田舎生まれの剣聖は王都に 夢を見る ~この村に剣聖がいる意義~
クラウは、押し切られるようにエイダとともに屋敷へと向かうことになった。馬車は、村の広場近くに止めてあり、エイダとともに乗り込むことになった。
「どうぞ、お嬢様」
エイダは、優雅に微笑むと、御者の手を取り、馬車の中へ入っていく。続いて、クラウにも御者は手を伸ばした。
「ええと、自分で乗れます」
「クラウさん、それは、招待された側としてはマナー違反よ。おとなしく、エスコートを受けておきなさい。」
馬車の中から聞こえてきた、エイダの声にクラウは驚きを隠せなかった。今のやり取りは、きちんと見ていないとできないはず。どうやってエイダが知ったのだろうか。クラウは首をかしげたが、これ以上エイダを待たせてもいけないと思い、御者の手を取り、馬車へと乗り込んだ。
「うわぁ」
クラウは感嘆の声を上げた。そこは馬車の外観からは想像のできない空間だった。まるで、外と隔する壁がないように、外の景色が丸見えになっていた。
「出していいわ」
エイダが、御者に声をかけると、ゆっくりと馬車は動き始めた。
「これはね、魔導器の試作品なの。今日は、クラウさんとお話がしたくて、この馬車を借り受けたのよ」
「お話ですか?一体どういう」
一瞬、エイダの顔に迷いが生じたように見えた。クラウはその様子に小首をかしげた。
「今日の朝の剣の稽古見てましたわ・・・初めて剣を握られたのではないですか?」
「え、見られていたのですか?はい。生まれて初めて剣を握りました」
クラウは、少し恥ずかしそうに俯いた。剣がすっぽ抜けたところも見られていたのだろうか?だとしたら、かなり恥ずかしい、と改めてさっきの光景を思い出し、さらに顔を伏せる。
そのクラウの羞恥に全く動ずることなく、エイダは、言葉を選ぶように話しかけてくる。
「クラウさんは、剣聖になりたかったのですか?剣聖になって何がしたいですか?」
「エイダ・・・様」
クラウは、少し考える。あの声が言った言葉、でも、それを伝えるべきではないと思った。
「あの、エイダ様・・・私、剣聖になりたいなんて思ったことはないです。剣を振って何かを壊すなんてしたくないんです。昨日言った通りです。私に剣聖としての資格なんてありません。」
必死にエイダに訴えかける。
「それでも、クラウさん・・・それが許されないことだということはわかっていらっしゃるの?」
「私は・・・」
クラウは、エイダから詰問されているように感じて、さらに言葉を濁す。その耳にエイダが息を吐く音が聞こえた。
クラウが、顔を上げると、エイダは、指を膝の上で組み、窓の外を見ているようだった。クラウもその視線の先を追っていく。
「壁・・・」
クラウの眼に、領主の館の全景が飛び込んできた。
深い堀が張り巡らされ、高い塀が壁のように行く手を阻むように視界のすべてを覆っている。よく見ると、その塀全体が森になじむ塗料で塗られている。その塀よりも高い場所に、見張り台や矢倉を備え、死角なく森を見張っている。
その門は大きく、分厚く作られていたことが分かった。そして、その門の前に馬車は止まった。。
「昔、王様と三人の王子と一人の側室の王女がいました。一人目と二人目の王子はお城の中ではとても優秀でしたが、三人目の王子は、いつも外で剣を振り回して遊んでおり、いつもお城にはいませんでした。三人目の王子は、おもちゃの王子と呼ばれて、いつも、お城では一人でした。王様は、その王子を不憫に思いましたが、おもちゃの王子が不平を言わないので、そのままにしていました」
不意にエイダが、まるで御伽噺でも語るように、聴いたこともない物語を話し始めた。
「さて、三人の王子にも、婚約をする日がやってきました。一人目の王子は国の中で最も大きな領地をもち、お城でも誰もが振り返る美しい貴族の令嬢と婚約しました。二人目の王子は、大きな国のそれは美しいお姫様と婚約をしました。三人目の王子は誰からも注目されていなかったので、王都の近くの小さな領地を所望し、王位継承から外れ、その領地に見合う男爵位を賜ることにしました。その婚約者も、田舎娘で、社交のマナーも知らないような娘でした。上の二人の王子が祝福を受ける中、城の皆の嘲りとともに、三人目の王子は城から去りました。それから、5年の月日が流れたのです」
扉が開き始めた。
