第5話 普通の幸せに憧れて
エリナが言った。
「普通の男でしたら、とっくに終わっていますよ」
「……」
「ただ、お嬢様。ディオル様は、お嬢様と同じで面食いですね」
「え?」
ルシェリアは、わずかに目を瞬かせる。
「まあ……私も面食いだけど」
「よく考えてみてください。お嬢様の裁量を認めたにしても、婚約の時『それがなくてもいいか』と聞かれましたよね。その時、即答でした」
「……それが何か?」
「性格は、その時点ではわからないはずです。そうすると、美人だから、では?」
「今は性格も加わっていると思いますが、少なくとも、あの時点では美人だからです」
ルシェリアは、わずかに目を細めた。
「つまり……」
エリナは、小さく息を吐く。
「ディオル様は、揺らがないと思いますよ」
「……それ、安心していいのかしら」
前の婚約者だって、最初は優しかった。
美人だから婚約者にした。
そんなふうに思われていたのかもしれない。
大切にされていると感じたことは、あまりなかった。
でも、ディオル様は違う。
いつも私のことを考えてくれている。
それは、ちゃんと伝わっていた。
だから、大丈夫だと思いたい。
でも――
もし、心変わりしてしまったら。
また婚約破棄になったら。
そう考えてしまう自分もいた。
「いいんじゃないですか?」
エリナは、あっさりと言った。
「それなら、それで割り切るのも手ですよ。それにディオル様もイケメンですし、見た目としては何も問題ありません」
「確かに、イケメンなのは私も否定しないわ」
「仕事もできます」
「そうね。仕事もできるし……なかなかああいう人はいないわね」
「多少歪んだところで、相手は美人だから許容されるでしょう。ですから、お嬢様も気にしなければいいと思いますよ」
「……そういうものなのかしら」
「まあ……解決はしていませんが」
エリナは、淡々と付け加えた。
「結婚されるのでしたら、能力はあまり使われない方がよろしいかと。使わなければ、歪みも起きませんので」
私は、ディオル様とゆっくり紅茶を飲んでみたい。
クッキーやマカロンを一緒に食べるのもいいわ。
舟に乗って遊んでみるのも、楽しそう。
一緒に庭を散歩して、他愛のない話をする。
仕事の合間に話しかけてしまって、困ったように笑われる日もあるのかもしれない。
そんなことを想像しながら笑い合えたら、それだけで幸せだと思う。
そんな、他の令嬢たちが送っているような普通の暮らし。
ずっと、憧れていた。
ディオル様は、それでいいと言ってくれた。
能力なんてなくてもいい、と。
でも、最初はこの能力を持つ私に興味を持ってくれたのよね。
市場での私を見て、価値があると言ってくれた。
あの時は、この能力があってよかったと思えた。
だから、この能力があった方がディオル様の役に立てるのかもしれない。
そう思ってしまう。
でも、そのたびに歪みは起きる。
私の能力は、人も世界も少しずつ変えてしまう。
それが、本当にディオル様のためになるのかはわからない。
むしろ、迷惑ばかりかけてしまうのかもしれない。
でも、私は能力を使わずにはいられない。
だから、不安だった。
エリナは、静かに言った。
「お嬢様の指示ではなく、ディオル様の指示でお金を動かされた方がよろしいかと」
「……そうね。私も、その方がいいと思っているの。自分で動かすと、大変なことになるから」
ルシェリアは、少しだけ考えた。
「多分……影響、出るわよね」
エリナは、小さくため息をつく。
「ええ。規模にもよりますが、可能性は高いかと」
「まあ、パーティーや家の出費は仕方ありませんが、今までのような使い方でなければ、そこまで影響は出ないかと……」
エリナは、淡々と続けた。
「お嬢様に好意的な方に関しては、あまり影響は出にくいかと思うのです」
「例えば、好意的な方って?」
「今までも、ご家族には出ておりませんし、使用人にも特に問題はありません」
「確かに、家族や使用人は問題なかったわよね」
ルシェリアは、小さく頷いた。
「周囲には多少影響が出ていましたが、フェルディア家は使用人との関係も良好ですし、過ごしやすい環境が保たれております」
「確かに……そんな気もするわ」
「恐らく、そのための“整理”なのではないかと」
「……都合がいいとしか言いようがないけど、そうかもしれないわね」
「依頼人に関しても、そうなるんじゃないですか」
エリナは少しだけ考えてから答えた。
「……可能性はあります。お嬢様にとって都合の良い形に流れが整うのだとすれば、依頼人も例外ではないかと」
「私にとって都合がいいように、流れが変わっているのね」
ルシェリアは、小さく頷いた。
「……それって」
「助けてるのか、壊してるのか、わからないわね」
「……結果だけを見れば、成功ですが」
「……結果次第、ね」
ルシェリアは、窓の外を見た。
穏やかな毎日が欲しい。
それだけなのに。
どうして私は、普通に恋をすることすら難しいのだろう。
ディオル様は、今、何を思っているのだろうか。
こんな面倒な私でも、本当に嫌にならないのだろうか。
少しだけ、不安になった。
カップの中で、紅茶がわずかに揺れた。
第5話を読んでいただき、ありがとうございました!
今回はルシェリアの「普通の幸せ」への憧れや、能力と恋の間で揺れる気持ちを中心に描きました。
次回は、少しずつ能力の影響が表に現れ始めます。
引き続き、お楽しみいただけましたら嬉しいです。
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