第3話 婚約の申し込み
「ディオル様が来るんだっけ?」
「はい」
「忘れてたわ」
ルシェリアは軽く言った。
「ディオル様は……イケメンだったかしら?」
エリナが一瞬だけ言葉に詰まる。
「この前、顔を見てなくて」
「顔は良かったと思います」
「じゃあ、会わないと。この前の依頼……やったら大変だったわね。なぜか婚約破棄よ」
小さくため息をつく。
「……イケメンだったのに。そこに歪み来るかしら、普通」
「大丈夫です。お嬢様は王都一の美人ですから。すぐにイケメンが婚約したいって来ますよ」
「そうよね。でも、私の中でのイケメンランキング……三位までは婚約者持ちなのよね。ありえないわ」
エリナがため息をつく。
「お嬢様、面食いですからね」
「仕方ないじゃない」
ルシェリアはあっさりと言った。
「今回、仕事の話でも……やっぱりイケメンかは確認しないと。できるって噂の男だし、楽しみね。できる男は好きよ」
紅茶をくるくると揺らしながら続ける。
「ねえ、ディオル様って……我々のイケメンランキングで、何位くらいかしら。上位に入りそう?」
エリナが少しだけ考える。
「……上位には入りそうですが」
「本当?」
少しだけ身を乗り出す。
「上位入りか……婚約とか、してないのよね」
「確認は取れておりませんが……その様子はありませんでした」
「やっぱり仕事だけなのよ」
一拍置き、カップを止める。
「もしくは……何か、おかしいか」
エリナがわずかに視線を落とした。
「……お嬢様に言われると、説得力がありますね」
「……でも、歪ませるのはな」
カップへ視線を落とす。
「どう転ぶか、わからないもの」
「お嬢様、自分のことは歪ませないっておっしゃっていませんでした?」
「……そうだったわ。依頼しか歪ませないんだったわね」
エリナがじとっとした視線を向ける。
「忘れていたんですか」
「だって」
ルシェリアは肩をすくめた。
「結婚したら、こんなことしないもの。イケメンと謳歌するのよ」
カップを傾ける。
「……ディオル様がイケメンなら、歪ませるのはなしね」
――ふふ。
エリナが、小さくため息をつく。
「お嬢様……それ、前にも聞いた気がしますが」
「お嬢様、ディオル様がいらっしゃいました」
「じゃあ、お通しして」
カップを置く。
「時間ぴったりね」
ルシェリアは、わずかに目を細めた。
――ディオル=グランセイル。
社交界には顔を出さない、変わり者。
だが――切れ者。
噂だけは、いくらでもある。
(どんな方なのかしら)
(顔くらい、見ておけばよかったわ)
(……歪ませる価値があるのか、見ておかないと)
扉が閉まる。
ディオルは静かに席についた。
無駄のない動き。
視線の置き方も、呼吸も。
(……やっぱり、できる人ね)
そして――
(イケメンだわ)
ルシェリアは内心で小さく頷いた。
「急に時間を取っていただいてありがとうございました。ディオル=グランセイルです」
「こちらこそ、お忙しいところありがとうございます。私、ルシェリア=フェルティアです」
軽く微笑む。
「おかけください」
ディオルは迷いなく口を開いた。
「単刀直入に申し上げます。あなたに興味があります」
エリナが、わずかに視線を上げる。
ルシェリアは、カップに指をかけたまま動きを止めた。
「……どの意味で?」
ディオルは、ほんのわずかに口元を緩める。
「すべての意味で」
ディオルがルシェリアを見る。
一瞬だけ、言葉が止まる。
――綺麗だ。
この前、街で見たときよりもずっと。
噂でも聞いていた。王都一の美人だと。
わずかに頬が赤くなる。
「……あの」
咳払いを一つ。
「今日は、ルシェリア嬢に婚約を申し込みに来ました。急なので驚かれると思いますが」
ルシェリアは瞬きを一つして、カップを置いた。
「……そう」
少しだけ笑う。
「イケメンだったから、聞くだけ聞いてあげるわ」
エリナが静かに額を押さえた。
「やめておいた方がいいわよ。私、何が起きるかわからないの。それに私、婚約破棄されたばかりよ」
一度言葉を切る。
「婚約破棄された女よりも、何もない女の方がいいと思うわ。それに散財令嬢って呼ばれてるの、ご存じかしら。あなた、そういう噂に関わっても得はないはずだけど」
「問題ありません」
即答だった。
「損とか得ではなく、ルシェリア嬢がいいんです。それと、損得であれば、私は損していません」
ディオルは真っすぐに続ける。
「正直な話、性格までは存じ上げません。私は社交界にも顔を出さないので、情報もあまりありませんし、社交界の噂も気にしません」
一拍置く。
「ですから、婚約破棄は私にとって都合が良いことであり、散財に関しても、私は自分の目を信じます」
まっすぐ見据えたまま告げる。
「あなたは、価値がある。他に渡したくない」
視線は逸らさない。
「一目見たときから、そう思いました」
一瞬、言葉を選ぶ。
「お美しいのもありますが……経済の流れが、美しい。無駄がない。人も、金も、すべてが噛み合っている。……あれは偶然ではない」
静かに言い切る。
「あなたは、作っている。流れを」
「……買ってるだけよ。欲しいものを、全部ね」
「お嬢様、その話は――」
エリナが止めようとする。
だが、ディオルは続けた。
「そして……そんな方と、人生を共にしたいと思いました」
静かに言い切る。
「本来であれば、正式な申し込みは家を通します。ですが、これは私の意思です」
「……変な人ね」
ルシェリアは小さく笑った。
「でも、嫌いじゃないわ」
少しだけ首を傾げる。
「あなた、私と婚約すると……困ったことになるかもしれないわよ」
ディオルは、わずかに首を傾げた。
「困る、とは?」
ルシェリアは少しだけ考え、小さく笑う。
「……わからないのよ」
カップを持ち上げ、そのまま静かに続けた。
「でも、必ず何かが歪むわ」
カップが、わずかに揺れた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ついにディオルがルシェリアへ婚約を申し込みました。
ですが、ルシェリアにはまだ誰にも話していない秘密があります。
二人の関係がこれからどう変わっていくのか、続きも楽しんでいただけたら嬉しいです。
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