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衝動


  山間の村ログフォレスト、かつてそう呼ばれていた廃村の寂れた公園に俺たちはやってきた。どうやらここにアイラの協力者がいるらしく食料を受け取る手はずらしい。食料って言ったって人肉なのだが、そんなものどうやって用意したのか、非合法どころか確実に犯罪行為に該当する。

 公園にはブランコや滑り台があり、俺は滑り台の一番下に隠れ、人の気配をうかがった。交渉事はアイラが行い、次回からは俺がやる予定だ。だから今回は一通りの手順を見て覚えてろとアイラに言われている。アイラは廃村の外で遠吠えをあげていたが、どうやら中の協力者に来たことを伝える合図だったらしい。


 とりあえず今回、俺が覚えなければならないのは協力者の容姿だけ、次回からちゃんと間違わずに商品を受け取れるようにだ。食料の運搬役か、まあ、人を殺してこいと言われなかっただけマシかもしれない。

 ほどなくしてそれらしい一団が公園にやってきた。

 アイラと対峙し、なにやら話しているので間違いないだろう。しかし、その一団にはなぜか場違いにも思える幼女がいた。年の頃、五、六歳といったところか、あどけない表情をしており、何のためにここに連れてこられたのかも分かっていない様子だ。ただの子守りにしては重々しい雰囲気だが……。やがてアイラが激高して怒鳴り声をあげている。なにかトラブルか?

 たじろいでいるのは青年たちだけ、幼女は至って無関心だった。アイラの怒鳴り声が聞こえていないのか?


『あの娘、耳が聞こえぬようだな』

『耳が聞こえない? いくら子守りが必要だからってなにもこんなところに連れてこなくても――』

『どうやらそうではないらしいぞ、耳を澄ませて両者の言い合いを聞いてみろ』


 俺は意識を集中した。するとアイラの怒声はもちろんだが、不思議なことに男たちの怯えた、か細い声も聞こえてくる。


「てめえら、ふざけてんのか、こんなガキが今回の食料だと? 冗談も休み休み言え」

「ですが生きた肉ですよ、いつも新鮮な肉を御所望だったじゃ――」

「ふざけるな、私はいつも言ってるよな、若い肉は必要ない、死んですぐの肉でもいいから病気ではない、年寄りの新鮮な肉をよこせって」

「なので最上級の生きている人間の子供を――」

「どうして私が下処理をお前たちに任せてると思う? 私がガキの悲鳴を聞いて食欲が湧くような食通に見えるか? 」

「ならここで絞めますか?」

「ふざけるなよ……」


 アイラが低いうなり声を発した。喉の奥で『グルル……』とも言っている。怒りのあまり戦闘態勢に移行する一歩手前で男たちは慌てふためき『わ、わかりました!!』と悲鳴を上げた。ただ、なんとなくだが、アイラが子供好きで、優しさから言っているのではないことはわかった。アイラの怒声から伝わってくるのは、子供への憐憫の情などではなく、どこかアイラ自身が子供と距離を置きたがっているような忌避感に思えた。


『トラウマか……』


 そのとき頭の中の声が発した一言が、ずばりアイラの心情を的確にとらえている気がした。しかしいったいどんなトラウマなのだろう。子供を食えなくなるようなトラウマって。


「ですが、今は色々とまずくて、このところゴタゴタが続いたおかげで自警団の監視が厳しくなっちまったんですよ、なのですぐに用意しようにも」

「こっちもいろいろと事情があるんだ、用意できないなら私たちの間で交わされた取り決めはご破算だな」

「そんなっ!?」


 青年たちの顔つきが瞬時にこわばった。アイラは定期的に食料を得る代わりに自由に人間を狩らないことを彼らに約束した。その協定が破られると、アイラは再び無秩序な人間狩りを再開すると、彼らに脅しをかけていたようだ。


「私はいいんだぞ、子供以外の肉なら肉質には拘らない質だ、なんなら次の犠牲者がお前たちになっても――」


 そこまで脅せば、青年たちは、ただ言い訳を口にする人形と化した。ひたすらアイラのご機嫌を取り始め、さっきみたいな言い訳や口答えなどせず、ぴしっと背筋を伸ばす。


「は、はい、すぐに用意します、少々お待ちを」

「待っても1,2時間だ、早くしろ、あまり猶予はないからな」

「わかりました!!」


 耳の聞こえない少女は、その間、ずっと地面に絵を描いていた。木の棒で地面に線を引き、なにやら楽しそうだ。耳が聞こえないので無理もないが、あまりにも不憫な子だ。耳が聞こえないから騙されていることにも気づかない。身振り手振りでついて来いと言われて、おとなしくただ付いてきたのだろう。アイラが子供を食料として受け取らなくて本当に良かった。


 青年たちはアイラにこっぴどく怒鳴られたためか、意気消沈した様子で少女を連れて公園を出ていった。アイラがこっちに向かって合図を出したので、アイラの方に駆け足で近寄る。途中で地面に描かれた少女の絵が目に留まった。それは子供らしいタッチで描かれた抽象的な絵で、空には大雲、大雲からは雷が降り注ぎ、塔のてっぺんで大口を開けて吠えている? 怪物が描かれている。怪物と表現したが実際には単なる人間かもしれない。抽象的過ぎて判別ができなかった。

