた。それにクラウが驚く暇もなく、クラウの右肩に衝撃が走った。真横に飛んだ犬が、クラウの右手側から体当たりをしていた。クラウは一瞬、宙を舞い、
「この!!」
木切れを地面に刺し、転がるのを阻止する。そこから、後ろに飛び、犬と距離を取る。だが、犬は、それを嘲笑うように、再び眼前から消えて見せた。
「え?ど、きゃぁぁ!!」
上空からの強襲になすすべもなく、あっという間に、クラウは、地面に組み伏せられる。
「く、この!!この!!!」
クラウは、唯一自由な右手に持った木切れで、犬の顔を殴りつけるが、全く意に介した感じでもなく、犬は、クラウの右手に噛みついた。
灼ける様な痛みがあると聞いていたが、それよりも、自分の体に異物が入ってくるような不快感が耐えられなかった。クラウは、じたばたと獣の下で暴れる。
それが犬の癪に障ったのだろうか、クラウは、自分の体が、一気に持ち上げられる感触を感じていいた。
「え?」
クラウの体が、宙に持ち上がり、そのまま、地面が迫る、御救い草の手が、クラウの頭を受け止めることなく、クラウは、左肩から落ち、地面を転がった。
何かが千切れた気がした。もしかしたら右手がなくなっているかもしれない。もしかしたら、もう今日から剣は振れないかもしれない。そうなったらエイダはなんと言うだろうか?そのことを考えると怖かった。失ったことを考えるよりもそのことを考える方が怖かった。
そんな、葛藤をしているとは知らず、その犬は、口の中のものを咀嚼しているようだった。
クラウは、地面からその光景を見ているしかできなかった。右手の感覚自体はある、ということは、きっと肉の一部が食われただけかもしれない。でも、犬の口にあるものが、どれくらいの大きさなのか知りたいとは思わなかった。
クラウは、その口を動かし続ける犬が怖くて、でも、目が離せなかった。
それに気が付いたように犬は、口の中のものを嚥下し始める。犬の喉が・・・かすかに動いたような気がした。
その瞬間に、犬から光が放たれた。
クラウは、衝撃波のようなものに再び吹き飛ばされる。もう抵抗もできず、ただ、ゴロゴロと転がるだけだった。
犬が、私を食べようと襲い掛かってきたのだろうか?それとも、もてあそぼうとしているのだろうか?それと同時に、ああ、貴重な御救い草が・・・と、的外れな後悔を抱えていた。
次の攻撃が来ると身を固くして待っているクラウに、その時は訪れなかった。
恐る恐る、クラウは顔を上げる。そこには、えぐれたようになっている地面と、犬だったものの残骸が残っているだけだった。
クラウは、右手を地面につき立ち上がる。そして、あたりを見渡した。
「どういうこと?」
御救い草の手がすべて合わされていた。クラウは、違和感を感じなかった右手を改めて見た。
しかし、そこには、確かに噛まれたであろう服の破れこそあったものの、けがのあとを見出すことはできなかった。クラウは、右手を何度か握り、感触を確かめる。
「さっきのは、きっと、誰かが助けてくれたんだ。」
そう思い込み、もう、そのことを考えるのは止めようと心に決め、もう一度無心になって、籠いっぱいに御救い草を摘み取ると、クラウは、その場を後にした。
風もない渓谷の上、静かに御使い草が揺れていた。
3日後にクラウはエイダとともに、王都に旅立つその日の朝のことだった。