「王都に危機が訪れました。王様が病に倒れ、第一王子と第二王子の間で後継者をめぐる内紛が始まり、それは王城だけではなく、王都全体を険悪な雰囲気が覆いました。そんな折、第一王子の妻である令嬢が、第二王子の妻である姫に情報を流し、姫の祖国の軍を動かしました。」
ゆっくりと馬車が走り始める。
「国境を守る軍が一蹴され、次は王都となり、議論は紛糾していました。王都から一時的に逃げ抗戦するか、一時的に和睦し時間を稼ぐかで、相当のもめていたらしいです。その議論がもとになりまた内紛と、もはや、国軍として姿を失うほどに王都は混乱に満ちていましたが、不思議なことに、その外国の軍は攻めてくることはなかったのです。」
ゆっくりと進む馬車に、外の光景が映し出される。大きな屋敷とそれを取り囲むように、多くの別邸が規則正しく並んでいる。
「軍が国境を越えてから、3か月を過ぎるころ、王城に元第三王子、男爵から火急の連絡があり、陛下にお目通しをと伝令がありました。二人の王子は不思議に思いましたが、それを許しました。男爵は、二人の男を従えて謁見に臨みました。その二人に王子たちは驚きました。二人とも自分の妻に関係のある人物だったからです。二人を視界にも入れず、男爵は、王様にこともなげに言いました。「領内にネズミが出たため、妻が捕らえたところずいぶんと大きなネズミでした。ネズミが夜毎に泣き声で兄の名を呼ぶため、止むに負えず、謁見を申し出ました。」と言い周りを驚かせました」
屋敷の中は、まるで砦のように、堅固な造りになっていた。多くの空き地は、平時は訓練場として利用されているのだろうか?だが、どこから出ても、誰かが見ているような建物の配置だった。
「王様は目の前のおもちゃの王子と呼ばれた子供が恐ろしくなりましたが、今更王位継承を戻すわけにもいかず。ですが、男爵位でありながら国名を名乗ることを許し、男爵が王に求めたときには、王族に連なる血を入れることを認めました。その後、陛下が逝去した後は、男爵は二人の王子に慈愛を与え、その証として杯と短剣を与えました。そして、残っていた王女を女王とし、王都に平穏が戻ったことを確認し、自らの領地に帰ったと言われているわ」
本邸の前で馬車は止まる。
だが、扉が開く気配はない。クラウは不安になりエイダを見つめた。エイダもクラウを見つめていた。
「クラウさん、これが最後の通告ですわ。たとえあなたに剣聖としての資格がなくても、あなたは、もう、私たちから逃げることは許されない。
あなたはわたくしのものです。王都に行った後は、わたくしが、後見人になります。わたくしの許可なく剣聖を辞めることは許しません。そして、本当に剣聖として何の才能も無くてどうしようもないとわたくしが判断するまでは・・・あなたに自由はありません。
もう一度言います。
クラウ、私の配下になりなさい。あなたが今後も生きていくための唯一の選択です。
もし、ここで断るのならば、その両手を切り落として、足をつぶしてでも私のそばに留まっていただきます。」
「エイダ様?」
脅迫じみた強い言葉に、クラウは怯えながらエイダに問いかけた、まさか、エイダから、こんな言葉を聞くことになるとは思っていなかった。エイダが、自分を嫌っているのかと思い、ふと、エイダの顔を見る。
その海のような深い藍の瞳には涙がたまっているように見えた。いつもは凛とし引き締まっている口元はわずかに震えている。
クラウは、わかってしまった。これは、きっと秘密で・・・きっとエイダはこの秘密をクラウに教えることで強引に自分の手元に置こうとしてることを。
そして、きっとそれは、エイダなりにクラウを心配した結果なのだと。
「エイダ様・・・この秘密を教えていただいて・・・ありがとうございます。・・・わ、私は・・・」
『何が本物だ?お前は、役立たずのなまくらだ!!』
クラウの脳裏に、一瞬だけ、最近の夢の中で聞く、顔も見たことのない若い男の声がフラッシュバックする。その遥か後ろで木のきしむ音が聞こえる。おそらく、門が閉まったのだろう。
「私は・・・役立たずかもしれませんが、それでもエイダ様は、私を配下なんかにしていいんですか?」
クラウは、フラッシュバックの声につられ、心にもないことを言ってしまった。エイダが驚いたようにクラウを見る。そして、少し顔を曇らせた。
「ええ、クラウさん、あなたを手元に置きたいの。少しは私にも安心させてもらえないかしら?」
注釈:エイダはどんなに親しくても、必要な時にはそれを行うことが必要だと割り切ることはまだできないです。