 見ようによってはアイラが変身した姿に似ているが、狼人間とは違う点も……耳がなく、猿に近いか。


「なんの絵だ?」

『ゾーム……嵐を食う男……』


 絵のタイトルなのかと思ったが子供の描いた人物の名前か、にしても嵐を食うとは、実際にいたとしたら人間じゃないのは確かだ。遭遇したくない。


 アイラは山の方に鼻を向け、鼻先をクンクンと動かしていた。イラつくような唸り声をあげる。


「グルル……また感染者(がいじゅう)が私のテリトリーに侵入した。私はあっちを処理してくるから、お前はあいつらを尾行して、変なことをしてないか確認しろ」

「変な事?」

「最近、奴らがやけに反抗的だ。何かを企んでるかもしれない。この村から逃げる算段とかな……」


 アイラにしてみれば協力者がいなくなると食料を受け取れなくなる。しかも彼らが外部に助けを求めた場合、武器を持った余計な人間が大勢この村に押し寄せるかもしれない。アイラが慎重になるのも当然だった。


『このまま俺が逃げるとは思わないのかな?』

『無理だろうな、アイラ・ミリオン、この女の嗅覚はこの一帯を支配している、どこに逃げようと、あの変身した姿で追ってくるぞ……あきらめろ……』

『ですよね~』


 アイラに殺されないよう立ち回ることしか俺にはできないようだ。


「じゃあ行ってくる」


 半ば自暴自棄になりながらアイラと別れ、男たちを追いかける。

 公園を出てすぐ男たちを発見した。あまり離れてはいなかった。そういえば耳の聞こえない子を連れているんだったな、マイペースな子で比較的ゆっくり歩いている、一応、男たちも子供をその場に放置するなんて非道な真似はできなかったみたいだが……いやまて、俺は耳を澄ます、彼らのささやき声が聞こえてきた。


「で、これからどうするんだいリーダー……。連れ出したはいいが、こいつをまたあそこに戻すとなると骨が折れるぜ」

「戻すのは無理だ、あそこからまた生きて帰れる保証はどこにもない」

「じゃあ」

「どうせどこに連れて行っても問題になる、感染者に食われたことになってんだ行方不明のままにしとかなきゃ俺たちのしていることが村の連中にバレるぞ」

「ま、耳は聞こえない、しゃべれなくても絵は描けるからな」

「で、でも、なにもわかってないんじゃないかな……だったら別に……」

「お前は黙ってろおデブちゃん、仏心を出すな、子供を誘拐するのに手を貸したんだ、今更、偽善者ぶるなよ」

「やるしかねえか……」

「だよな……リーダー」


 男たちの囁き合いから彼らが何をしようとしているのかは想像がついた。おそらく碌な事じゃない。リーダーの男が太った男の腹にショットガンを押し付け、それを受け取らせる。

 太った男はやさしい声音で少女を誘い路地裏へと連れいてく。


 まじか……あいつら何てことを……少女をアイラに引き渡そうとしただけでは飽き足らず、何らかの理由で今度は証拠隠滅か、救えない。救えないぞ<人(・)間(・)ってやつは……>俺は自然と、何の躊躇もなく、そんなセリフを吐いていた。頭に血がのぼって自分が何を口走っているのかわからない。それが人間のすることかと思いながらも、同時に人間にしかできないことだとも思う。まったく整合がとれていない。

 吐き気を催す醜悪さに手足が震え、近くに停まっていた廃車のボンネットに右手を叩きつけた。ドゴンと音がして車のボンネットがへこんだ。その時に気づいた、俺の右手が毛深く大きくなっていることに。まさかこれって……自身の中から湧き上がってくる暗い想念が振り払えない。今まで感じたことのない人間を気嫌いする気持ちがとめどなく俺の中を駆け巡った。人間が憎い、人間を殺せと、そんな幻聴まで聞こえてくる。


『じゃあどうする?』

「は?」


 その問いかけは頭の中から聞こえた。『どうする?』って? どういう意味で言ったのか、瞬間的過ぎて理解できなかった。理解できなかった、はずなのに俺は答えを用意していた。俺ではない誰かが俺の代わりに返答する。

 

『もう我慢なんてする必要ないさ、俺たちは今まで十分、義理を果たした、復讐の機会はいくらでもあったのにあいつの信条を無下にしたくなくて、だがここまでだ、人間すべてが悪いわけじゃないとあいつは言った、だが信じたからどうだっていうんだ? いい人間と悪い人間を選別することに何の意味がある? 俺たちにとっては単なる食(・)い(・)物(・)に過ぎないのに』


 はは、そうだ。かつて家畜の声を聴こうとした人間がいたか? 変だったのは人間に肩入れしてきた俺の方、感染者を自由に操る、俺はたぶんあいつの能力にあてられていただけなんだ。きっと……だから。


<殺してやる>


 牙と爪がビキビキと生えそろっていく、俺の体が変わっていく、ワーウルフへと。変身してしまうという恐怖心も、元に戻れるのかもわからないに、心に去来するのは自由、強い歓喜を呼び起こす思い。今なら何でもできそうだという全能感だけだ。


「クズの肉はさぞかし甘いだろうな……」


 冷酷な、低い獣の声。蒸気のような息を吐き、この世のすべてを恐怖させる。


『AOOOOOOOOOOOOOOOO!!』


 咆哮を発した

 どうして殺してやろうか、五体満足では済まさない。俺はこれから心のままに力をふるう、誰に許可されるまでもなかった。俺はずっと自由だったのだ。まさしく、すがすがしい世界。



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